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婚約式と青灰色の鳥(4)

 アーロン卿の声は、御者たち全員の耳に届くのではというほど大きかった。むしろ聞かせようとしているようだ。


「公女様にはあのバルコニーに立つ資格がおありになります。今日、この場において責められるべきことは何もしておられません。公女様が普段から堂々と立場を示されないため、人々はあなたを平気で中傷してもよいと勘違いするのです」


 汗に湿った赤髪をかき揚げ、彼は私ではなく馬車置き場の人々を睨めまわした。聞き耳を立てていた御者たちは目をそらし、手綱を確認するような素振りをし、不自然にキャビンの窓を拭き始める。


「ラニア様に対して失礼ではありませんか、カーティス卿」


 アンは怒っていた。しかし、私が彼女の顔をうかがうと逃げるように顔を伏せる。


「申し訳ありません。私が言える立場ではありませんでした」


「そうね。似たようなことを数日前に言われた気がするわ。ふたりとも無礼というか、お節介というか……。ともかく、おふたりの言葉は心にとめておきます。ですが、それを踏まえても私はバルコニーに行く気はありません。理由はいくつかありますが、民衆の視線が注がれる中、迷い込んだ青い鳥が気まぐれに誰の肩にとまるかわからないでしょう? 高貴な方々の事情に巻き込まれたくないのです」


 イソヒヨドリの鳴き声が響いた。

 鳥影を探して頭上を見上げると、ずうっと上、大聖堂の屋根に一羽の鳥がとまっている。


「アーロン卿。礼拝堂に迷い込んだあの鳥は、銀髪の、少年聖歌隊の方の鳥だったそうです。籠から逃げたのだとか」


 言い終わらないうちに鳥は屋根から飛び立ち、私たちの目の前を過ってフランクリン家の御者の頭にとまった。と思えば帽子に糞を落として飛び去っていく。御者は一人騒いでいたが、馬車置き場のあちこちで笑いが起こった。


「アン、そろそろ行きましょう。では、私たちはこれで」


 立ち去ろうとすると腕にアーロン卿の手が触れる。掴んだのではなく、暑そうな革手袋が肌をかすめた程度だった。すれ違いざま、彼は吐息とともに耳打ちする。


「殿下から公女様の動向を注視するよう言われています。おかしな行動があれば報告し、場合によっては拘束しても構わないと」


 アンが私の腕を掴んでアーロン卿から引き離し、「おかしな行動とは?」と押さえた声で問い返した。


「モーラ伯爵令嬢はずいぶん耳がいいようですね」


「いったい、おかしいのはどっちですか……!」


 アーロン卿はその問いには答えない。代わりに、


「モーラ嬢は、以前と少し変わられたようですね」


「何も変わりません。私もラニア様も、何も変わりませんわ。ラニア様、こんなところで長々と立ち話をして騎士様とおかしな噂を立てられては困ります。体調が良くないのですから早く帰りましょう」


 アンの必死な姿がおかしくて、それと同時に泣きたくなるほどありがたかった。もちろん泣いたりはしないけれど、アンのおかげで今回の婚約式は悪くない思い出になりそうだ。


「引き止めて申し訳ありませんでした」


 アーロン卿は恭しく頭を下げて去っていき、御者は汚れた帽子をポケットに突っ込んでキャビンの扉を開ける。イソヒヨドリの姿はもうどこにもなかったけれど、ミントはどこかで見ているような気がした。


 大聖堂を出た私の馬車は、混雑もなくすいすいと進んだ。出目ちゃんが戻ってきたのは、パレードの行われる大通りとは一本筋違いの街道を走っている途中。


「果菜、ぼくが迷子になったらどうするつもりだったんだ? 干からびてしなしなになって、煮干しみたいになるかもしれないぞ。あのライオンが送ってくれなかったら公爵邸に帰るのに一週間かかったはずだ」


 ずいぶん大袈裟な精霊だ。そもそも何も食べなくてもずっとピンポン玉みたいな体型なのに、何が起きたら煮干しになるというのだろう。そんなことを心の中で考えたけれど、アンの前で出目金と話すわけにはいかず黙っていた。


 出目ちゃんの言うライオンは、ミントの契約精霊(ファミリア)に違いない。

 ライオンといえば獅子で、獅子精霊といえばデミュチューン。

 デミュチューンといえば大魔道士イマヘラのファミリア。

 ミントが大魔道士イマヘラの生まれ変わりという可能性はあるだろうか。

 ミントのファミリアが獅子だとしても、デミュチューンではない別の精霊かもしれない。

 精霊はこの世界にどれくらいいて、獅子精霊はその中でも珍しいものなのか、それともあちこちにいるのか。


 そもそも、〈あの小説〉には主人公ラニア以外に魔法使いは出てこない。それなのに、私はこの二度目の人生でふたりの魔法使いに出会っている。ミントとアンダーヒル家のメイド。


 ぐるぐると思考を巡らせながら公爵邸にたどり着き、アンが帰ってから出目ちゃんと話した。状況を整理しようと考えてできる限り知っていることを話したが、いっそう訳がわからなくなった。


「魔女がこの部屋に来たのか? それは知らないが、果菜の家に来たのは知ってるぞ。仕事を辞めると言っていた〝有能女子〟だろう? ふたりでベロベロに酔っ払ってたじゃないか。孤高の魔女カナカナに魔女友のユイユイができた〜って」



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