図書室と蒸留室(2)
蒸留室の棚には、乾燥ハーブやスパイスの入ったガラス瓶がずらりと並んでいる。想像していたより種類は豊富で、乾燥茸や、柑橘類の果皮を乾燥したものまであった。
料理用の加工をこの蒸留室で行い、アロマオイルや香水、ハーブティーなどは家政婦長の管理する温室脇の蒸留室で抽出加工しているのだろう。とはいえ、ここにあるものが料理以外に使えないわけではない。これだけ種類が揃っていれば色んなスパイスハーブティーが作れそうだ。
気持ちが高揚する。
たぶん、果菜の嗜好に影響されている。
「果菜、ぐるぐるしてるぞ」
「えっ、どういうこと?」
「果菜の中が激しくぐるぐるしてる。のっぺりの逆だ」
この高揚感が「ぐるぐる」の正体だろうか?
出目ちゃんは、私が魔法を使うのは料理をするときだと言っていた。キッチンで食材を前に料理レシピを考えるとき、果菜風に言うなら『テンションぶち上がる』。お酒も入って完全なキッチンドリンカーだったから、ぐるぐるしていたのはむしろ視界だった気もする。『レシピの魔術師』『孤高の魔女カナカナ』を自称するくらいには頭のネジが飛んでいた。
「出目ちゃん、お酒はぐるぐると関係ある?」
どうせ「さあ?」と返ってくるだろうと思ったら少し違っていた。
「たぶん人それぞれだ。お酒でぐるぐるが加速することもあるし、反対にどんどん止まっていくこともある。果菜は加速する」
試しにお酒を飲んで出目ちゃんに私の中身を見てもらおうか。
お酒は嫌いじゃない。それに、ここから香辛料を拝借して、お酒を入手できればスパイス酒が作れる。ハーブ栽培もここの使用人がしていると聞いたし、こんな暑い時期なら白ワインにミント、レモングラス、カルダモンを割り入れてライムの果皮を少々――、
ガラン、と何かが転がる音で我に返った。
炊事場と反対にある、裏口の木戸の向こうからだ。耳を澄ますとヒソヒソと話し声が聞こえてくる。
――何やってんだよ
――こんなとこにバケツ置いてあるのが悪い
――いいから戻るぞ
――待てよデリック、あの女、さっきここに入っていったじゃないか
――おれは関わりたくない、じゃあな
――ここまで来ておいてなんだよ、おい、デリック……クソっ……
チェッと舌打ち。
ハァとため息。
私は足音を忍ばせ、そっと裏口の扉を開けた。貴族令息らしい小綺麗な格好のイーノックは、日陰に吊るされたハーブに顔を近づけて匂いを嗅いでいる。どうやら彼好みの香りだったようだ。
「それ、ローズマリーって言うのよ」
「えっ、うわっ! なんでおまえがいるんだよ!」
「いるの、知ってたでしょう? つけてきてたんじゃないの?」
「あっ、えっと、……チクショウ! おれがここにいたこと誰にも言うなよ! 特にお母様には絶対ダメだからな!」
暑さのせいか頬を紅潮させ、イーノックはバタバタと走り去っていった。騒ぎを聞きつけたのか、背後でキィと音がする。
「何かありましたか?」
炊事場から顔をのぞかせたのはハンス。蒸留室には足を踏み入れず、その場に立ったままウロウロ視線を泳がせている。
「双子の弟たちが裏に隠れてたみたいなんだけど、よく来るの?」
「えっ? いえ。このあたりは下っ端の使用人ばかりで、それ以外に来られるのは執事様と、本邸の厨房の人たちくらいです。……あっ、洗濯場が近いのでメイドも炊事場の前を行き来しますが」
「そう」
漏れ聞こえた会話から推測すると、双子は遊び半分で私の後をつけていたのかもしれない。言い出しっぺはイーノック。デリックは乗り気でなかったようだ。
「アリシアもこのあたりに来ることはないのよね?」
「だと思いますが、お顔を存じ上げないので……」
「侍女長や家令は来る?」
「いえ。本邸裏口あたりで料理長と話しているのはたまに見かけますが、この炊事場まで来られることはありません」
「家令様は毎日本邸裏口に来ますよ」
ハンスの後ろから会話に入ってきたのはエマだった。




