執事の告白(3)
執事の推測はほぼ当たっているはずだ。レイラング山の肉や土壌のこと、グリッジ地方のロードレス信仰については〈あの小説〉にも書かれていないけれど、グレイアム侯爵家をはじめとしたグリッジ地方の貴族は、アリシアが王太子妃になったのを境に力を付けていく。これは、一度目の人生で目にした事実だ。
執事の告白により明らかになったのは悪魔とグリッジ地方の関係だけではない。彼が殺された理由もだ。
本の中では、ハルフォードさんは体内のマナが極端に少ないために悪魔の洗脳が効かず邪魔になって殺されたという、主人公ラニアの推測が書かれていた。それも理由のひとつだろうが、おそらくアリシアは執事が自分の秘密を暴露しようとしていることに気づいたのだ。そして殺した。
では、いつ気づかれたのか。
「ハルフォードさんは、どうやって陛下に伝えるつもりなんですか? 簡単なことではないでしょう?」
「印章を……。公爵家の印章で封をして送れば――」
「ハルフォードさん」
強い声で遮ると、彼は眉を寄せて苦渋を滲ませる。
「重罪ということはわかっております。公爵家を裏切ることだということも。しかし、王太子殿下まであの者の手に落ちてしまったのです……」
「王国のためだと言うの? どうしてハルフォードさんがそこまで」
「……私がハンスくらいの年だったでしょうか。まだパーセル子爵領にいた頃のことです。町に豊穣会と名乗る集会所ができました。居酒屋のように飲み食いしながら豊かさについて話す場所ということでした。
私はもともと酒が飲めず、食も細く、そういった場所を好む派手な同輩からは嫌われていました。まさにハンスのような状況です。彼は炊事場から屋内配属されたことで仕事中に嫌がらせされていますが、私は平民にも関わらず領主様に目をかけていただいたことで同輩から疎まれていました。
集会所ができてから嫌がらせがひどくなり、それだけでなく、彼らは領主様への批判をし始めました。
当時、領主様は貧民地区の環境改善のため公共工事を進めており、私はその担当だったのですが、この事業が批判の対象でした。働かない貧民は山に連れて行って狩りをさせろ、役立たずに金を使うなと。この主張が、意外にも広く支持されたのです。工事が頓挫して頭を抱えていたところ、豊穣会が貧民を雇ったという話が入ってきました。救済対象だった貧民の大半が、豊穣会に連れて行かれたのです。
これにより領主様の評判は落ち、豊穣会は支持されました。貧民たちがどうなったかなど誰も気にしていなかった。豊穣会の集会所はいつも賑わっており、私は隠れて参加してみました。
異様な雰囲気でした。誰もが酒だけでなく、自分自身に酔っているようでした。世の中は弱肉強食で、その源は狩りである。狩りの頂点に立つ者が豊穣をもたらし、弱者は狩られることで世界の礎となるのだと。
集会所だけでなく、当時は町中がどこか熱に浮かされたようでした。貧民地区の工事に関わってきた私への風当たりは強く、他所への紹介状を書いてやるからこの町を離れなさいと領主様から言われました。その後、いくつかの貴族に仕え、フランクリン公爵家にたどりついたのです。
豊穣会の主張が、かつてレイラング山の狩りの神とされたロードレス信仰だと知ったのは、ずいぶん後になってからのことでした。山で生きる狩猟者の理としては納得できる部分もあるのですが、それをそのまま町に持ち込めばまさに悪魔の所業と言わざるを得ないのではないか――私はそんなふうに考えました」
「山の神は地に下りて悪魔となった?」
判断はご自分でというように、執事は首を振ることもうなずくこともしない。
「……連れて行かれた貧民たちのことがずっと気になっているのです。病気や怪我でまともに働けない者たちでした。いったいどこに連れて行かれ、何をさせられたのか。町の人がそういった疑問を抱かないことが、私には恐ろしかった。兄もあの熱気に絡め取られてしまい、まるで悪魔に魂を売ってしまったようだと思いました。
あの時あの町で起きたことが、アリシアお嬢様の中にいるモノと関わりがあるのかはわかりません。ですが、今の公爵家の空気はあの町にどこか似ているのです。疑問を差し挟むことが憚られる息苦しさが。アリシアお嬢様を称える得体のしれない熱気が」




