一度目と二度目の違い(2)
レイモンド殿下の訪問後、一度目の人生と変わったことがいくつかあった。
当日に公爵から呼び出しがあったこともだし、アン・モーラが炊事場でのことをどう伝えたのか、その夜から麦粥が出されるようになった。本邸の料理人が作ったものらしく、相変わらず素材の味だけとはいえ豆と野菜もいくらか入っていた。
『体調を崩されているようですから、料理長が消化の良いものをご用意くださったようです』
アンがそう言っていた。
量的な満足感も栄養面も、この麦粥は案外悪くない。料理長に麦粥を命じたのは公爵夫人か侍女長か。いずれにせよ、下っ端の使用人と同じ食事を与えて私の自尊心を踏みにじりたかったのだろう。体調を崩したのがアリシアなら、用意されるのはきっとパン粥だ。
「果菜、塩を使うといい」
出目ちゃんは塩だけにとどまらず、暇を見つけては炊事場へ出かけて「おみやげだ」と様々な戦利品を披露した。
コショウ、ナツメグ、シナモン、クローブ、パセリ、セージ、タイム等々。スパイスも乾燥ハーブも粉状か粗刻み。出目ちゃんが一度に運べるのは一匙程度だったけれど、それだけあれば十分だ。
こんなふうに一度目の人生と変わったところがある一方、変わらないこともある。レイモンド殿下の訪問翌日から、私のまわりの使用人が目に見えて少なくなったことだ。
客間がある別棟一階は今まで通りだが、私の居住区域である二階は花瓶がすべて撤去された。三日に一度掃除夫がやって来て、それ以外はメイドが交代で一人。
今後、掃除は三日に一度から一週間に一度、さらには二週間と雑になっていき、私はメイドを呼ぶことすら躊躇い、次第に使用人から忘れ去られていく。――それが一度目の人生だった。
私の存在を無視したのは公爵家の使用人だけではない。アリシアとレイモンド王太子殿下の婚約が発表されると、私との六年間の婚約関係は存在しなかったように、世間は未来の王太子妃に湧き立った。いつまで待っても私の嫁ぎ先は決まらず、世界から自分が消えてしまった感覚。
この時期、ほとんどの時間を部屋に閉じこもって過ごした。そんな私に、世間の動向を教えてくれていたのはアン・モーラだ。
そういえば、アン・モーラだけは私を忘れなかった。
アンが公爵邸に来るのは月に二、三回ほどになっていたけれど、一応は私の侍女のままだった。あの頃、私はなぜアンが侍女を続けているのか不思議でしょうがなかった。
アンは新聞を携えてやって来て、社交界で囁かれている噂を私に話して聞かせた。何度か「〇〇令嬢からです」とお茶会の招待状を持って来たこともあった。そして「見送ったほうがいいです」と毎回言った。
捨てられた公女の侍女として参加するのが嫌なのだろう――そう思っていた。
だから、私から「侍女を辞めてもいい」とアンに言った。
寒さが厳しくなり始めた、その年の十一月の終わりのことだ。私の部屋の暖炉に火が入っていないのを目にしたアンが、『あなた、おかしいんじゃないの!』と声を荒げた。感情的に怒鳴られたのは初めてだった。
彼女が握りしめた新聞には、『いよいよ五十日後に迫る! 新たな王太子妃の誕生』という見出しの文字。彼女はその新聞を思い切り床に叩きつけた。
『いつまで使用人の顔色をうかがってるの? そんな貴族を誰が敬うのよ。公女なら公女らしく振る舞いなさいよ!』
私がごめんなさいと謝ると、彼女はこぶしを震わせた。
『ごめんなさい。アンも私の侍女なんて体裁が悪いでしょう。侍女を辞めてもいいのよ』
結局、彼女と顔を合わせたのはその日が最後になった。数日後に『アン・モーラは家の都合で辞めました』と侍女長から聞かされ、アン本人から手紙が届いたのは年の瀬。イーストラ子爵家に嫁ぐため王都を離れたと書かれていた。モーラ伯爵領に隣接する領地で、結婚相手は幼なじみだと。
後になって知ったのは、彼女がアリシアから声をかけられていたこと。
王太子妃となったアリシアはこう言っていた。
『冬の初めくらいだったかしら。アンにも、お姉様と一緒に私の侍女にならないって頼んでみたのよ。でも、初恋の相手と結婚するからって断られてしまったわ』
記憶は曖昧だ。
私がアリシアの侍女になるよう公爵に命じられたのは、彼らの結婚が押し迫った時期。アンはもう私の侍女を辞めていたはず。
年は明けていただろうか。
フランクリン公爵家には馬車が絶え間なく出入りし、その中で別棟の二階だけが冬眠しているようだった。
『アリシアの侍女として王宮に上がりなさい』
公爵の言葉が、長らく止まっていた私の時計を動かした。
『お姉様がいてくれたら、王宮でも緊張しないでいられると思うの』
異母妹の言葉は、かすかな光を私に見せた。
この世界にいてもいい、
世界から忘れ去られたわけではないと。
しかし、このとき感じた光はただの幻覚。
待っていたのはぬかるんだ闇。
アンがアリシアの要請を断って王都を去ったのは正解だった。彼女は洗脳が解けていたのだろうか。洗脳が解けた状態で、私の侍女を続けていたのだろうか。
アン・モーラがその後どんな日々を過ごしたのか知らない。手紙の一通も出さなかったことを、今になって後悔している。
四日ぶりに訪れた中央棟裏の炊事場で、使用人たちが麦粥だけでなくパンを食べていた。使用人たちは「お嬢様のおかげです」と感謝の言葉を口にしたけれど、功労者はアン以外に考えられない。




