窓からの訪問者(4)
この闇のどこかに侵入者の契約精霊がいる。私を拘束することもできるし、連れ去ることも、殺すことだってできるだろう。
気持ちを鎮めるために私はひとつ息を吐いた。
「魔術師様、もし私がファミリアについて知っていたら何かの罪になるのです?」
「なりませんね」
私はうんざりして魔術師を睨んだ。扉を引き開けて書斎に入ると、西日のあたる部屋だから熱気がこもっている。カーテンを開け、窓を上げて風を入れた。
「結局、魔術師様の目的はなんだったのかしら」
「魔法使いを見つけたら報告がくるんです」
「アンダーヒル家のメイドからですよね。彼女も魔術師ですか?」
「さあ? とにかく今回の訪問は公女様の想像通りです。彼女から連絡があってここに来ました。エンディン王国のスパイかもしれない人がファミリアを連れているのだから、興味が湧かないわけがないでしょう?」
「王家に報告したんですか?」
「いえ、気が向いたら報告します。ああ、そうだ。私は公女様にそのような丁寧な言葉を使っていただく身分ではないので、どうぞ気楽に話してください」
王家のことなどどうでもいいというような言い方だった。ヒョイと窓枠に腰かけ、星空を見上げた魔術師の視線の先にファミリアがいるのかもしれない。
「ラニア公女様は、ご自分が王宮でどう言われているか知っていますか?」
「世間の噂と何か違いが?」
「エンディン王国がレイモンド殿下とラニア公女を強引に婚約させた。そう言われています。まあ、噂してるのは一般使用人や下級官吏くらいですけどね。殿下とあなたが婚約した六年前は、ちょうど領海問題で両国間関係が緊迫していた時期でしょう? それについてもライニール側が譲歩した形で決着しましたし、水面下でエンディン側が圧力をかけたのだろう、卑怯な手を使ったに違いないと」
「エンディン王国と言えば、母の事件を思い浮かべる人は未だに多いようだから。でも、私はエンディン王国の者とは一切接触していないし、それは王家もわかっているはず。仮にエンディン側から接触があったとしても協力する気はないわ」
「平穏に暮らしたいから?」
「ええ。長生きしたいから」
「じゃあ、エンディン側がこんなふうに囁いたらどうです? ――協力すればいずれエンディン王国に連れ帰り、相応の地位と財産を与える」
「そんなに私をスパイに仕立て上げたい?」
「冗談ですよ。最初は疑っていましたけど、監視が付いていないどころか、使用人すらいない通路を見てスパイの可能性は低いだろうと思いました。あなたが泳がされてる可能性も一応考えましたが、こうして侵入者が公女様に接触しても誰も気づいた気配がありません」
ランプの橙色がかった火のせいか、魔術師の表情がさっきまでより柔らかくなった気がした。
「魔術師って、そういう話を王家から聞いてるわけじゃないの?」
「聞く必要がありますか? 王家が必ずしも真実を把握しているわけではないのに。ああ、でも、公女様がスパイじゃないと最初から知っていたら、もう少し紳士的にあいさつしに来たかもしれません。
公女様に関する噂は良くないものが多いけれど、あなたが責められるには理不尽なものもあるし、同情もしてるんですよ」
魔術師の言葉から棘は消えたけれど、その分だけ傲慢さが見え隠れする。アーロン卿もこの侵入者も、みんな同情、同情。同情ばかりだ。
「あなた、もしかしてけっこう上の立場の魔術師? 同情心を恩着せがましく言うなんて、ずいぶんな態度よ」
私の言葉に魔術師は目をしばたかせ、邪気のない笑みを寄越した。
「たしかに、同情してあげてるなんて傲慢でしたね。でも、上の立場とかではないです。魔術師に上下はありません。我々は魔術師である以前に自由を愛する魔法使いであり、対外的には『王室に所属する』ということになっているけれど、それは王家のプライドのためにそういう文言の使用を許しているだけです。我々は請われて協力するだけ。国王陛下に土下座して頼まれたとしても、気が向かなければ何もしません」
「嘘。魔術師の制度や組織体系について本で読んだわ」
「その本の内容は全部でっちあげです。魔法使いは自由を失えば魔法を失います。名簿に名を載せる程度に所属するのは許容できても、組織に組み込まれるなんて想像しただけで死にそうです。自分以外の誰かに従うということは、魔法使いでなくなることを意味します。
だから、王太子殿下は魔法使いにはなれません。アーロン・カーティスも、他の騎士たちもです」
「メイドは? アンダーヒル侯爵家の」
「メイドの格好をしているからといってメイドとは限りませんよ。見た目だけで判断するのは愚かです。公女様は私を年下の生意気な魔法使いだと思ってるかもしれませんが、あなたより十五歳は年上です」
魔術師はフードを脱ぎ、優雅な笑みを浮かべた。銀髪が夜を映して青く輝く。
「あなたの名前は?」
「秘密です。不便でしたらミントとでも呼んでください」
「若い見た目にぴったりのかわいい愛称ね。魔法使いはみんな若作りなの?」
「ある時から老化が遅くなるんです。いつからそうなるか、どの程度遅くなるかは人によります。さて、そろそろ最後の質問にしましょう」
「じゃあ……、豊穣会について知ってる?」
魔術師は目を見開き私の肩を掴んだ。
「それをどこで――」
間近に迫った顔がパッと戸口に向けられる。扉はさっき開けたまま、遠くでコンコンとノックの音がした。ラニア様お休みですか――と、部屋のほうからメイドの声。
「戻ったほうがよさそうです。その話はまたいずれ」
不意に強い風が吹き、髪とカーテンが舞い上がった。ガタガタと窓ガラスが振動し、風がおさまると魔術師の姿は消えていた。




