ユーリアの夜(4)
部屋にいる三人が私に注目しているのは、唐突に顔をあげたからだろう。王弟殿下とスタンリー卿は談笑していたらしいが、考えごとにふけっていて彼らの会話も聞こえていなかった。
「公女、また何か思いついたのか」
フレディ王弟殿下が愉しげに笑う。
出目ちゃんは鼻歌をうたいながらテーブルの上のおつまみを物色している。食べないくせに匂いを嗅ぐのは好きらしい。
「剣気について考えていました。王弟殿下は剣気がマナではないかとおっしゃいましたが、だとするとライニール剣士の剣が放った雷は、電気を帯びたマナということになりますよね」
「ああ、電気か」
王弟殿下が苦笑したのは、一般的に「電気」がペテン扱いされているせいだ。雷が電気だと証明されたのはそう昔のことではなく、この世界の人々にとって電気はあまり馴染みがない。電気治療が最近王都で流行っているようだけれど、静電気でパチッとするだけの、まさに詐欺まがいのもの。
私が電気のことを口にしたのは、思考を止める作用を持つ悪魔のマナに対して電気が逆の作用を持つのではと考えたからだ。
思考はまさに電気信号だから、悪魔の〝のっぺり〟した〝中身〟を電気ショックで強制的に動かせば、悪魔は悪魔ではいられなくなるのではないか。だからこそ『雷の剣』で悪魔を倒せたのではないか――と。
しかし、私はまた同じ問題に直面した。
出目ちゃんが見たアリシアの〝のっぺり〟した中身はアリシアのものか、ロードレスのものかということだ。そして、最も根本的な疑問が芽生えた。
――悪魔とはいったい何なのか?
アリシアの目の中に燃える炎。
低く掠れた声による洗脳。
アリシアに憑依する前、悪魔はどこにいたのか。サビナ夫人からアリシアに乗り換えたのなら、サビナ夫人に憑依する前も誰かに取り憑いていたのか。
なぜ、五〇〇年前に倒された悪魔が復活したのか。
五〇〇年かけて研究を続けても魔法の正体は漠然としているというのに、研究対象でもなかった悪魔をどうやって――。
「果菜、飲みすぎたんじゃないか?」
出目ちゃんが心配そうに体をかしげ、王弟殿下は話の続きを待っていた。目が合うと「考えがまとまってから話せばいい」とワインを口に含む。
「すぐには考えを整理できそうにありません。しかし、剣気はこうして後世に語り継がれているほどですから、万が一に備えて剣気を扱える騎士がいれば心強く思います。剣気を会得するのは難しいのでしょうか?」
「どうかな」
宙に視線を泳がせた王弟殿下は先王のことを思い返しているのだろう。
「剣豪伝説はいくつかある。剣気を使ったという話も聞く。先王はたしかに剣に優れていたが、銃の時代の剣士の中ではそうだったというだけで伝説の剣士とは雲泥の差だろう。先王の剣が光を帯びたのは肉のおかげかもしれん。野菜嫌いの魚嫌い、肉ばかり食べていたからな」
「やはり食い物の話か!」
出目ちゃんはなぜか満足そうだ。王弟殿下もなぜか笑っている。
「おい、スタンリー。しばらくのあいだ肉だけ食え。ちょうどよく聖征記念祭だから肉には事欠かん。手が空いたらひたすら剣を振れ。伝説の剣士になれ」
「肉は食べられますが、護衛をしながら鍛錬というのはちょっと」
スタンリー卿のやる気のない答えに、王弟殿下はため息。
「そんなことだからおまえは対練で一度もレイモンドに勝てんのだ。あいつはしれっとした顔をして見えないところで鍛錬を続けている。あれほど愚直な王族も珍しいぞ。まあ、ああいう一途な男だから簡単に洗脳されたのかもしれんがな」
王弟殿下の膝をミローナ妃殿下の扇が打った。それでレイモンド殿下の話は終わりかと思ったが、フレディ殿下はやめない。ほんの少し酔っているようにも見えた。
「先王はな、我ら兄弟にはあまり期待していなかったのだ。兄は生まれつき温和な性格で父は物足りないようだったし、私は反発心が強すぎて嫌われていた。息子への期待を捨てた代わりに、幼少期から剣の才を見せたレイモンドに父は期待をかけたんだ。息子をすっ飛ばして孫に王位を継承させるのではないかと囁かれるくらいにな。
ただ、レイモンドを孫として可愛がっていたわけではない。ことさら厳しく接し、〝親の代わりに王族としての務めを果たしてみろ〟と呪詛をかけ続けていた。正直きつかったと思うぞ。レイモンドにとっては先王が早死して良かったと思う。でなければ、あいつは先王の駒として生きるしかなかっただろうからな。
そう考えるとだ。レイモンドがラニア公女を慕っていたというウォルトの話も、あながちあり得ないことではないのかもしれんと思えてきた。公女に幼い日の自分を重ねて見ていたのかもしれん」
王弟殿下は射るような視線を私に向ける。私の内面を見透かそうとしているようだったが、その視線を妃殿下の扇が遮った。
「殿下、レディーを不躾な目で見るのはおやめください。ラニア公女、夜も更けてきましたし、今夜はそろそろ休みましょう。フレディ殿下は酔いが回ったようです」
ミローナ妃殿下が手を差し出すと、王弟殿下は苦笑しつつその手を取って立ち上がる。スタンリー卿が扉を開け、通路に控えていた護衛が前後を確認し、王弟殿下は戸口で振り返った。
「公女、あいつに情が残っているなら見守ってやってくれ」
夫妻の姿が見えなくなったあと、「無責任なことを言いますよね」とスタンリー卿が言う。
「そうね」と曖昧な笑みで応じたが、殿下に言われて初めて、誰に言われずともそうしていただろうと気付かされた。
悪魔を倒すには、レイモンド殿下を避け続けることなど無理。
ならば、私はあのまっすぐ伸びた背中を、陽に映える金髪を、澄んだ青い瞳を見つめていてもいいのだろうか。彼が何を見つめ、何を選び、誰の手をとり、何に立ち向かうのかを。
せめて、悪魔を倒すまでは。
毎日更新してきましたが8/16更新分で第一部完結とし、しばらく休載させていただきます。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。第二部もお楽しみに。




