アンダーヒル侯爵家のお茶会(4)
身を寄せ合うふたりの姿を目にすると、足が動かなかった。死に戻る前の彼らの姿が次々と浮かんでは消え、どれも重苦しい感情を連れてくる。
あの小説のラニアのように復讐心を燃やせたら――。
「カーティス卿。みなさまがお帰りになれずお困りのようです」
動揺を隠そうと苦し紛れに口にした言葉だったけれど、アーロン卿は「そのようですね」とロビーを見渡した。
「足止めしたいわけではありません。みなさん、どうぞお帰りになってください。殿下もお咎めにはなりません」
「殿下にお祝いのお言葉を差し上げても?」若い男性が聞いた。
「時間がありませんので、それは別の機会にお願いします」
王族に話しかける機会はなさそうだとわかると、人々はぞろぞろと移動しはじめる。正門との間にある噴水の左手に馬車は停まっており、客は騎士たちの誘導で噴水の右側を通って帰っていった。
ロビーが空いてくると、アーロン卿が「どうぞ」と私に手を差し出す。無視しようとして外に目をやり、レイモンド殿下と目が合った――気がした。
私の中のどんな感情がアーロン卿の手を取らせたのだろう。
少しくらい殿下の表情が揺らがないかという期待?
実際には遠くてよく見えないけれど。
「大聖堂に行かれていたそうですね」
騎士は「来週の件で」と答える。
アーロン卿はエスコートはするが、目を合わせようとしなかった。私たちは噴水の左側に向かい、ついてくるのはアンだけ。
そういえば出目ちゃんは――。
ぐるりと周囲を見回すと、噴水の飛沫の中に黒いものがプカプカ浮かんでいた。馬車を見ているようだった。
「公女様、私が口にしてしまったのです」
アーロン卿が潜めた声で言う。何をと聞くまでもない。
「私がここにいることを?」
「はい、雑談の流れで。それでアリシア公女様が行きたいとおっしゃり、こんなことに。申し訳ありません」
「王室馬車で突然訪問するなんてあり得ないことでは?」
「……私もそう思います」
「殿下は多忙でいらっしゃるはずですのに」
「おっしゃる通りです」
相槌のような短い言葉にアーロン卿の困惑と苦悩が滲み、愚痴のように聞こえた。
「妹もよほど忙しいのか、舞踏会からこちら顔を合わせる機会はありませんでした。気まずさから私を避けているのかと心配していましたが、違ったようですね。でも、いきなり人目のあるところに呼び出されると緊張します。できれば、静かな場所で会いたかったです」
返事はなかったが、添えられた手にわずかに力がこもった。
「お姉様」
視界の隅に捉えていたアリシアがこちらに手を振った。王族の婚約者らしからぬ振る舞いだった。
彼女はそこから一歩も動くことなく、殿下の腕に手を絡め、花のような笑顔で私を呼んでいる。アーロン卿の手が離れると、私はふたりの前でカーテシーをした。人々は姉妹の立場が逆転したことを実感したはずだった。
――ああ、そのためか。
「王国の小さき太陽――」
「あいさつはいい。あまり時間がない」
「私がわがままを言ったせいですね。申し訳ありません、殿下」
「アリシアが謝る必要はない。許可したのは私だ。姉に伝えたいことがあるのだろう?」
「はい。あの、お姉様」
頭を下げたまま、私は唇を噛んだ。
ふたりの会話が茶番にしか聞こえない。
いくら立場が変わったとはいえ、こんなふうに見世物にされるのは屈辱だ。
あの舞踏会の夜の殿下は、逸る気持ちを押さえられないようにアリシアに顔を上げさせたのに、私は殿下の足元だけ見ていろということだろうか。
不意に、出目ちゃんが泳いで私の視界に入ってきた。
「果菜、あの王子はけっこうヤバいぞ。前に見たときよりのっぺりが広がっている。それに悪魔も変だ。前と違って――」
「いつまでそうしているつもりだ。頭をあげよ」
レイモンド殿下の冷ややかな声がし、私は恐る恐る顔をあげた。




