悪魔との夜散歩(2)
中央棟玄関前と正門周辺にはフランクリン公爵家の警備兵。東棟二階にあるアリシアの部屋の窓が見える位置に、ライニール騎士団の制服を着た男が一人。アーロン卿かと一瞬身構えたが違った。どうやら派遣人員を増やしたようだ。
「こんなに兵士がいると落ち着かないですね」
アリシアはそう言いながら、ローズガーデンのガゼボへと私の手を引いて歩く。警備兵たちは明後日の方向に視線をやっていたが、私たちに意識を向けているのは間違いなかった。
「アリシアは明日も忙しいでしょう? あまり遅くならないほうがいいわ」
「気になることがあると眠れないのでお姉様をお誘いしたんです。お姉様が私を嫌いになったんじゃないかって、心配で」
「そんなはずないじゃない。あなたは何も悪くないのに」
「でも、お姉様は傷ついたはずです。好きな人が自分の妹と結婚するなんて、傷つかないわけないじゃないですか」
一度目の人生では泣きべそをかきながら謝罪の言葉ばかり口にしていたアリシア。しかし、今生のアリシアは謝罪らしい謝罪をする気がなさそうだ。別に謝ってほしいわけではないけれど、開き直ったようなあけすけな言葉は〝アリシアらしくない〟という以前に〝貴族令嬢らしくない〟態度だった。
彼女のすべてが目的のための演技なら、前回と今回とで戦略が異なるということだろう。
何がその違いを生んだのか。
出目ちゃんの言っていた「のっぺりではなくなった一部」のせいなのかもしれないけれど、一度目の人生のアリシアの〝中身〟がどうなっていたのか知るすべはない。今の私にわかるのは、この戦略変更が未来予測を難しくするということくらい。
「アリシアこそ、突然のことでまだ戸惑っているでしょう?」
「そうですね。いろんなことが急に起きて戸惑っています。でも、運命を受け入れてがんばるつもりです。王国民を失望させないように」
「そんなに気負わなくても、あなたは多くの人に好かれているじゃない。レイモンド殿下もあなたに一目惚れしたと噂されているようよ」
ガゼボはすぐ目の前。アリシアは中に入らず柱に手をかけ、くるりと私を振り返った。月明かりが緩くクセのある彼女の金髪を柔らかく照らしている。
「お姉様は、レイモンド殿下を愛していたのですか?」
「意味のないことを聞かないで。結婚は――」
「家と家の契約なんて言わないでください。失った今だからこそ、殿下をどう思っていたか実感なさっているのではありませんか? もし何も感じていない、家門の方針で婚約していただけだとおっしゃるのなら、それはそれでかまいません」
「……そうよ。殿下との婚約は公女としての義務だった。レイモンド殿下もそうだったはずよ。こうなって安堵するくらいには、私には重い役割だった」
本心を語っているはずなのに胸の中が重くなる。
アリシアの言う通りだ。
二度目の経験だから平気だと思い込もうとしてきたけれど、私はまた傷ついている。
「お姉様の口から聞けて安心しました。私、レイモンド殿下と結婚します。結婚して、この国がもっと良くなるように努力します。それが私の使命だと思うから」
「つい先日社交界デビューしたばかりのあなたからそんな言葉が聞けるなんて。王室があなたを選んだ理由がよくわかるわ」
中身が悪魔だと知らなかったら全力で彼女を応援したはずだ。私には抱くことのできなかった理想。背負うことを想像するだけで息苦しさを覚えた責務。それらをこんなにも軽やかに受け止める令嬢がいたら、王族が目をかけるのは当然だと考えただろう。
「アリシア、そろそろ部屋に戻りましょう。公爵閣下が心配するわ」
「あの、お姉様。お姉様はなぜお父様を閣下とお呼びになるのです? 血の繋がった娘なのに」
なにを今さら――と内心苦笑したとき、不意にアリシアが地面にしゃがみ込んだ。苦痛に顔をゆがめ頭をおさえる姿は演技に見えない。
「大丈夫?」
私の声に「どうされました」と男性の声が重なる。ライニール騎士団から派遣された警護員だ。
「何かあったのですか?」
「アリシアの具合が」
「なんでもありません。ちょっと頭痛が……」
「何かされたわけでは」
騎士は私に疑念の眼差しを向けた。アリシアは否定しないままウウッと苦しげに呻き、ドレスが汚れるのもかまわずガゼボの柱に寄りかかる。
「アリシア公女様。中にお連れしますので手を触れることをお許しください。念のため、ラニア公女様もご一緒願えますか」
すでに公爵家の兵士も駆けつけ、私は従うほかなかった。アリシアは騎士に抱きかかえられて部屋に戻り、騒ぎを聞きつけた公爵は私の顔を見るなり「何をしたんだ!」と声を荒げた。




