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一度目と二度目の違い(1)

 レイモンド殿下が公爵家を出たのは正午過ぎ。それからしばらくして、私は公爵に呼び出され中央棟執務室に向かった。


 一度目の人生では、正式にアリシアとの婚約が決まるまで公爵と顔を合わせることはなかった。こうして早々に呼びつけられたのは、私の奇行がアンから伝わったようだ。


「使用人の炊事場にいたと聞いたが」


 吐息とともに公爵は私を睨んだ。公爵夫人は予想に反して同席しておらず、部屋には私と公爵のふたりきり。


「屋敷の裏を散歩していました。炊事場の近くでめまいがし、しばらく休みに寄ったのです」


「なぜ屋敷の裏などに。あんな場所を散歩する令嬢がいるか」


「来客があったようですから、邪魔してはいけないと思ったのです」


 数秒の沈黙を、私はうつむいてやり過ごした。


 死に戻っても公爵と対峙するのは恐ろしく、そして惨めだ。仮に、公爵が悪魔に洗脳されていなかったとしても、私への仕打ちは大差ないだろう。成長するごとに母に似ていく私を、父が疎ましく思わないはずはない。下賤なオペラ俳優と一緒に半裸で殺された元妻の顔をしているのだから。


 出目ちゃんを連れてくればよかった。

 出目ちゃんが見れば、目の前の男の中身が「のっぺり」しているかどうかわかったのに。


「ラニア。おまえとレイモンド王太子殿下の婚約は解消される。代わりにアリシアが王太子妃となる予定だ。おまえもいい年だ。嫁ぎ先はすぐ探すからそのつもりでいなさい。王家から公式発表があるまでは口外しないように」


「公式発表を待たずとも、噂はもう広まっています」

 

「関係ない。噂を王家が認めるかどうかが問題なのだ。周囲の者にあれこれ聞かれないよう、発表があるまでは外出を控えなさい」


「承知しました」


 執務室を出て別棟に戻る途中、踊り場で公爵夫人と双子の弟に出くわした。

 イーノックとデリック。今年十二歳になった弟たちの背は、もうじき母親に追いつきそうだ。どうせ無視されるだろうと素通りしたら、


「おい、おまえ! もう、大きな顔できないからな」


 イーノックがそう言って私を指さした。公爵夫人が「やめなさい」と窘め、もう一人の弟デリックは関わりを避けるように東棟階段を駆け上がっていく。


 一度目の人生でも、弟たちは私への嫌悪感を隠そうとしなかった。けれど、彼らのことを恨んでいるわけではない。


 私が処刑された時、弟たちは十五歳だった。公爵邸にいるあいだはほとんど接する機会がなく、庭で遊ぶふたりをよく窓から眺めていた。侍女として王宮に上がってからは遠目に姿を目にしたのが数回。

 彼らがアリシアに洗脳されていたのか、アリシアの策略に利用されたのかもわからない。


「ラニア。閣下から聞いたと思いますが、なるべく良い嫁ぎ先が見つかるよう大人しくしていなさい」


「えっ?」


 母親の言葉でイーノックが素っ頓狂な声をあげた。


「お母様、あの女を結婚させるのですか? あの女を妻に迎える人がいるとは思えません。王太子殿下だって、どうせ最初から結婚する気はなかったんでしょう?」


「イーノック。言葉を控えなさい。先生が部屋でお待ちです。さあ、行きますよ」


 イーノックは公爵夫人の後ろをついて階段を上っていった。姿が見えなくなる直前、彼は母親の目を盗んで踊り場を振り返る。私がいると思っていなかったのかビクリと肩をすくめ、そのあとは一度も振り返らず東棟に消えた。


 ずいぶん前から、フランクリン公爵家を継ぐのはデリックだろうと囁かれている。後継者が正式に決まる前に私は死んでしまったけれど、十五歳のデリックにはエンディン王国シルス大公家の公女と婚約の話が持ち上がっていた。


『我は王国を手に入れ、次は海を渡るのだ』


 それは地下牢の私に悪魔が言った言葉。


 悪魔は、ライニール王家の次にエンディン王国を狙っていたのだろうか。

 海の向こうにある、私の母の故国を。

 そのために、デリックをエンディン王国の公女とを結婚させようとした。

 しかし、エンディン王国が欲しいなら私を利用することもできたはず――、


 いや、私には洗脳が効かなかった。そして探し出した新たな駒がシルス大公家の公女だったのかもしれない。


 アリシアの侍女になって間もない頃。エンディン王国の使節団としてシルス大公とその息子がライニール王国を訪問したことがあった。公女が同行していた記憶はないが、あの訪問をきっかけにデリックとの婚姻の話が持ち上がったのかも――。


「果菜、おかえり」


 出迎えの声で我に返った。

 部屋の前にいた出目金は、私が扉を開けるのも待たず中に入っていく。窓も壁も扉も、出目ちゃんの行動を制限することはできないらしい。


 私の行動を制限しているのは、いったい何だろう。

 出目ちゃんみたいに壁をすり抜けて屋敷を抜け出したところで、私は自由になれるわけではないのに。



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