第147章:二頭の龍が見た世界 - 三億六千万の向こうに何がある
序章 - 問いには足がある
知りたいという気持ちは。
座っていられない。
頭の中で問いが生まれると。
体が動きたがる。
答えを求めて。
しかし。
王には足がある。
しかし王には。
翼がない。
翼がある者を。
持っている者は。
頼めばいい。
そういう者が。
私の周りにいた。
第一章:二頭を呼んだ
書斎 - 朝
窓が開いていた。
朝の光が入っていた。
空が澄んでいた。
「来てくれ。」
私は言った。
廊下から音が来た。
軽い足音が。
二つ。
扉が開いた。
二人が入ってきた。
一人は青い髪だった。
目が青かった。
長い髪が背中に流れていた。
もう一人は白い髪だった。
目が銀色だった。
短く切りそろえた毛先が。
光を反射していた。
どちらも。
十六から十七歳くらいに見えた。
人間の形で。
しかし。
その目の奥に。
年齢では計れないものがあった。
「マスター。」
青い方が言った。
エテリオンだった。
東の空の守護者が。
人の形で立っていた。
「マスター。」
白い方が言った。
ルナリスだった。
西の空の守護者が。
人の形で立っていた。
「頼みたいことがある。」
私は言った。
「何ですか。」
二人が同時に言った。
「今すぐ飛んでほしい。」
私は言った。
「それぞれ反対方向に。」
「ドラゴンハート王国から。」
「真っすぐ。」
「どこまで飛びますか。」
エテリオンが言った。
「永遠の海が見えるまで。」
私は言った。
「見えたら戻ってきてくれ。」
「どのくらい遠かったか。」
「道に何があったかを教えてくれ。」
「全力で飛べばいいですか。」
ルナリスが聞いた。
「お前たちの判断に任せる。」
私は言った。
二人は目を見合わせた。
「わかりました。」
エテリオンは言った。
「行ってきます。」
ルナリスは言った。
二人が窓に向かった。
エテリオンは東へ。
ルナリスは西へ。
窓から飛んだ。
音がした。
風の音が。
それだけだった。
次の瞬間には。
二人の姿が消えていた。
「速い。」
私は言った。
誰にでもなく。
第二章:ハナが来た
書斎 - しばらく後
窓を見ていた。
空を見ていた。
ノック音が来た。
一回。
二回。
三回。
「誰だ。」
「ハナです!」
「入れ。」
扉が開いた。
ハナが入ってきた。
お茶を持っていた。
一杯だけ。
今日は一杯だけだった。
「マスター。」
ハナは言った。
「大丈夫ですか?」
「どうしてそう思う。」
私は言った。
「なんか。」
ハナは言った。
「心配そうに見えます。」
「そうか。」
「何かありましたか。」
ハナは言った。
「ない。」
私は言った。
「少し世界のことを知りたくなった。」
「だから考えていた。」
「世界のこと。」
ハナは言った。
「どんなこと?」
「広さのことだ。」
私は言った。
「どのくらい広いか。」
「その中に何があるか。」
「それなら!」
ハナは言った。
「私が解決します!」
「解決する?」
「はい!」
ハナは言った。
「どんな問題でも解決できます!」
「私に任せてください!」
「...世界の広さをどう解決する。」
私は言った。
「えっ。」
ハナは止まった。
「それは。」
ハナは言った。
「少し難しいです。」
「そうだ。」
私は言った。
「でも!」
ハナは言った。
「何か別の問題ならすぐ解決します!」
「マスターに問題があってほしくないです!」
私はハナを見た。
真剣な顔だった。
心配している顔だった。
「こっちに来い。」
私は言った。
「え?」
椅子を少し動かした。
「座れ。」
私は言った。
「どこに。」
「膝の上だ。」
ハナは止まった。
翅が少し速く動いた。
「本当に良いですか。」
「良い。」
ハナが来た。
小さな体が。
私の膝に座った。
軽かった。
花の香りがした。
