蘇る二つの記憶(1)
――罪人! ラニア・フランクリン! 王族殺害未遂により斬首刑に処す!――
断頭台に首と手首が固定され、振り注ぐ罵詈雑言に耳をふさぐことができなかった。看守に蹴られてできた痣より、喉の渇きが苦痛だった。口に入った砂を吐き出すこともできないくらいに、口の中がカラカラだった。
涙も出ない。
干からびて死にそう。
でも、ようやくこれで終わる。
朦朧とした頭の片隅に、金髪に緑眼の青年の顔が浮かんだ。ニールだ。嘘の証言で私を王族毒殺未遂犯に追い込んだ、たった一人の友だち。
何を間違えたのだろう。
どこで間違えたのだろう。
レイモンド殿下との婚約破棄は仕方のないことだった。
ああ、でも――!
ライニール王家はアリシアを王太子妃にしてはいけなかった!
彼女がデビュタントとして参加したあの王宮舞踏会。あれが彼女の計画の幕開けだった!
舞踏会後、私とレイモンド殿下の婚約は早々に破棄された。アリシアは半年後に王太子妃として王宮に入り、私は王太子妃付きの侍女として同行した。公爵家から脱出できて喜んだのは束の間。じきに、王宮でも嫌がらせが始まった。
私がレイモンド殿下を誘惑して王太子妃の座を奪おうとしているという噂が広まっていた。亡き母の不貞とスパイ疑惑の噂もついて回った。侍女をやめたくてもアリシアが不安がってできなかった。日を追うごとに苛烈さを増していった嫌がらせが、まさか――、
アリシアの計画だったなんて!
レイモンド殿下が紅茶を飲んで吐血し、私の部屋からは紅茶から検出されたのと同じ毒薬の瓶が見つかったのは、二十四歳の夏。瓶の発見者は年下の侍従、ニールだった。
王宮の一室で、国王陛下と王妃陛下、レイモンド王太子殿下とアリシア、他の関係者が私を囲んでいた。目の前にかざされた鋭い剣はアリシアの護衛騎士カーティス・アーロンのもの。ニールは陶酔したように朗々と弁を述べていた。
『僕は嘘をついていません! その瓶はラニア様の部屋から見つけました。ラニア様は王太子妃殿下に嫉妬しているようでした。自分が就くはずだった王太子妃の座をアリシア様が奪ったと、怒りを露わにすることもありました。ラニア様は王太子妃付きの侍女という立場を利用して、紅茶に毒を盛ったのだと思います』
牛や豚を食べると蕁麻疹が出ると言っていたニールの首筋に、赤い発疹が出ていた。褒美として、豪華な食事がふるまわれたのかもしれないと思った。
『過去に王太子と婚約を結んでいた者が、ここまで堕ちるとは』
国王陛下の深いため息。蔑んだ目、目、目。
私の口から出る言葉は嘘とされ、根拠のない噂が真実となるこの世界で、孤独から抜け出せることは一生ないだろう。それならば、この生から抜け出せばいい。
『ラニア・フランクリン。何か申し開きはないか』
『……ございません。この命をもって罪を償います』
レイモンド殿下の紺碧の瞳が海のさざめきのように揺れた。そして――、
アリシアの口元に浮かぶ微笑!
その目は歓喜するように大きく見開かれ、
瞳には蝋燭の炎のようなゆらめき!
ああ、あれは悪魔のものだった!
シャンデリアの灯が映り込んだのでも、夕焼けを反射したのでもない!
あれは、紛れもない悪魔の瞳!
『おまえの妹アリシアの魂は、とっくのむかし、母親の腹から生まれた直後になくなっているぞ。偉大な悪魔であるこの私が食らってしまったのだから。アリシアの魂は消滅し、二度と生まれ変わることはないのだ』
アリシアの顔、アリシアの口で悪魔は笑った。処刑を待つ地下牢の格子越しに、すべて私の計画したことなのだ、濡れ衣裁判は洗脳による茶番劇だったのだ、我は王国を手に入れ、次は海を渡るのだと。
『おまえはずいぶん役に立ってくれた。生まれ変わる機会くらいは奪わないでやろう』
悪魔の言う通りなら、断頭台は今世の終着点、そして来世への扉。ずいぶん惨めったらしい扉だけれど――、
――執行せよ!――
レイモンド殿下の声だった。
目やにで張りついた瞼を引き剥がし、霞んだ目に映ったのは金髪。観衆の最前列にいたのは、ニールだったのかもしれない。ラニア様と聞こえた気がした。ニールの声で、どこか泣きそうな声で――
頭を叩きつけられるような衝撃のあと、意識は闇にのまれた。




