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絶望の舞踏会(2)

 レイモンド王太子殿下と婚約したのは私が十五歳、殿下が十四歳のときだった。


 当然ながら、フランクリン公爵家から持ちかけた話ではなかったはずだ。公爵夫妻も動揺していたようだし、乗り気ではなかった。なぜアリシアではなくラニアなのか、と。しかし、当時のアリシアはまだ九歳。


 婚約を機に、私にはようやく家庭教師がつけられた。それまで図書室での自習しか許可されていなかったため内心喜んだが、理不尽な体罰を伴うひどく厳しい教育だった。


 レイモンド殿下とお会いするのは月に一度王宮で。殿下にとっては義務でも、フランクリン公爵家から解放されて美しい庭園で過ごす時間は、私にとって貴重なものだった。


 殿下の澄んだ紺碧の瞳。冷徹なその眼差しが、時どき深い海のように揺らぐ。それは、憐れな人質への同情のように思えた。公爵邸の別棟で孤独と諦念とを抱えて淡々と過ごす日々の中、冷たくとも私を害することのない殿下の態度は一筋の希望でもあった。


 ――王家に嫁げば安全を保障されるに違いない。エンディン王室の血を引く私を害することは、外交問題に発展しうるのだから。


 ――しかし、私はエンディン王国のスパイだったかもしれない女の娘。下賤な者と不貞を働き半裸で死んだ女の娘。そもそも、私に人質としての価値はあるのだろうか。私も母のような最期を迎えるのではないか。母を殺したのはライニール王国なのかもしれないのに。


 そんなふたつの考えが、常に頭の中を渦巻いていた。


 公爵家では虐待まがいの体罰と嫌がらせに耐えてながら、〝分不相応な恩恵を享受する裏切り者〟というのが世間の私への評だった。お茶会でも舞踏会でも、王太子殿下が不在となるとあからさまに陰口を囁かれ、白い目を向けられる。


 果たして、私はライニール王家の国母となれるのだろうか――。考えるまでもなく「否」。


 流されるまま王太子妃となったところで、平穏な生活とは無縁の、これまで以上に厳しい監視や制約、尋問が行われるのではないか――。


 十八歳を過ぎたあたりだろうか。同年代の令嬢が結婚していく中、婚約関係を維持し続けていた私は社交の場で肩身の狭さを感じるようになった。それに伴い、休息だった月一度の殿下との面会が億劫になっていった。レイモンド殿下のまっすぐな眼差しが、私を値踏みしているようだった。


 ――ラニアお嬢様は王家にとっても裏切り者なのですよ。愚かな夢は見ないのが身のためです。


 侍女長のベラがそんなふうに言ったのは、十九歳の秋だったと記憶している。彼女は血がついた鞭を拭き、私を見下ろして嘲笑った。その頃には殿下は十八歳となり、婚約から四年経ち、それでも結婚の話は一向に持ち上がらなかった。


 ベラは公爵夫人の一番の手先。そんな彼女がああ言うからには、何かしら根拠があったのかもしれない。私が、王家に嫁ぐことはないという根拠が。


 そうして、さらに二年が経った。

 私は二十一歳、殿下は二〇歳。そして、アリシアは貴族女性が社交界デビューする十六歳の誕生日を迎えた。


 巷間で私とレイモンド殿下の婚約破棄が噂されるようになったのは、今年の春。公爵邸でアリシアの誕生パーティーが開かれ、そこにレイモンド王太子殿下からの祝辞と花束が届けられてからだった。


 もしかしたら、私は王太子妃の席を確保するための『予約席』の札に過ぎなかったのかもしれない。他家からの、また他国からの婚姻を退けるために、レイモンド殿下は仕方なく私と婚約を結んでいたのかも。


 王家はフランクリン公爵家の財力と影響力を欲していた。私と婚約破棄がされても王家はフランクリン公爵家との縁談を継続し、婚約相手を姉から妹へと変更するだろうという見方を多くの貴族がしている。ようやく歪みが正されるのだと、多くの国民が歓迎している。私と違い、アリシアは清廉潔白かつ正当なフランクリン公爵家の娘だから。



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