「マスター。」
ハナは言った。
「本当に大丈夫ですか。」
「大丈夫だ。」
私は言った。
「心配してくれてありがとう。」
「当然です!」
ハナは言った。
「マスターが心配だから!」
「お前は十二歳か。」
私は言った。
「はい!」
「十二歳で。」
私は言った。
「そういうことを言えるのか。」
「どういうことですか?」
「心配だからという言葉を。」
私は言った。
「素直に言えること。」
「それが驚きだ。」
ハナは少し黙った。
(マスターに知らせていない。)
ハナは内心で思った。
(私が至高の精霊だということを。)
(七百年生きているということを。)
(マスターは十二歳の花の精霊だと思っている。)
(それで良い。)
(それが私の好きな形だから。)
ハナは私を見上げた。
「マスター。」
ハナは言った。
「何か美味しいもの食べましょう。」
「食べると元気になります!」
「お前は食べることが好きだな。」
私は言った。
「好きです!」
ハナは言った。
「アクア姉に頼んできます!」
「頼まなくていい。」
私は言った。
「でも!」
「アクアに負担をかけるな。」
「アクア姉は嬉しいと思います!」
ハナは言った。
「作ることが好きだから!」
「そうかもしれないが。」
私は言った。
「頼んできます!」
ハナは立ち上がった。
走り出した。
「あ。」
私は言った。
「お茶を飲んでいなかった。」
ハナがすでに廊下に出ていた。
「...元気な子だ。」
私は言った。
お茶を飲んだ。
冷めていたが美味かった。
第三章:アクアの十品
食堂 - 昼前
音が来た。
廊下から。
ハナの声が来た。
「できました!」
食堂に行った。
テーブルに並んでいた。
料理が並んでいた。
十種類が。
「...多い。」
私は言った。
「アクア姉が頑張りました!」
ハナは言った。
アクアが横にいた。
静かに立っていた。
「全部日本料理です。」
アクアは言った。
「どうして日本料理を。」
私は言った。
「一番丁寧な料理だと思うからです。」
アクアは言った。
「丁寧に作られたものは。」
「食べた者の心に届きます。」
「お前がそう思うのか。」
「三万年で。」
アクアは言った。
「様々な料理を作りました。」
「その中で。」
「日本料理は特別です。」
「見た目も香りも味も。」
「全部が丁寧です。」
「全部が丁寧か。」
私は言った。
並んだ料理を見た。
茶碗蒸しがあった。
出汁の香りが上がっていた。
お刺身があった。
薄く切られた魚が。
美しく並んでいた。
天ぷらがあった。
衣が薄かった。
中の素材が透けて見えた。
炊き込みご飯があった。
湯気が上がっていた。
煮物があった。
色が濃かった。
しかし香りは優しかった。
味噌汁があった。
深い香りが来た。
焼き魚があった。
皮が焼けた音が。
まだ聞こえるような見た目だった。
胡麻豆腐があった。
白かった。
純粋に白かった。
漬物があった。
様々な色が並んでいた。
そして。
最後に。
栗ご飯があった。
秋の色をした栗が。
ご飯の上に散っていた。
「...これだけ作ったのか。」
私は言った。
「一時間です。」
アクアは言った。
「一時間で。」
「ハナ様が頼みに来た時に。」
アクアは言った。
「すぐに始めました。」
「一時間で十品か。」
「三万年の経験です。」
アクアは言った。
「三万年の観察か。」
私は言った。
「今日は観察ではなく経験です。」
アクアは言った。
「珍しい。」
私は言った。
「今日は経験と言いたい気分です。」
アクアは言った。
「そうか。」
「座ってください。」
アクアは言った。
座った。
ハナが横に座った。
アクアも座った。
「三人で食べるか。」
私は言った。
「はい!」
ハナは言った。
「良いですか。」
アクアは聞いた。
「良い。」
私は言った。
