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窓からの訪問者(1)

 侍女長の顔を最後に見たのがいつだったか思い出せない。


 婚約解消されて以降、侍女長の〝躾〟はなくなる。嫌がらせは食事や掃除の手抜きという形で継続され、半年という時間は私の心を折るには十分だった。王宮で嫌がらせを受けながら、躾のことを思い出していた。 


 夜空を眺めながら未来のような過去のことを考える。すると、控えめなノックがあった。メイドが皿を下げに来たのだろうと思い「入って」と声をかけると、見たことのある侍従が部屋に滑り込んでくる。


「あなた、ハルフォードさんと当直室にいた侍従ね」


「あ、はい。その、……メイドが、ラニアお嬢様が白ワインがほしいと言っていたと話しているのを偶然聞いて。これ、一昨日開栓したものなんですが」


 彼は隠すように持っていたグラスをテーブルに置いた。


「ハルフォードさんが開栓済みのワインを私にくれたって気づいてたのね」


「誰にも言ってません」


 婚約式が迫っている今、公爵夫人が下手に騒ぎを起こす可能性は低い。アリシアと公爵が帰宅していないことを考えれば、グラスの中身に神経を尖らせる必要はなさそうだった。私が礼を言うと、侍従は頬を紅潮させて出ていった。


 明らかに一度目の人生と違っている。


 公爵邸の関係者の態度は軟化し、レイモンド殿下だけ洗脳の度合いが増しているように見えるのはなぜなのか――。


 もしかしたら、悪魔の力は無限ではないのかもしれない。一度目の人生では、その限られた力を公爵邸内の人々と殿下とに分散して使用した。そして、今回は殿下に狙いを絞り込んでいる?


「ミントがほしいわね」


 ワインに口をつけて無意識にこぼれた言葉だったが、どこからか「採ってきましょうか」と返事があった。


 おそらく窓の外。

 夜闇に人影は見えない。二階だから。

 けれど間違いなく人の声だった。男性にしては高く、女性にしては低い。


 窓枠に手をかけて押し開ける。夜風が行き場を見つけたように流れ込んで、部屋の熱気が押し出されていく。顔を窓の外に出して上下左右を確認し、ふいに頭上から影が過った。影はベランダに着地する。


 濃紺のフード付きマントの裾をひるがえし、人影が私のほうを向いた。


「こんばんは」


「誰?」


「誰かに見られたら困るから、ここを開けてもらえますか?」


 そう言って、私の部屋のベランダの窓を指で叩く。


「不審者を引き入れるわけないでしょう?」


「それなら、なぜ声をあげて人を呼ばないんです? ミントがほしいから?」


「常人の動きではないからです。魔法使いですか?」


「そう見えますか?」


「ええ。もしかしてアンダーソン侯爵家の関係者ですか?」


 人影はベランダの下をうかがい、さらに正門を確認した。手すりに足をかけ、宙に躍り出る。アッと声をあげる間もなく、風をまとったように目の前の窓枠に着地した。


「内緒話は耳元でしないと。どうか中に入れてください」


 声だけでなく、顔立ちも中性的だった。

 年は十七か十八歳くらい。

 性別はわからないけれど、笑みはどこか少年ぽさを感じる。


 整った顔立ちの侵入者は私の背後に目をやり、その瞳に好奇の色を宿した。


「あれがラニア公女様のファミリアですか?」



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