サヴァ・ライナ・イマヘラ大聖堂(3)
広々とした礼拝堂の天井には宗教画が描かれている。大聖堂に描かれているから〝宗教画〟とされているのであって、『最後の晩餐』のような救世主や使徒を描いた具象画ではない。
白っぽい人のようなものが赤い火のようなものと溶け合い、それは青い海か空のようなものと混じり合って、黄色の星星のようなものや、オレンジの果実のようなものを内側に宿し、すべてが混沌としながら、すべてが調和を保っている。
じっと見つめていると、止まっているはずの絵が動いているような錯覚を起こす。思い浮かぶのはゴッホの『星月夜』だが、子どもの色遊びと言われたほうがよほど腑に落ちる。
「おい、初めて来た田舎者みたいにボーッと天井ながめるのはやめろよ」
イーノックが私の腕を小突いた。
参列者はすでに席に着き、国王陛下と王妃陛下を除いた王族――王弟殿下夫妻、第二王子殿下、第一・第二王女殿下の五人――は最前列右手に、フランクリン公爵家は最前列左手に並んで座っている。近衛騎士や護衛、侍女や侍従は左右の壁際に控えていた。
最前列は王族とフランクリン公爵家のみで、私の席からアンのいる壁際までは空席が二十くらいある。王族側も同じで彼らの右側は空席だった。さらに王族の後部座席は一列空けられ、護衛騎士が立っている。
フランクリン家の後ろに空列はなく、アンダーヒル侯爵家がいた。私の真後ろがレイラ・アンダーヒル。偶然か、それともミントの仕業なのかはわからない。ただ、あの時に見たメイドの姿は見当たらなかった。
「みなさま、ご起立をお願いいたします。国王陛下並びに王妃陛下のご入場です」
参列者はざっと二百名。立ち上がるだけで地面が揺れるような音が響く。後方の扉が押し開けられ、屋外の喧騒がかすかに聞こえた。王太子殿下万歳、国王陛下万歳、ライニール王国万歳――と。
まるで結婚式のようだ。
きっと、王国民にとってこれは結婚式なのだろう。
私は本当に愚かだった。
あんな、司祭の前で宣誓を口にするだけの簡素な婚約式で、いずれ王国を受け継ぐ王太子殿下と婚約した気になっていたなんて。
静粛かつ荘厳な礼拝堂とは対象的に、規制の解かれた大聖堂前広場は賑わっているようだった。アリシア王太子妃殿下万歳――そう聞こえた。
「果菜、意外にみんな普通だな」
誰もが低頭する礼拝堂で、出目ちゃんはふよふよ泳いでいた。会場を見回し、いつもにように勝手に喋っている。
「まあ、でも、お茶会のときに見たやつらもほとんど普通だったし、おかしいのはフランクリン家だろう。のっぺりだけじゃなくて、〝凝ってる〟やつがフランクリン家には異常に多い。悪魔の力が影響してるってことだ。
凝りをほぐすのは〝疑問〟かもしれないが、最初から〝凝らない〟ようにするには、公爵家の中で凝ってないやつを観察するのがいい。裏の炊事場の使用人とか、辞めた執事とか。
炊事場のやつらはそもそも悪魔に会う機会がないみたいだから、執事が大きなヒントになりそうだったんだけどな。あいつは何十年も公爵邸にいて洗脳されていないし、のっぺりもしてない」
チラと上目遣いで出目ちゃんの様子をうかがうと、お腹を上にしたり下にしたりしながらグルグル回転して思考を巡らせているようだった。
細かな話はほとんどしてこなかったけれど、出目金の推理力は案外役に立ちそうだから全部聞かせたほうがいいかもしれない。話してる途中で飽きてどこかへ行ってしまう気もするけれど。
「みな、楽にせよ」
まだ四十歳を過ぎたばかりの国王陛下。その声は堂内によく響いた。顔をあげるとライニール騎士像の前に両陛下が並んで立っている。
礼拝堂の正面には二体の像があった。ライニール騎士像と、向かい合わせに置かれたイマヘラ像。元はイマヘラ像だけだったのを、第三代ライニール王が騎士像を造ったのだとか。
石像のライニール騎士は剣を携え、膝をついてイマヘラを見上げている。大魔道士イマヘラは救いを授けるように騎士に手を差しのべ、彼女の肩には一羽の鳥。ヒソヒヨドリだ。書物にしろ絵画にしろ、たいていのイマヘラ画にはイソヒヨドリが一緒に描かれている。
「急なことでみなも驚いているだろう。王太子が新たな婚約者を得たことに、これほど多くの者が祝福してくれることを、ライニール王国を統べる者として喜ばしく思う。そして感謝している。まだ若いふたりではあるが、今日その姿をみなの目に焼き付け、今後の成長を温かく見守ってほしい。
このように急な婚約式となったのは、来年の新年祭と合わせて正式に王太子妃を迎えるためだ。結婚式はいっそう華やかなものとなるであろう」
参列者たちはにわかにざわめいた。
その事実を知っていた私も、結婚式に関する発表がこれほど早く、さらには国王陛下の口から直々になされたことに驚きを隠せない。
一度目の人生より、多くのことが前倒しになっている。それは、アリシアが積極的に王宮への洗脳を進めようとしていることを意味する。
「顔色がすぐれないようですが、大丈夫ですか?」
背後から小声で囁いたのはレイラ・アンダーヒル。
イーノックがチラと私を見た。心配しているというより、怒っているような顔だった。




