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アリシアの異変(3)

 フランクリン公爵家の玄関といえば、本邸中央棟。その一階ロビーの正面階段を上がると中二階のような広々した踊り場があり、各棟へのすべての階段がそこから伸びている。


 左へ伸びるのが私の暮らす別棟への階段、右手の階段は公爵夫妻とアリシアと双子の異母弟の居室がある東棟へ、正面階段を上れば貴賓応接室や書斎などがある中央棟。踊り場はフランクリン公爵邸の結節点だ。


 私と出目ちゃんが連絡階段を降りていくと、中央棟と東棟とを使用人が忙しなく行き来していた。一階ロビー正面扉は開け放たれ、苛立った声が聞こえる。


「早くそれを片付けなさい! おい、王室馬車は見えたか!」


 家令のようだった。執事は公爵夫人に逆らったためにこの頃には肩書ばかりの存在となっていたが、その役割を家令が担っている。


「まだ見えません」

「時間がない。アリシア様はどんなご様子だ?」

「先ほど侍女が部屋に入ったそうです。今、身支度を」

「わかった。貴賓室の用意ができたら、全員踊り場に集めろ。手厚く出迎えるようにと閣下の指示だ」

「あの、別棟は――」

「あっちは放っておけばいい」


 別棟の公女が踊り場の隅を足早に通り過ぎても、誰も気づく者はいなかった。着ているのが質素なドレスだからかもしれないが、これだけ無視されるならアリシアの部屋まで行っても咎められないのでは――そんな好奇心が過ったとき、


「果菜、なんか気持ち悪い」


 出目ちゃんがグッタリして私の肩に乗ってきた。体を震わせて襟のフリルに潜り込むと、目だけ出して東棟への階段を見上げる。


「あっちに何かあるの?」


「わからない。でも、あっちに行ったら死にそうだ」


 ハンスからアリシアの様子を聞いたせいだろうか。アリシアの異変と出目ちゃんの不調に関連がある気がしてならない。


 私は踊り場を離れ、左下方向への階段を下りて中央棟一階通路を奥へと向かう。この先には厨房があり、目的地は隣接する半地下の食材保管庫。

 通路には使用人が忙しなく行き来していたが、上階ほどではなかった。通路を半分ほど来たところで、ようやく出目ちゃんがフリルから出てくる。


「もう平気?」


「よくわからないが、さっきの場所は果菜が水槽の水換えをサボった時みたいに息苦しかったんだ。ここらへんはまだいい」


「先に部屋に戻る?」


「大丈夫だ。それに、果菜の話だとぼくは死んでるんだろう? だったら、死にそうに苦しくても死なないんじゃないか? もしかして、果菜もそうなのか?」


 あっけらかんとした金魚の発言に苦笑が漏れる。


「私は死ぬわ。そしたら、今度はお別れかもしれない」


「そうなのか? だったら酒は飲み過ぎないようにしろ」


 出目ちゃんは尾びれを振って先を行く。その後ろ姿が妙に頼もしく、獅子精霊デメチューンのように、いつか私を外へと連れ出してくれそうな気がした。


「果菜、いい匂いがする。おいしい匂いだ」


 厨房が近づくと出目ちゃんは俄然元気になり、猛スピードで尾ビレを振る。私は目立つのを避けるため、追いかけるのは諦めた。


 使用人たちは地味なホームドレスの見慣れない女にチラと視線を向け、関わりを避けるように足早に離れていく。私が公女だと気づいても、下手に親切にすれば公爵夫人に目をつけられるし、嫌がらせをしようにも一応王太子殿下の婚約者。見なかったことにするのが最善だ。


 無視されるのをこれ幸いにと、私は足を止めて今後の作戦を考えた。


 勢いでここまでやって来たものの、厨房にいるのは公爵夫人の手先の料理長。プライドが邪魔して中途半端な嫌がらせしかできないあたり御しやすい相手かもしれないが、「塩をちょうだい」と頼んで素直に出すとは思えない。仮に入手できたとして、侍女長に報告されて回収されるのが関の山。


 出目ちゃんにデメチューンみたいな力があれば塩くらい盗んで来れそうなのに、金魚に塩を掴む手はない。食材を咥えるだけの大きな口もない。


「出目金の幽霊って食事するのかしら?」


 ひとり言をつぶやいたとき、背後に気配を感じて身構えた。


「ラニアお嬢様?」


 立っていたのは執事のバリー・ハルフォード。ずいぶん懐かしい顔だった。


 

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