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図書室と蒸留室(1)

 炊事場の使用人たちのことは気になっていたが、自ら訪ねようとは思わなかった。私が出入りしていると噂になれば、彼らが洗脳の標的にされかねないから。


 ここ数日、中央棟と東棟は頻繁に客が出入りしている。公爵夫人とアリシアはその応対に、侍女長は贈り物の整理に追われていた。公爵は忙しなく屋敷と王宮を行き来し、弟たちは放ったらかにされているのをいいことに屋敷探索に明け暮れているようだった。


 私はといえば、別棟で大人しくしていた。


 と言っても自室でぼんやりしていたわけではなく、別棟一階にある図書室で本を読み漁った。主に、大魔導士と建国伝説、そして悪魔について。


 この図書室は私が殿下と婚約したときに造られた場所だ。もともと王太子妃教育のための部屋だったため、王室典範、王室儀礼、イマヘラ神学、王国史、外交史など、王族として学ぶべき書物が揃っている。大半は王家から貸与されたものだ。


 私はその中から有益な情報を得られそうな本を探し、自室に持ち帰って隠した。一度目の人生では、気づいた時には蔵書はすべて東棟に移されていたため、今回は持ち去られる前に確保しておくことにしたのだ。


 図書館に通って四日目。王国史を読みふけっていると通路が騒がしくなり、家令のブラッドリー・フォレットが使用人を引き連れて入ってきた。私がいることに驚いているようだった。


「こちらにいらしたのですか、ラニアお嬢様」


「ええ。何かご用?」


「図書館に用があって来たのです。ここの蔵書は王室から預かった王太子妃候補のためのもの。本日中に東棟に移しておくようにとの公爵閣下の指示です」


 手にしていた『ライニール王国史第二巻』を閉じ、私はそれを家令に渡した。


「来客も多いのに、あなたも大変ですね」


「本日の来客はございません。公爵閣下は夫人とアリシアお嬢様と一緒に王宮にお出かけですから。そのため、本日蔵書の移動をすることになったのです。ここも騒がしくなります。どうぞ二階でお過ごしください」


「わかりました」


 家令は公爵夫人側の手先だ。けれど、腹の中で何を考えているかわからない。


 公爵夫人や侍女長であれば、こうして私が大人しくし図書室から出ていくのをニヤニヤ笑いながら眺めたことだろう。しかし、家令の言葉は常に事務的で、私を必要以上に蔑むこともなければ、公爵家の人間として敬うこともなかった。強いて言うなら、公爵夫人用の任務遂行ロボット。


「頑固そうな男だな」


 通路に出て早々、出目ちゃんが言った。


「のっぺりしてた?」


「いや、揉んでやったらほぐれそうな気がする」


「肩こりみたいに言うのね」


「まさに凝ってる感じだな。血行不良だ。多くの人間は大なり小なり凝ってる」


 私は使用人の目を盗み、二階への階段を素通りして裏口に向かった。


「果菜、どこに行くんだ?」


「炊事場。鬼の居ぬ間に洗濯、悪魔の居ぬ間に探索よ」


 炊事場はちょうど食事中だった。木戸は明けっ放しで、中にいたエマが私に気づいて駆け寄って来る。


「お嬢様! 本邸からもらえる麦と野菜が増えたんです。たまにパンも分けてもらえます。お嬢様のおかげです。ありがとうございます」


 テーブルを見ると、たしかに彼女の言う通りだった。皿に盛られた麦粥は以前より固形分が目立ち、パンも一緒に置かれている。エマはさらに何か言おうとしたが、私は使用人たちの手が止まっているの気づいて彼女を食事の席に戻した。


「エマ、奥の部屋を見せてもらうから、食べ終わったら来て」


「はい!」


「果菜、奥はぼくが案内してやる」


 出目ちゃんはエマの頭上を泳ぎ、窓をすり抜けて蒸留室に入る。扉を押し開けると、香辛料が混ざった独特の匂いに包まれた。

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