アンダーヒル侯爵家のお茶会(2)
正門を過ぎて少し先に、招待客のものと思われる馬車が数台停まっていた。一人の貴族女性が侍女を従え門から出てきて、一番手前の馬車に乗り込むのが見える。
時刻は午後四時十分を回ったところ。
招待状には『午後三時から午後五時』と書かれていたから、早めに来た招待客は帰り始めている頃合いだ。私があえて遅めに来たのは、最初から顔を出して招待客全員の話の種になりたくないから。
「アン。五時少し前くらいに呼びに来てくれる? 次の予定があるとか、適当に言ってくれたらいいから」
「わかりました」
馬車は門の前に停まり、私たちを出迎えたのは金髪の若い侍従。彼の後をついて行きながら、王宮にいる見習い侍従ニールのことを考えた。
今すぐ王宮から逃げろと言ってあげたい。
もうじきそこには悪魔が行くから。
「侍女の方はこちらの控室をお使い下さい」
その部屋の前には侯爵家の侍女がおり、「どうぞ」と扉を開ける。中には主人を待つ他家の侍女たち。
「大丈夫?」
気遣って声をかけると、アンはフッと笑みを漏らした。
「ラニア様、どうか楽しい時間をお過ごしください」
恭しく頭を下げたアンは、私が立ち去るまで見送っていた。自分がラニア・フランクリンの忠実な侍女であることを他家の侍女に見せつけるように。
通路を曲がると、突き当りの部屋の扉が開け放たれている。中でくつろぐのはお茶会の招待客。中年紳士と老婦人が部屋の前で立ち話をしており、少し離れた場所にメイドが一人。想像していたのとは違い、招待客は老若男女問わないようだ。
「おい、果菜。この家はいいぞ。なんだか体が軽い」
出目ちゃんは機嫌よさそうにクルクルと回転して泳ぎ、その姿をメイドが目で追ったように見えた。
「おい、果菜。あいつ、ぼくが見えてないか?」
やはり見間違いではない。
出目ちゃんは方向転換してメイドの前まで泳ぎ、鼻を尾ビレでくすぐった。耳をつついたり顎にすり寄ったり色々やっているが、メイドは顔を伏せている。貴族と目を合わせないのが礼儀とはいえ、微動だにしないのはむしろ不自然だった。
「主催者のところへご案内いたします」
侍従に連れられ、私はメイドの横を通り過ぎる。老婦人と紳士に会釈して部屋に入ると、話し声がピタリと止んだ。
奥のソファーで女性が立ち上がった。
クセのあるブラウンの髪、魅力的な切れ長の目。
ふと、アーロン卿と立ち話をする騎士の姿が頭に浮かんだ。スタンリー・アンダーヒルだ。目の前にいるのは彼の妹レイラ・アンダーヒルで間違いない。
「フランクリン公爵令嬢、本日はお越し下さりありがとうございます」
「こちらこそ。お会いできるのを楽しみにしていました」
レイラから敵意のようなものは感じられない。だが、笑みの下にナイフを隠すのが王都社交界。他の招待客から私に向けられる視線も温かいものではなさそうだ。
近くにいた若い紳士が、ソファに座ったまま私を見上げた。この頃の自分が貴族からどう扱われていたのかを、改めて思い出した。
「まさかここでラニア公女様にお会いできるとは。フランクリン公爵家の方々は忙しくされていると思っていましたが」
「妹は王宮と家とを忙しなく行き来しているようです。ここしばらく顔を合わせる機会もありません」
「やはりお忙しいですわよね」
レイラが仲裁するように会話に入り、「こちらへ」と自分の隣の席を勧めた。末席に追いやられることも覚悟していたけれど、アンが心配したような吊るし上げはなさそうだ。けれど、婚約絡みの質問は絶え間なく飛んでくる。
「王太子殿下が公爵家を訪問して求婚したというのは本当でしょうか?」
「殿下とアリシア公女様とは以前から面識が?」
「ラニア公女様のお気持ちを察すると心が痛みます。いつからこのような話が?」
「失礼ながら記憶が曖昧なのですが。ラニア公女様のときは婚約式をされたのでしょうか?」
「公女様にもすでに求婚の話が来ているのでは? なんと言っても名門フランクリン公爵家ですもの」
お茶会は長居しすぎないのがマナーとされているのに、私が入室してから部屋を出ていくのは使用人くらい。別のテーブルの客も歓談するふりをしながら聞き耳を立てている。
主催者のレイラは会話を誘導して話者や話題が偏らないようにしていたが、王太子殿下の婚約者が姉から妹になったことは、王都一番の関心事だった。私は問題ない範囲で事実を話し、それ以外は微笑でごまかした。
時計は午後四時四十分。出された紅茶がカップの半分ほどに減った頃、アンが私を呼びに来た。ずいぶん早いと思ったら、アンは思わぬことを耳打ちする。
「王室馬車が来ています。レイモンド殿下とアリシア様のようです」
直後、アンダーヒル侯爵家の執事が部屋にやって来た。そして、部屋にいた全員が二人の来訪を知ることになった。




