アンダーヒル侯爵家のお茶会(5)
レイモンド殿下の視線は、舞踏会の日よりもずっと冷ややかさを増している。死に戻る直前の頃を思い出させる、芯から凍るような冷酷な眼差し。
「お姉様。これまで通り気楽にしてください。お姉様が私を避けていらっしゃるのはなんとなく察していました。突然のことに傷つかれたでしょうし、私も気持ちの整理がついていません。それでも、お願いですから私を避けないでください。私にはお姉様しかいません。お姉様を除いて、他の誰に相談しろというのですか?」
言葉にしがたい違和感。
ほんの些細な違和感だが、目の前にいるのが私の知るアリシアと別人に思えた。
一度目の人生でも、私はやってもいないことで非難されている。けれど、アリシアから直接非難めいたことを言われた記憶はなかった。彼女はいつも悩みごとや憂いを「考えすぎかもしれないけれど」とまわりの人間に吐露し、それに尾ヒレがついて私の悪評が広まったのだ。
なぜ、今回は自らの口で私を貶めようとするのか。
「アリシアの考え過ぎよ。私はあなたを避けたことはないわ。婚約発表の日にあなたの部屋を訪ねようとしたけれど、遅い時刻だったからやめておいたの。そのときお父様に会って、当面アリシアは忙しいから邪魔しないようにと言われたわ。だから許してくれる?
あっ、そうそう。その話をしたときカーティス卿もいたの。そうですよね?」
「なぜアーロンが?」
殿下が突然会話に入ってきたことに、私だけでなくアーロン卿もアリシアも、殿下本人さえ驚いているようだった。出目ちゃんが「へえ」と何か面白いことでもあったのか殿下の頭のまわりを泳ぎ始める。
「あの夜、カーティス卿は当家にいらしたのですか?」とアリシア。
「はい。公爵邸での警護体制のことで、秘書官と公爵殿と相談を。その帰りにラニア公女様に偶然お会いしたのです。アリシア公女様の部屋に行こうとしたところ、弟君に止められたとおっしゃっていました」
「あら、あんな遅くまで弟たちが起きていたのね」
「そうなの。そういうことだから、私があなたを避けたことはないわ。あの翌日からあなたはずっと忙しくしてるでしょう? 久しぶりに元気そうな顔が見れて良かった。素敵な婚約式になることを祈ってるわ」
少し迷い、私は殿下に「素敵な式になることを願っています」と頭を下げる。すると、成り行きを見守っていたレイラ・アンダーヒルも「願っております」と私に合わせた。
誰かが「婚約お祝い申し上げます!」と声を上げた。
正門の手前にある人だかりは帰ったはずの招待客たち。「おめでとうございます!」と次々に聞こえ、殿下が片手をあげて応じると拍手がわき起こった。それが撤収の合図だとでもいうように、殿下は「そろそろ」とアリシアと一緒に馬車に乗り込む。
「大丈夫ですか?」
主の目を盗み、アーロン卿が声をかけてきた。「ええ」と短く答えたけれど、レイラは私たちの間柄に興味を持ったようだ。
「公女様はカーティス卿と親しくされているのですか」
「夜着姿を見られたくらいですから」
煙に巻くつもりで冗談めかして答えると、アーロン卿が狼狽する。レイラが笑い、私も笑みがこぼれた。
走り去る馬車の窓にレイモンド殿下が見えた。
彼の瞳が揺れた気がしたのはガラスに映った陽光のせい。
アリシアは馬車を見送る人々に手を振っていた。




