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お茶会の誘い(1)

「ここにいたのか」


 開け放ったままの扉からヒョイと顔をのぞかせたのは黒い出目金だった。炊事場から戻る途中にどこかに消えて、いつものように屋敷をふらふら泳いで来たようだ。あちこちで見聞きした情報も教えてくれるから出目ちゃんの好きにさせている。


 私の視線を追ったハルフォードさんは、そこに誰もいないのを見て私が退室を促したと勘違いしたようだ。


「私はそろそろ――」


 立ち上がった執事に、私は「やはり公爵邸を離れてください」と言った。


「ですが、お嬢様……」


「ハルフォードさんの助けが必要です。ハルフォードさんの生まれた町が今どうなってるのか、豊穣会がどうなったのか調べてもらえませんか? まずは証拠を集めましょう」


 ハルフォードさんは困惑している。


「じきにアンが来ると思うぞ」


 出目ちゃんの言葉に慌てて通路に確認すると、階段を上る足音がかすかに聞こえた。


「誰か来るみたいです。私は部屋に戻るので、ハルフォードさんは誰もいなくなってから動いてください。無茶だけはしないで」


 執事の返事を待たず、私は足音を忍ばせて部屋に戻った。たったいま部屋から出てきたように扉を半分開け、姿を見せた侍女に声をかける。


 アンは客人のように帽子をかぶり、手には流行りの巾着バッグを持っていた。


「久しぶりね、アン」


「たったの四日ぶりです。お嬢様はどこかへ行かれるところでしたか?」


「小腹がすいたからメイドを呼ぼうと思ったんだけど」


 アンは周囲を見回してため息を吐く。


「誰もいないようですから、私が行ってきます」


「必要ないわ。侍女長からアンはしばらく休みだと聞いていたし、私の世話をするために来たわけじゃないでしょう? とりあえず中に入って」


 部屋に通すとアンは客用のポールハンガーに帽子を掛ける。そのあと、窓辺の椅子を私のために引いた。私はその様子をながめながら、一度目の人生について思い返していた。


 レイモンド殿下の訪問から婚約者変更が発表されるまでの一週間、私を訪ねてきた人は誰もいなかったし、アンも姿を見せなかった。もともと通いの侍女という特殊な雇用形態で、対外的、形式的な侍女に過ぎなかったから、外出自粛中だった当時の私には必要なかったのだ。


 なぜ、今回はこのタイミングで来たのだろう。

 もしかしたら、今回のアンはすっぱり侍女を辞めるつもりだろうか。

 もしそうだとしても、特に大きな変化とはいえない。

 一度目の人生でもこのあとは月に数度しか訪れなくなり、半年後にはいなくなるのだから。


「アン、座って」


「失礼します」


 アンの額にぶつかりそうな距離で出目ちゃんが泳いでいる。何か気になることでもあるのか、頭の周りをじっくり観察していた。


「今日はのっぺりしてない」


「えっ?」


 私の声でアンが顔をあげる。彼女はバッグから取り出した封筒を手にしていた。


「あ、なんでもないわ。アンが何か喋ったように聞こえただけ。外の声だったみたい」


 少し開けた窓から吹き込む風に、レースカーテンがそよいでいる。アンは特に表情も変えないまま封筒をテーブルに置き、ふと思い出したようにペーパーナイフを取って戻ってきた。


「アンダーヒル侯爵令嬢からです。お茶会にぜひラニア公爵令嬢をお招きしたいとのことで、私が招待状を預かってきました」


 アンダーヒル侯爵令嬢といえば、たしかアリシアが親しくしている友人の一人だ。


「参加は見送られたほうがいいと思います」


 一度目の人生と変わらない台詞をアンが口にした。

 一度目の人生で、アンはこの招待状をどう処理したのだろうか。

 公爵夫人に先に報告し、処分しておきなさいとでも言われたのかもしれない。


 何がアンの行動を変えたのだろう。

 なぜ四日前のアンは〝端っこがのっぺり〟していて、今はのっぺりしていないのか。

 洗脳が解けている?

 それが一度目と今回との違い?


「気晴らしに参加してみようかしら。もしアンが私について来たくないなら来なくていいわ。いっそ、侍女も辞めていいのよ。不埒な裏切り者の娘は、これからは捨てられた公女という呼び名が加わるだろうし、そんな私の侍女だなんてモーラ伯爵もご心配なさるでしょう?」


「何をおっしゃってるんです? 私がラニア様の侍女を辞めたら他に連れていく侍女などいないではないですか」


「一人で行けるわ」


「公爵令嬢が一人の侍女も連れず侯爵家のお茶会に行くなんてありえません。アンダーヒル侯爵令嬢は、アリシア様も今回のお茶会に参加されると言っていました。例の噂を聞きつけて、急遽ラニア様にも招待状を寄越したのです。どんなお茶会になるか、私が申し上げるまでもありませんよね? だから参加は見送ったほうがいいと申し上げているんです」


 アンは怒っているようだった。あの冬、この部屋で火のない暖炉を見た時もアンは怒っていた。その怒りの半分は、私ではなく別のところに向いているようだった。


 招待状を確認するとお茶会は三日後。

 無視してもいいくらい急な誘いだが、記憶違いがなければ王室がレイモンド殿下とアリシアの婚約を公表した、まさにその日。アリシアも公爵夫妻も王宮にいたはずだ。つまり、一度目の人生のアリシアはアンダーヒル侯爵家でのお茶会を欠席したのだろう。それなら――、


「参加するからアンもそのつもりでいてくれる? でないと、メイドの選んだ服でお茶会に行くことになるわ」


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