お茶会の誘い(2)
「本当に行かれるつもりですか?」
アンが椅子から腰を浮かせ、驚いた出目ちゃんがあたふたと尾ビレを振って私のところに戻って来た。
「ええ」と、私はあえて微笑を浮かべてみせる。
「なぜ今回に限って頑ななのです? 義務感で行きたくもないお茶会に行く必要はもうないんです」
「そうね。もう、王太子殿下の婚約者として振る舞う必要はないでしょうね」
「むしろ今は自粛すべきです。公爵閣下もきっと反対されると思います」
アンが公爵夫人ではなく公爵閣下を持ち出したことに、すこし違和感を覚えた。やはり、これまでのアンとは違っている。
「この年で父親にうかがいを立てることでもないでしょう? でも、状況が状況だから一言伝えておくことにするわ」
こっちが淡々と応じているからか、アンは疑念の眼差しを寄越した。
「ラニア様、何か心境の変化でもあったのですか? 先日の炊事場でのこともそうですし、こんなふうにご自身の意見を主張されることはありませんでしたよね」
「アンこそ何か心境の変化があったようね。使用人の食事のこと、あなたが公爵夫人に伝えてくれたんでしょう?」
「……あれは、私から直接話したわけではありません。料理長と偶然顔を合わせたので、王宮の騎士が裏手に迷い込んで使用人の食事を見たようだと申し上げただけです。さすがに、見て見ぬふりはできませんでした。
あの時ラニア様がおっしゃったように、モーラ家ではあのようなやせ細った使用人はいません。炊事場の奥で雑魚寝などさせません。いくら下の使用人でも、名門フランクリン公爵家であれはおかしいのではないかと。それで……」
アンはまだ何か言いたげだったが、そのまま口をつぐんだ。
「それで? それで心境の変化があったということ?」
「そうかもしれません。ひとつ疑問が生まれたら、公爵家の状況が次々とおかしく思えてきたんです。
普通、使用人の管理は執事の仕事です。その執事はなぜか隅に追いやられ、侍女長が大きな顔をしています。そして、その侍女長はラニア様の食事を制限するよう料理長に命じています。ドレスを美しく着こなすための食事制限は、王都の貴族女性ならば誰もがやっていることとはいえ、アリシア様の食事と比較しても度が過ぎています。王太子妃になるのならばそれも仕方のないことと思っていましたが、何か、すべての歯車が狂っているように感じられてきました。なにより、侍女長に指示を与えているのは公爵夫人ですから」
「あなたも私の侍女とはいえ、実際は東棟にいることが多いわ」
「はい。今さら申し上げるまでもなく、私はラニア様の監視係として雇われているようなものです。ラニア様が公爵家やライニール王家を裏切る素振りがないか、エンディン王国と内通していないか、主に社交場でのラニア様の言動を事細かに公爵夫人に報告するのが私の役目でした。
でも、社交場でラニア様が発言されることはほとんどありませんし、交流も多くありません。ラニア様がお茶会や舞踏会、チャリティバザーなどで孤立なさっている様子を伝えると、公爵夫人はいつも満足そうに聞いておられました。ラニア様が問題を起こさず大人しくしていることに満足されているのだろうと考えていましたが、なぜあの態度に疑問を抱かなかったのか自分でも不思議でなりません。
王太子殿下の婚約者として、またフランクリン公爵令嬢としてラニア様は不当に扱われてきました。それを、私はずっとラニア様のせいだと思い込んでいたんです。舞踏会では壁の花、目下の者に媚びる態度、そういった次期王太子妃らしからぬ態度に苛立ち、すべてラニア様の努力不足だと決めつけて……」
アンは間違っていない。
アリシアが社交界デビューする前に、私が社交場で堂々としていたら状況は少しくらい違っていたはずだ。王太子殿下の婚約者という肩書があったのだから、努力次第で味方を見つけられた可能性はある。
「私も後悔してるわ。もっとできることがあったはずなのに」
「でも、変わろうとなさってるんですよね? うなずいていただかないと、私はその招待状をこの場で破り捨てます。
先日、ラニア様の使用人に対する言葉を聞いて、領地で過ごした幼い頃のことを思い出したんです。幼馴染と二人で厩舎や厨房に忍び込んで、使用人はみんな笑って相手してくれて。あの温かさをどうして忘れていたのか……。
とにかく、あのとき私はラニア様のことを何も知らなかったと思ったんです」
真剣なアンを、出目ちゃんはずっと興味深そうに見ている。
「アン。私は変わろうとしているわけではなく、もう変わってしまったの。だから、お茶会はアンも一緒に行ってくれるでしょう?」
今度こそ、アンは「わかりました」と力強くうなずいた。
この日、アンが公爵邸を出て数時間後のことだ。夕方になって王都に号外が撒かれた。それは王太子殿下とアリシアの婚約を報じるもので、この日、公爵夫妻とアリシアは夜中まで戻ってこなかった。




