サヴァ・ライナ・イマヘラ大聖堂(2)
アーロン卿は最初に私に目をとめ、そのあと助祭の顔を見て表情をこわばらせた。やはり、ふたりは互いに面識があるのだろう。
「騎士様、どうかなさいましたか?」
ミントは無垢な助祭を演じている。アーロン卿もその演技にのることにしたらしい。
「公女様がまだ到着なさっていないとうかがったので、様子を見に。公女様、私が控室までご案内しましょう。助祭殿も何かと忙しいでしょうし」
「公女様をお迎えにあがるよう司祭様から言いつかっていますのでお気遣いなく。騎士様もお忙しいですよね」
「どのみち王族の控室に報告に戻らねばなりません。そのついでです」
「ついで?」
私が言葉尻をとらえると、アーロン卿は咳払いをした。
「失言でした。申し訳ありません。では、三人で向かうことにしましょう。助祭殿に確認したいこともありますので」
「確認したいこととはなんでしょう?」
ミントはさり気なく私の手をとり歩き出す。助祭が令嬢の手に触れるなど、祭事にかかることでなければあり得ない。アーロン卿は視線でそれを咎めつつ、口にはしなかった。
「王族の内部事情に関わることですので、公女様の前で話すわけにはいきません」
「私はただの助祭です。王族に関わることなど何も知りませんよ」
アーロン・カーティスが確認したいのは、この魔術師がなぜここにいるかだろう。ミントは王弟殿下の依頼と言っていたけれど、いったい何を頼まれたのか。
「カーティス卿、王弟殿下も参席されているのですか? 今はたしか北部にいらっしゃると聞いていましたが」
「ええ、一昨日に王都に戻られました。特に公にはしていないはずですが、噂になっていましたか?」
「少し小耳にはさみました。では、第二王子殿下もご一緒に戻られたということですね」
「はい。一年ぶりにお会いしましたが、ずいぶんたくましくなっておられました」
この時期、レイモンド殿下の叔父にあたる王弟殿下と、殿下の弟の第二王子殿下は炭鉱調査のため王国北部に行っていた。一度目の人生でもこうして婚約式のために戻ってきたのかもしれないが、私の記憶にはない。部屋にこもりきりだったし、新聞に載っていたとしてもまともに読まなかったはずだ。
王宮に上がってからも彼らとの関わりは薄かった。来年の年明けに行われる結婚式には出席されたに違いないが、あの式のことで覚えているのは主役ふたりの眩しい姿だけ。
王弟殿下と第二王子殿下の拠点は、このあと本格的に北部のフォンバーガ地方(旧フォンバーガ王国領)に移っていく。とっくに成人し、妻もいる王弟殿下が爵位を持たなかったのは、いずれ北部を統べるフォンバーガ大公に任じる予定だからだと言われていた。『北部公』という呼び名も少しずつ定着していたが、結局、私が生きているうちに王弟殿下がフォンバーガ大公になることはなかった。
今思えば、あれはアリシアが妨害したのだろう。
王国を手にするために着々と王宮支配を進めてきたのに、遥か遠く北部にいる王族に権力を与えたいはずがない。
私が死んだとき、彼らは北部にいた。
おそらく洗脳を受けることなく。
私の死後、悪魔はライニール王国を手に入れられたのだろうか。それとも、洗脳されなかった王族たちが起ちあがり――。
「あっ、遅いぞ!」
弟の声で思索から引き戻された。重厚な扉の前に、双子の片割れが一人佇んでいる。
「イーノック、一人? デリックは中?」
「なんでおれだってわかるんだよ。同じ服着てるのに」
「デリックが私を待ってるなんてあり得ないし、声をかけるとしたら『なんで来たんだ』でしょうね」
「たしかにあいつならそう言いそうだけどさ」
「仲がよろしいんですね」
ミントが聖職者らしい微笑を向け、イーノックは「全然」とムキになって否定する。そのとき軽い足音が聞こえ、通路の先にもう一人の弟が現れた。デリックは「あっ」と足を止め、居心地悪そうに目をそらす。
ゴーンと、鐘が鳴った。
「開場時刻のようです」とミント。
「この通路の突き当りの扉から礼拝堂に入れますので、そのあとは案内係の指示に従ってください。私はここで失礼します」
そう言ってペコリと頭を下げると早足に戻っていく。入れ違いに黒い点がこっちに向かって来た。
「果菜! ライオンがいた!」
ミントが一瞬足を止めたが、振り返ることなく去っていった。




