ユーリアの夜(3)
「剣気って伝説のあれですよね。実在するんですか?」
スタンリー卿は訝しげに首をかしげた。彼の反応からすると「剣気」は騎士の間では知られた言葉のようだが、架空のものだと思われているらしい。
王弟殿下は刃こぼれでも探すように、剣身をランプの明かりにかざした。
「まあ、騎士団も正式に銃を持つようになったわけだし、その分だけ剣術はおろそかになる。普通はそういう反応だろうな。
ラニア公女もミローナも剣気のことは知らんようだが、昔から〝優れた剣士の一振りには剣気が宿る〟と言われている。古い文献には悪魔討伐の際にライニール剣士が雷を放ったという記述があって、剣気という言葉はその時に生まれたようだが、私はこの目で剣気を見た」
「本当ですか?」
スタンリー卿は身を乗り出している。
「期待するな、スタンリー。私が見たのは雷のような大層なものではない。先王の振った剣が光を帯びたのを見ただけだ。幼い頃、夜の暗い王宮でのことだった。先王は何度も暗殺者に襲われているから、おそらくあの夜もそうだったのだろう。昼間だったら見過ごしてしまうほどの光だが、確かに剣が光をまとったのだ」
「陛下もご覧に?」
ミローナ妃殿下が尋ね、王弟殿下は「ああ」と力強くうなずく。つまり、空想や夢や記憶違いではないということだ。
「あの場にいた騎士が剣気に違いないと言っていた。しかし、先王が剣気を発したという話はほとんど広まらなかった。権威付けのために王の取り巻きがでっちあげたのだろうと言われていたほどだ。スタンリー卿と同じように、みなが剣気など伝説の中だけのもの、架空の話だと思っていた。幼い私が光を見たと言ったところで、適当にあしらわれるだけだった。だが、剣気は存在する。そして、さっきラニア公女の肉の話を聞いて思ったのだ。肉ばかり食っていた先王の剣気はマナではないかとな」
スタンリー卿は鼻を膨らませ、興奮気味に「マナですか」と言った。私も同じような顔をしていたかもしれない。
あの小説に登場したレイモンド殿下は、大魔道士イマヘラの生まれ変わりである主人公ラニアの魔法を受けて『雷の剣』で悪魔に致命傷を負わせたのだ。
小説を書いた雨島結はセラヴィの来世で、前世の朧な記憶で小説を書いた――このセラヴィ自身による推測が合っているとすれば、レイモンド殿下が小説内で繰り出した『雷の剣』は、実際には剣気だった可能性がある。
作家はストーリーに合うように――つまり、ロマンスファンタジーとして主役二人が力を合わせて敵を倒すための演出として魔法と剣をかけ合わせた『雷の剣』を登場させたのではないだろうか。
その剣を受けたときのアリシアは、今のような愛らしい姿ではなく異形の魔物のような恐ろしい姿として描かれていた。しかし、私が生きた一度目の人生でアリシアは人の姿を保っていたし、ロードレスが明かさなければ異母妹が悪魔だとは考えもしなかっただろう。
異形の姿は作家による演出か、それともセラヴィの記憶に基づいているのか。できれば演出であってほしいけれど、そう願う一方で、人の姿をしたアリシアに躊躇いなく剣を突き立てられるかは疑問だった。もしかしたら、本当のアリシアがあの体の中にいるかもしれないから。
二度目の人生を始めた当初、邪悪な悪魔は小説の結末のように倒さねばならないと考えていた。けれど、セラヴィが言ったようにアリシアが悪魔の洗脳状態にあるのだとしたら?
夜中にアリシアの部屋から聞こえる声が、悪魔とアリシアのものだったなら?
殺された復讐にアリシアを断頭台に送りたいとは思わない。小説とは違い、事情を知る私が恨む相手はアリシアでもレイモンド殿下でもなく悪魔ロードレス。できることならアリシアの体から悪魔を追い出したい。
ただ、大前提として悪魔を滅ぼさなければ、アリシアの体から追い出したところで別の人間に憑依して同じことを繰り返すだけだろう。
悪魔を倒すという当初の目標は変わらない。
小説を当てにせずにその方法を再考すべきということ。
ひとまず剣気を調べる必要がある。それはおそらく電気を帯びたマナだ。そして、人が思考している時に脳内を駆け巡っているのは電気信号。まさに今、私の頭の中でも電気信号が激しく行き来しているはず――。
「果菜。ぐるぐるしてるな。食べ物のことでも考えてるのか?」
顔を上げると出目ちゃんが目の前にいた。




