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窓からの訪問者(3)

 アーロン卿は下馬し、使用人に手綱を渡すと中央棟玄関に向かった。


 王太子殿下の右腕ともいわれる近衛騎士が、こうして殿下の婚約者について回っている。それは、人々の目にはレイモンド殿下の愛情の大きさとして映るに違いなかった。比較されるのは、護衛もなく一度も訪問を受けていない元婚約者。


「アリシア個人に付けられた護衛にしては距離を置き過ぎているわ。専属騎士というわけではないでしょう。彼は先日も秘書官と一緒に警護体制の打ち合わせに来てたし、アリシアの部屋には警護の騎士がついてる――」


 不意にアーロン卿が立ち止まり、こちらを仰ぎ見た。私はとっさに隠れようとしたけれど、カーテンにくるまった魔法使いが私をグイと押して盾にする。


「どういうつもり」


「公女様こそ、なぜ隠れようと?」


「あなた、やっぱり王室所属の魔術師でしょう? 騎士団員に見つかりたくないのでは? もしかしてアーロン卿と面識があるのかしら」


 返事はない。アーロン卿は目礼して屋敷に入っていった。馬を預かった使用人も私に気づいたらしく、不審げにこちらを見上げている。


「あなた、今出たら見つかるわよ」

 

「そうですね。ラニア公爵令嬢が若い男を部屋に引き込んでいたと噂になるかもしれません。殿下と婚約解消なさったばかりなのに、不埒な方ですね」


 腹が立って勢いでカーテンを引くと、魔法使いの目線は私と同じ高さにあった。マントのせいで大きく見えていたけれど、男性ならば小柄なほうだ。


「これ以上悪評が立つのは困るのよ。できれば平穏に暮らしたいの。長生きもしたいし」


「じゃあ、婚約破棄したのは正解ですね。エンディン王国のスパイだと囁かれている公女様が王宮で平穏に暮らすなんて無理です」


「そうね」


 刺々しく言っても相手は笑っている。皮肉は聞き流せるようになったと思っていたのに、妙に神経を逆撫でされた。そして、こみ上げた苛立ちと怒りをどこか新鮮に感じている。


「そういえば、アーロン・カーティスがラニア公女様を気にしているようだと聞いています。さきほどの様子を見ると本当のようですし、彼を誘惑してみてはいかがですか? 王太子殿下の右腕とされるカーティス小侯爵の夫人ならば悪くないのでは」


 ああ、この魔法使いの言葉だから苛立つのかもしれない。


「正体を明かす気がないなら帰ってくれる? 書斎の窓から出れば見つからないわ。通路には誰もいないし」


「誰も?」


 魔法使いは眉をひそめた。私がランプを手に扉を開けると素直について来て、真っ暗な通路の左右を確認し「これはちょっと困惑するなあ」とくだけた口調で苦笑する。


 書斎に向かう前にソファーを振り返った。

 こんなに普通に話していても、出目ちゃんが起きる気配はない。


「あなた、出目ちゃんに何かした?」


「金魚の精霊はデミュチューンというのですね」


「出目ちゃんよ。で・め・ちゃん」


「だから、デミュチューンでしょう? 何が違うのかわかりません」

 

 デミュチューンといえば大魔道士イマヘラの契約精霊(ファミリア)。日本語の『出目ちゃん』をライニール語で発音しようとすると、――たしかに『デミュチューン』になる。


 ということは、〈あの小説〉のように精霊デミュチューンは現れたけれど、精霊は獅子ではなく出目金だったということ?

 だとしても私の前世は果菜で、魔法が使えないことに変わりはない。


「それで、出目ちゃんに何かしたの?」


「ええ、少し。精霊が安眠できるおまじないを」


 詳しく話す気はなさそうだと判断し、私は手提げランプの明かりをたよりに通路を奥へと歩き出した。


「ねえ、魔法使いは魔法で明かりを灯したりできないの?」


「できますけど、しませんよ。安易に人前で魔法を使うつもりはありません」


「風を操っていたじゃない。ベランダから窓に飛び移るなんて、普通の人間はできないわ」


「あれは魔法ではありませんから」


 この魔法使いの言葉は嘘か本当かわからない。適当にごまかされているのだろうと話し半分に聞いていたが、ふと小説の描写を思い出して閃くことがあった。


「ファミリア? もしかして私が見えていないだけで、あなたのファミリアもここにいるの?」


 隣からクッと笑い声。

 私は書斎の扉に手をかける。


「あっているのね」


「さあ? ところで、ラニア公女様は私を王室の魔術師だと考えているんですよね。ラニア公女は魔法関連の知識を持っている――、私がそう王家に報告したらどうするのですか?」


「――ここの一階に、王太子妃候補のために用意された図書室があったわ。蔵書のほとんどが王家からの貸与。その中にファミリアについて書かれた本があったと言うわ」


「あるはずがありません」


 どうやら、侵入者は自分が魔術師であることを隠すのはやめたようだ。しかし、本当に王家所属の魔術師なら私は油断し過ぎだったかもしれない。


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