窓からの訪問者(2)
侵入者は私のそばをすり抜け、足音もなくソファーの傍らにしゃがみ込んだ。そこには出目ちゃんが眠っている。丸めたストールの中で目を開けているのに、侵入者に気づかないということは完全に夢の中。
「変わったファミリアですね」
「ファミリアとは何です?」
知らないふりをした。
王太子妃候補として王室から預かった図書の中には、魔法に関するものもいくつかあった。それらは制度上の魔術師の扱いや民間伝承に登場する魔女について書かれたもので、実際にどんなふうに魔法を使うのか、どんな魔法があるのかは一切書かれていない。契約精霊ファミリアに関することもだ。私は前世で〈あの小説〉を読んだから知っていただけ。
侵入者は「ふうん」と床に座り込んでソファに背を預けた。不敵な笑みと値踏みするような眼差し。
「興味深い話をされていましたよね。アンダーヒル侯爵令嬢の中身がどうとか、洗脳がどうとか、王太子殿下のお話もされていたようですが」
「盗み聞きしていたの? いつから?」
「会話が全部聞こえたわけではありませんが、ファミリアのことを話しているのは聞きました。ラニア公女様は魔法使いですか?」
「違うわ」
「そうですか。ということは、やはりこのファミリアはアリシア公女様にねだったのですか?」
「ねだった? ねだればアリシアには可能ということ? 妹は魔女じゃないわ」
「それならラニア公女様はどうやってこのファミリアを? 別の魔法使いと知り合いなのですか?」
「その子はファミリアじゃないわ。私に勝手にくっついてるだけよ」
「ファミリアでないとしてもこの子が精霊であることは間違いありません。あなたが召喚したのでないのなら、アリシア様の可能性が一番高いのですが」
少年のような顔に猜疑心がにじんでいる。
「アリシアにその子は見えていないわよ。なぜ妹を魔女だと考えているの?」
「……ふうん、そうなんですね。アリシア様からは魔法の元になるエネルギーを感じるので、彼女が召喚したのだと思いました。しかし、見えていないのなら彼女の仕業ではなさそうです。身に覚えのない精霊が見えているあなたも十分怪しいですが」
「ずいぶん昔に飼ってた金魚よ。だから精霊じゃなくて幽霊だと思うわ」
「精霊です」魔法使いは譲らない。
気になるのは、この魔法使いらしい侵入者が〝魔法の元になるエネルギー〟をアリシアに感じていることだ。それは〝マナ〟のはずだが、だとすると悪魔は体内にマナを宿していることになる。
もしかして、悪魔の力も魔女が使うマナも、元は同じなのだろうか。
出目ちゃんが見ている〝中身〟はマナの動き?
――いや、違う。
私にはマナがないのに、出目ちゃんは私の中身がぐるぐるしていると言っていた。マナ以外の何がぐるぐるしているのかはわからないけれど。
「ねえ、魔法使いには魔法の元になるエネルギーが見えるものなの?」
侵入者は私に対してあまり良い感情を持っていないらしく、話すのを躊躇うそぶりを見せた。人前に現れないと言われる魔法使いの耳にも、私の悪い噂は届いているのだろう。
「まあ、教えてもいいでしょう。一般人でも知っている人は知っていることですから。
私の場合、心臓あたりがうっすら光っているように感じられることがありますが、相手によっては感じられないこともよくあります。魔術師によって光ではなく熱感や冷感、圧迫感のようなものを感じる場合もあるようです」
「魔術師の知り合いがいるということは、あなたも魔術師なのね。誰の指示でここに?」
魔法使いはフードの奥から鋭い視線を寄越した。けれど、すぐに作り物じみた笑顔を浮かべる。
「魔法使いも魔術師も同じようなものですから、うっかり言い間違えただけです。私は魔術師ではありません」
「侵入者の言葉を鵜呑みにする気はないわ。アンダーヒル侯爵家も関与してるようだけど、何が目的なのかしら? あのメイドはあなたの仲間なんでしょう? 彼女から金魚のことを聞いて来たんじゃないの?」
矢継ぎ早に質問すると相手は苦笑し、出目ちゃんを起こさないようそっと立ち上がった。私の前で手を開き、そこにあったのは摘んだばかりのような瑞々しいミント。
「ごまかさないで」
「口止め料です」
「口止め料にしては安すぎない?」
「残金は後日。白ワインでもお持ちしましょうか」
私の手にミントをのせ、次の瞬間には目の前から消えていた。と思いきやカーテンの陰で外をうかがっている。
「アリシア嬢と公爵閣下の帰還です。アーロン・カーティスも一緒みたいですが、アリシア公女の専属護衛にでもなったんでしょうか」
ミントをグラスに放り入れ、私は魔法使いの隣で外をうかがった。彼の言うとおり、アリシアと公爵とが正面玄関から中央棟へと入っていくところだ。




