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魔女とファミリア

 ノックのあと顔を見せたのは今日の担当メイド。夕食を持ってくるよう命じ、再びソファーに体をうずめると、出目ちゃんがナイトドレスのひだに潜り込んでくる。


 ふつうの貴族令嬢なら、綺羅びやかなドレスに着替えてディナーを楽しもうかという時間だ。


「ハルフォードさんがいたらワインをお願いするのに」


「メイドに言ってみればいいじゃないか。飲み過ぎはよくないが、果菜は飲まないと調子が出ないだろう?」


 ずいぶんな言いようだが、前世を振り返れば仕方ない。


「それより出目ちゃん、あのメイドはなんだったの? アンダーヒル家にいたメイドを気にしてたでしょう」


「さあ?」と予想通りの返事だったが、続きがあった。


「ぼくが見えてた。あいつ、人けのない場所で話しかけてきたんだ。どなたのファミリアですかって」


 ファミリア――それは〈あの小説〉に登場する。大魔道士と契約した獅子精霊デミュチューンについて、何度か『精霊(ファミリア)』とルビが振られていた。


「なんて答えたの?」


「ぼくは果菜のファミリーだって」


「ファミリーとファミリアは別のものよ。ファミリアは魔術師と契約した使い魔のような精霊のこと。そのメイドは出目ちゃんを精霊だと思ったようね」


「精霊じゃなくて幽霊だろう? あ、そうだ。果菜っていうのは一緒にいたラニア・フランクリンのことかって聞かれたから、『さあ?』ってごまかしておいてやったぞ」


 出目ちゃんは褒めてほしそうに得意げにお腹をそらした。その様子を見る限り、相手がごまかされてくれたかは怪しいところだ。


「そのメイド、魔術師かもしれないわね」


「魔女だろう? ぐるぐるしてる」


「そうね、正確に言うなら『魔女』もしくは『魔法使い』ね。ライニールでは、王室に仕える魔法使いに『魔術師』という肩書が与えられるの。それ以外は魔法使いか魔女。一般人はちゃんと区別して使い分けてるわけじゃないけど」


「ふうん」と興味なさそうな相づち。

 

 それにしても、アンダーヒル侯爵家は魔女をメイドとして雇っているということだろうか。それとも、魔女が素性を隠して働いている?


 よく考えると、お茶会自体が変だった。


 性別も年齢も問わないお茶会というのはかなり珍しい。著名人でもない、レイラのような若い貴族女性が半端な気持ちで招待客の幅を広げても、たいてい痛い目を見るだけだ。レイラがうまく対応できていたのは、招待客のほとんどが彼女より低い身分だったからだろう。だとしても、ずいぶん手慣れた様子だった。


 何度もあのようなお茶会を開いていたのなら噂になるはずだし、アンも知らなかったようだからそれはないと思うけれど。


 メイドは、『精霊』と『果菜』のことをレイラに伝えたのだろうか。

 メイドは、いったい何の目的で部屋の前にいたのか。

 そもそも、メイドは本当にアンダーヒル侯爵家のメイドなのか。素知らぬフリして忍び込んでいただけでは?


 一度目の人生の侍女時代、レイラとまったく顔を合わせなかったことが怪しく思えてきた。怪しいというより、アリシアに消されたのではという心配。


「出目ちゃん、レイラの中身はどうだった? アリシアとレイモンド殿下と話してるときに一緒にいた人」


「ふつうだったぞ。凝ってないがぐるぐるしてるわけでもない。炊事場の使用人たちとか、アンも今は似たような感じだ。王子を観察していて思ったが、なにかのきっかけで凝りも〝のっぺり〟もほぐれるみたいだな」


 アンダーヒル侯爵邸で、出目ちゃんは殿下の頭のまわりをぐるぐる泳いでいた。殿下が突発的な発言をした直後のことだ。『なぜアーロンが?』と。


「疑問が芽生えると凝りがほぐれるのかもしれないわ。思考することを頭の回転っていうじゃない。出目ちゃんが言うみたいにぐるぐる。アンは疑問がきっかけで不信感を持って、それで洗脳が解けたのかも」


「疑問なあ。じゃあ凝りをほぐす処方箋は人それぞれだな」


 出目ちゃんの言う通りだ。

 当人が何に対して、どんな時に疑問を抱くのか。

 アンは、モーラ邸とフランクリン邸の違いとを目の当たりにして疑問が芽生えたようだった。

 それならレイモンド殿下は――。


 ノックの音がし、メイドが麦粥を運んできた。私が白ワインを持ってくるよう言うと「侍女長に聞いてみます」と目を泳がせるから、それなら要らないと追い返した。



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