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執事の告白(2)

 開けた窓から、風とともにかすかな話し声が聞こえた。メイドたちが談笑しているようだった。執事の耳にはまったく入っていないらしく、寒さに凍えるような声で「ベラ・バーキンが」と侍女長の名を口にする。


「ベラ・バーキンが変わったのは、アリシアお嬢様の目のせいです」


「ベラ・バーキンが変わった、というと?」


「ラニアお嬢様はベラ・バーキンが侍女長になってからのことしかご存知ないと思いますが、元はあのような性格ではありませんでした。侍女の中では目立たない方で、なぜ彼女が侍女長に選ばれたのか首をかしげる者もおりました。侍女長に昇進したのは、ラニアお嬢様と王太子殿下の婚約が決まってすぐの頃のことです。それ以前はアリシアお嬢様付きの侍女でした。

 彼女が侍女長に任じられる少し前のことですが、東棟の温室側の外廊のほうへと、アリシアお嬢様がベラ・バーキンの手を引っ張っていくのを見かけました。夕暮れ時で、そろそろ部屋に戻らなければならないのに、ベラはお嬢様に強く言えないのだろうと私は思いました。それで、建物の陰に消えたふたりを追いかけたのです。すると、低く嗄れた女の声が聞こえてきました。聞いたことのない声で、訝りながらそっと様子をうかがうと、その声はアリシア様のものでした。東の外廊は薄暗く、お嬢様の瞳が……赤く燃えていました。ベラは魂を抜かれたようにぼんやりお嬢様を見つめていたのです。

 ベラに向かって、アリシア様はあの恐ろしい声で言いました。

 ラニアお嬢様は卑しいスパイの娘だから、国を裏切らないように厳しく躾けなければならない。公爵様と血が繋がっているからといって、正当な公女だと勘違いさせてはいけない。ラニア様にそれを教え込むのがベラの役割だ。そのための肩書をサビナ夫人が与える――と。

 数日後、ベラ・バーキンは侍女長になりました」


 瞳に炎を宿し、得体の知れない声で、悪魔はベラ・バーキンを洗脳したのだろう。侍女長の中身は大部分が「のっぺり」しているかもしれない。


「なぜベラ・バーキンだったのかしら?」


 ひとり言だったが、執事は「私の推測ですが」と続ける。


「ベラ・バーキンは操りやすかったのではないかと思います。ある意味とても素直で、流されやすく、染まりやすい子でした」


 アン・モーラのことを思い出した。私の侍女になる前にお茶会や舞踏会で何度か顔を合わせていたが、あの頃の素直さはフランクリン公爵家に通うようになって変化した。素直でなくなったわけではなく、〝素直〟に私の悪評を信じたのだ。


「ハルフォードさんは、アン・モーラもアリシアに操られていると思う?」


 執事は「どうでしょうか」と返答を避け、何とも言えない複雑な表情を浮かべた。


「モーラ嬢は、ベラ・バーキンのような状態ではありません。この屋敷の多くの使用人のように、ラニアお嬢様が悪者だと信じ込んでいるだけで、積極的に害そうとしているようには見えません。

 基本的に、使用人たちはラニアお嬢様との関わりを避けることで公爵夫妻の意に添う態度を示そうとしています。料理長のように命令があって加害に加担する場合もありますが、それは暗示ではなく上下関係、主従関係によるものです」


「暗示にかかっているのは侍女長と公爵夫妻、それと……レイモンド殿下というところかしら」


 殿下の名前を出すと、老執事は「ああ」と嘆息した。


「やはり、ラニアお嬢様も王太子殿下が変わられてしまったとお考えなのですね」


「本来の殿下なら、婚約解消するにしてもあんな侮辱的なやり方はなさらなかったはずです。それに、私もハルフォードさんと同じものを見ました。

 レイモンド殿下が屋敷を訪れた日、アリシアの目が不自然に赤く光ったように見えたのです。昼間のことだったけれど、ふたりは庭のガゼボに座っていて、ちょうど日陰になっていました。最初は首飾りかなにかの宝石かと思ったんだけど、確かに目が光っていたの」


 嘘を吐いた。私があの目を見たのは死に戻る前のことだから、嘘を吐くしかなかった。ハルフォードさんは「ああ、やはり」と、まるで王国滅亡の予言を聞いたかのように頭を抱える。


「ねえ、ハルフォードさん。あなたはなぜフランクリン家の執事を続けているの? この屋敷は悪魔に乗っ取られていると、ずっと前から知っていたのでしょう?」


 執事が逡巡したのは刹那。本当はすべてを吐き出してしまいたかったのだろう。


「ラニア様が無事に結婚されるまではと思っていました。老人の自己満足に過ぎませんが、それも阻まれてしまった……。

 それどころか、あれはライニール王家にまで手を出そうとしています。お嬢様は私に領地に戻るようにおっしゃいましたが、グリッジ地方では密かにロードレスを崇める者がいるのです。

 公爵夫人の出身家門であるグレイアム侯爵家は、ロードレス信仰が生まれたレイラング山とは距離がありますが、同じグリッジ地方にあります。そして、最近になってレイラング産の肉を仕入れるよう家令に命じたのは公爵夫人ですし、温室ではレイラング山の土で植物を栽培しています」


「そうなの?」


「家政婦長と家令がそのような話をしているのを、偶然耳にしました。目的はわかりませんが、すべての指示を出しているのは公爵夫人です。その夫人の娘であるアリシアお嬢様に悪魔が宿っている。

 復活した悪魔が、グレイアム侯爵家を足がかりにフランクリン公爵家に手を伸ばし、ライニール王国を支配しようとしているのではないか――。

 私は、王太子殿下のご訪問からずっとそんなことを考えていました。ですから……」


 老執事はグッと両手のこぶしを握りしめ、背筋を伸ばした。


「国王陛下にすべてを明かそうと思います」


 


 

 

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