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アンダーヒル侯爵家のお茶会(1)

 レイモンド王太子殿下とアリシアの婚約式を各紙が報じると、世間はお祭りのようになった。


 婚約式当日には、サヴァ・ライナ・イマヘラ大聖堂からライニール王宮までパレードが行われることになっている。通り沿いの店々が婚約を祝うためライニール国旗を掲揚し、大聖堂前広場には婚約記念品を売る露天商たち。それを取り締まる王都警ら隊の姿もあった。売られているのは王室に許可をとったものではなく、婚約記念と謳った生花や造花、菓子類。悪質なものでない限り警ら隊は見逃す方針のようで物々しさはなく、広場はさながら前夜祭といった様相だ。


 一度目の人生では新聞の挿絵で知った大聖堂前広場の賑わいを、私はいまアンダーヒル侯爵家に向かう馬車の中から眺めている。


 七月、夏の盛りの午後四時。太陽はまだ高い位置にあり、行き交う人は熱気に頬を赤くしていた。


 出目ちゃんは公爵邸を出てしばらくは大人しくしていたものの、さっきから「夏祭りだ」「夜は花火があるのか?」「金魚すくいは?」と、ずいぶん楽しそうにキャビンを出たり入ったりしている。


 私は六年前に執り行われた自分と殿下の婚約式を思い返していた。


「私の婚約式は、私と殿下と公爵夫妻、殿下の護衛騎士と、他に誰が式に来たかしら。場所は同じ大聖堂だけど、ひっそりと婚約誓約書を交わして、その後に婚約が発表されたわ。パレードもなかったし、王都はこんなお祭りのような雰囲気じゃなかった。婚約に抗議する人たちが公爵邸の前で声をあげてた」


 向かいに座るアンが眉をひそめ、窓外の光景に目をやる。


「私はそのころ領地にいたので存じ上げませんでした。そんなふうに差をつけるなら、なぜ王家は殿下とラニア様を婚約させたのでしょう」


「何かしらの考えがあってのことでしょう。知ったところでどうしようもないことは、知らないほうが幸せかもしれないけれど」


「私は、知らないままでいるほうが恐ろしいです」


 思慮深そうなアンの眼差しに、もう洗脳の気配は感じられなかった。代わりに憂いがそこにある。


「……ラニア様の着替えをお手伝いするたびに、〝躾〟の跡が見えるのです。厳しい家ではそういうこともあるでしょうし、ラニア様は王太子妃になられる方ですから〝躾〟を受けるのは仕方ないのだと思っていました。でも、今はよくわかりません。

 実は、数日前に父に尋ねてみたんです。ラニア様をどう思うかと」


「モーラ伯爵様はなんて?」


「不憫な方だと。前公爵夫人の死因については色々憶測が飛び交ったと聞いています。父は、前公爵夫人に不名誉な形であの事件が決着することになったのは政治的思惑があってのことだと言っていました。あと、これは言うなと言われたのですが、父は当時その事件について陰謀めいたものを感じたそうです」


「よそでは言わないほうがいいわ」


 私が言うとアンは素直に「はい」とうなずく。


 アンの淡い灰色のデイドレスはいかにも侍女らしい服装だけれど、若い彼女にはあまり似合っていなかった。個性を消して主人に付き従うより、アンにはきっと別の生き方が合っている。


「父娘でそういう話ができるなんて羨ましいわ」


「もう幼い子どもでもないですし、普段はそれほど会話をするわけではありません。そのせいか、父は私のことを心配していたようでした。社交界の、良くない部分に染まってしまったのではないかと。ラニア様に対する、根拠のない悪い噂のことです」


 モーラ伯爵は噂通りのお人好しのようだ。


「王都は染まらないと弾かれる場所だもの。アンも染まったままのほうが幸せだったかもしれないわよ」


「そうは思いません。やっと、自分を取り戻せたような気がしています」


 私の目から見るアン・モーラは刻一刻と変わり続けている。最初に舞踏会で出会った頃とも、公爵邸で見てきた姿とも違う。落ち着きがあり、どこか頑固そうな眼差し。


「いつかモーラ伯爵領に招待してくれる? 一緒に厩舎に忍び込んだっていう、アンの幼馴染にも会ってみたいわ」


「イーストラ子爵家の長男です。私のひとつ下で、今は子爵様について領地経営を学んでいるそうです。モーラ伯爵領もイーストラ子爵領も、王都(サヴァ・ライナ)のように刺激的なものはありません。ですが、自然豊かで良いところです」


「魔窟のような王都社交界とは正反対ね。精霊でも住んでいそうだわ」


「そうかもしれません。でも、その前に今日は悪魔の相手をしないと」


 着いたようです、とアンは柵越しに見える邸宅を指さした。

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