執事の告白(1)
「公爵様が変わられたのは再婚が理由ではなく、私の母があんな死に方をしたせいでは?」
私が問うと、執事は確信をもって首を振った。それは予想外の反応だった。
「ラニアお嬢様は幼かったですし、あまり覚えておられないかもしれませんが、公爵様はクレア様の死を悲しんでおられましたし、憤ってもおられました。それは、あの事件が何者かの策略ではないかと疑っておられたからです」
「……そんなはずないわ。覚えているもの。公爵様は母が死んでからずっと私を避けていたじゃない」
「クレア様が亡くなられた直後、公爵様はほとんど屋敷に戻られませんでした。事件解明とエンディン王国との話し合いのためです。それで、ラニア様にお会いすることもできなかったのです」
「使用人たちは? みんな私と母の陰口を言っていたわ。それに、母の侍女はみんな辞めさせられたでしょう?」
「使用人のあいだに根拠のない噂が広がってしまったのは事実です。ただ、クレア様付きの侍女が辞めたのは本人たち希望でした。正確には、外交問題に発展しそうな事態を憂慮したそれぞれの家門が、フランクリン公爵家から娘を引き上げたと言ったほうがいいかと」
母が亡くなったのは私が四歳のとき。遠い昔のことだ。執事の言うように記憶違いがいくらかあるだろうけれど、あの頃からずっと私が孤独だった事実は変わらない。
「ハルフォードさんは、公爵様が母を憎んで私に冷たくあたるのが、公爵夫人のせいだと考えているのですか?」
執事は肯定も否定もせず、話の先を続けた。
「事件から時間が経つにつれ、公爵様の心の中にクレア様への疑念が芽生えていったようです。信じたい気持ちと疑ってしまうことへの罪悪感。さらには立場上葛藤を抱え、ずいぶん憔悴しておられました。
王家は外交問題に発展するのを避けるため、不貞の末の不幸な事故として早々に決着したかったのです。公爵様だけがクレア様の名誉のために抗っていました。しかし、スパイ疑惑が問題でした。クレア様を擁護し過ぎれば、公爵家自体が疑われかねません。
そういった八方塞がりの状況で、グレイアム侯爵家からサビナ様との再婚話を持ちかけてきたのです。正式な打診ではなく、グレイアム侯爵と王宮で顔を合わせたときそういう話が出たのだと公爵様はおっしゃっていました。
最初、公爵様にその気はなかったようです。しばらくしてグレイアム侯爵邸に画商が来るからと招待を受け、その場でサビナ様とお会いになったようでした。その後は再婚話がトントン拍子に進み、結局は捜査の打ち切りを受け入れられました。
公爵家のためにも、公爵様ご自身のためにも、これで良かったのだろうと最初は思いました。しかし、公爵様の表情から苦悩や葛藤がさっぱり消えてしまったことに違和感がありました。それだけでなく、クレア様を憎む発言をされるようになり、遺品もほとんど処分なさいました。そして、ラニアお嬢様をこの別棟に。
そういった違和感が募り、すべてがグレイアム侯爵の策略だったのではと考えました。サビナ様が公爵様に何か良からぬことを吹き込んだのではないか。グレイアム侯爵家の立場を強めるために、精神的にも立場的にも弱っていたフランクリン公爵家を狙ったのではないかと」
申し訳ありません、と執事はうつむく。
「なぜ謝るんですか?」
「私は何もできませんでした。何も止められなかったんです」
「屋敷の主がやっていることを執事が止められるわけがないでしょう?」
老執事の目は赤く充血している。これでは私が使用人を虐めているみたいだ。
「ハルフォードさん。アリシアのことを話してください。さっきアリシアの名前を出したとき怯えているように見えたけど」
執事の手が震え始めた。彼はそれを沈めるように右手で左手を強く握りしめ、それでも震えは収まらない。
「……アリシア様は、悪魔に憑かれてしまったのかもしれません」
ドクン、と心臓が跳ねた。
「悪魔? 悪魔って、大魔道士イマヘラに倒された悪魔ロードレスのこと?」
「はい。私の生まれたハルフォード家はパーセル子爵領にあります。悪魔討伐の地であるレイラング山から八〇キロほどと近いところで、悪魔伝説は色々聞いて育ったのですが、その中に悪魔は力を使うとき瞳に炎が灯るという話がありました。その炎の目を、……見てしまったのです」
炎の目。
私は死に戻る直前にそれを目にしている。
シャンデリアの灯が映り込んだのでも、夕焼けを反射したのでもない、アリシアの瞳の中の炎を。




