婚約式と青灰色の鳥(1)
礼拝堂の中央を、大司祭についで少年聖歌隊が歌声を響かせながら進んでいく。
美しく透き通ったボーイ・ソプラノは、空気だけでなく心を震わせる。大海にひとり投げ出されたように、深い森の奥でひとり雨に打たれるように、満天の星空に孤独に浮かび、自分がちっぽけな存在であることを思い知らされ、それと同時に宇宙の一部として大いなる何かに包み込まれているような。権力者への打算的かつ表面的な忠誠とは異なる、崇高なる者への畏怖の念が参列者の顔に滲んでいた。下世話なゴシップを好む王都貴族が、そのような表情をするのが意外なほどに。
八歳から十六歳までの少年が所属するサヴァ・ライナ少年聖歌隊。私の視線はその後方にいる一人の少年にとまった。さっきまで助祭の祭服を着ていたミントだ。アーロン卿に目をやると彼も気づいた様子で、私にチラと視線を寄越して目が合うとそらす。
「果菜! あれは魔女だぞ。ぐるぐるしてる。果菜も知ってる魔女だ。あの後ろのほうで歌ってるやつ」
出目ちゃんは興奮し、風の流れにのるようにスイッと礼拝堂内を泳いだ。
頭上でパサパサッと羽音がし、参列者が見上げる。
どこから入ってきたのか、一羽の鳥がイマヘラ像に止まった。
石像の灰白色のイソヒヨドリの隣に、青灰色の生きたイソヒヨドリ。
鳥は聖歌隊の歌声に合わせて美しい声を披露し、大司祭が壇上に上がったまさにそのとき、石像から羽ばたいて舞い降りたのは第二王子の肩の上。まるで、第二王子がイマヘラ神の加護を授かったような光景だった。
参列者がざわついた。
一度目の人生でも同じことが起きたのだろうか。
仮にそうだったとしても参列者は口をつぐんだはずだ。
イマヘラは王太子殿下ではなく第二王子を選んだ――そんなことを口にしようものなら――。
第二王子殿下は苦笑している。第一王女殿下が触れようとすると鳥はパッと飛び立ち、入場しようと礼拝堂入口に立っていた主役ふたりの頭上を素通りしてどこかに消えた。
鳥が我々の視線をふたりの元に導いた――人々はそう解釈したようだった。どこか安堵した空気が礼拝堂に流れ、式は予定通り進んでいく。
アリシアとレイモンド殿下は白地に金糸で刺繍があしらわれた特別な祭服を身にまとっている。それは私の婚約式と同じだった。他の装飾品は何も身につけることは許されず、イマヘラの子として、イマヘラの下で婚約を誓う。
ここサヴァ・ライナ・イマヘラ大聖堂での婚姻誓約は、慣例的に王族のみとされている。そのため、数年に一度あるかないかだ。一方、騎士の叙任式は年に二度定期的に行われていた。この聖堂は、騎士を目指す者にとってなにより神聖な場所なのだ。
イーノックがライニール騎士団訓練生を希望していると聞いたのはいつだっただろう。たしか、舞踏会でそんな話題になったのをアリシアの半歩後ろで耳にした。毒殺未遂で捕まるお茶会の数日前。あのときイーノックは十五歳。訓練生になれるのは翌年、十六歳になったあとだ。
ふと、ため息が漏れた。
ことあるごとに〝死んだ後の未来〟を想像しては無力感に襲われる。
ここは並行世界なのだろうか。
枝分かれした世界の先が存在するのだろうか。
それともすべて〝私〟が見ている夢。
死の後はなにも存在せず、
生の前にもなにも存在しない。
目覚めると薄らいでいく夢のように、死んだラニアの時間も、生まれて死んだ果菜の時間もゆっくりと確実に霞んでいく。それとは反対に現実感を増してくるのは今ここにいる私自身。
「おい、ぼんやりするな」
イーノックに袖を引っ張られ、慌てて頭を下げた。壇上では大司祭が聖杯に聖水を注いでいる。互いの杯を一口ずつ飲み、交換して口をつける。大祭司が両手を広げ、それを合図に少年聖歌隊が再び美しい歌声を響かせる。
美しくはあるが、美しいだけで、入場時に聴いたのとは違っていた。
私は少年たちの中にミントを探し、見つけられなかった。