「一人で食べるより。」
「誰かと食べる方が良い。」
「そうですね。」
アクアは言った。
食事が始まった。
茶碗蒸しを食べた。
口の中で。
出汁の味が広がった。
深かった。
温かかった。
「...届いた。」
私は言った。
「どんな届き方ですか。」
アクアは言った。
「胸まで届いた。」
私は言った。
アクアは少し黙った。
「それが聞きたかったです。」
アクアは言った。
「なぜ。」
「胸まで届く料理が。」
アクアは言った。
「私の目標だからです。」
「三万年かけて目指しているものです。」
「まだ目指している最中か。」
「はい。」
アクアは言った。
「到達点がわかりません。」
「だからまだ続いています。」
「良いことだ。」
私は言った。
「どうしてですか。」
「到達点がわかった時に。」
私は言った。
「終わってしまうから。」
アクアは少し間を置いた。
「...マスターは。」
アクアは言った。
「昨夜無限真理と話していましたね。」
「なぜわかる。」
「目に入っているものの見え方が。」
アクアは言った。
「少し変わっています。」
「たくさんのものを見た後の目をしています。」
「三万年の観察か。」
私は言った。
「今日は観察です。」
アクアは言った。
ハナが笑った。
翅が揺れた。
食事が続いた。
十種類が。
少しずつ減っていった。
刺身を食べた。
天ぷらを食べた。
煮物を食べた。
それぞれが違う味だった。
しかし。
全部が同じ方向を向いていた。
食べた者を。
温めようとしていた。
「アクア。」
私は言った。
「何ですか。」
「日本料理が全部が丁寧だと言ったが。」
私は言った。
「今日食べてわかった。」
「何がわかりましたか。」
「丁寧というのは。」
私は言った。
「時間をかけることではなく。」
「向いている方向のことだ。」
「向いている方向。」
「食べた者に向いている。」
私は言った。
「それが丁寧だ。」
アクアは少し黙った。
「...一時間では言えなかった言葉を。」
アクアは言った。
「マスターが言いました。」
「三万年かかる言葉か。」
私は言った。
「いいえ。」
アクアは言った。
「今日初めてわかった言葉です。」
「三万年では気づかなかった。」
「マスターに言ってもらって初めてわかりました。」
「そうか。」
栗ご飯を食べた。
最後に。
甘さと秋の香りが来た。
「これが一番だ。」
ハナは言った。
「栗ご飯ですか。」
「はい!」
ハナは言った。
「秋みたいな味がします!」
「秋みたいな味か。」
私は言った。
「秋を食べているみたいです!」
ハナは言った。
「ハナ。」
アクアは言った。
「なんですか!」
「良い言葉だと思います。」
アクアは言った。
「秋を食べる料理という名前にしましょうか。」
「やった!」
ハナは言った。
「私が名前をつけた!」
「名付け親か。」
私は言った。
食事が終わった。
「片付けます。」
アクアは言った。
「手伝う。」
私は言った。
「マスターは書斎に戻ってください。」
アクアは言った。
「エテリオン様とルナリス様を待っているはずです。」
「知っていたか。」
「送り出したのを見ました。」
アクアは言った。
「速かった。」
「そうだ。」
「答えを楽しみに待っていてください。」
アクアは言った。
「ありがとう。」
私は言った。
「届いた昼食でした。」
アクアは言った。
「今日の名前です。」
「秋を食べる昼食か。」
私は言った。
「そちらの名前の方が良いですか。」
「どちらでも良い。」
私は言った。
「どちらも正しい。」
「では両方です。」
アクアは言った。
ハナが跳んだ。
翅が速く動いた。
嬉しそうだった。
書斎に戻った。
第四章:七分後
書斎 - 同日昼
窓の外を見ていた。
何の音もしなかった。
空が青かった。
七分が経った。
気配が来た。
二つ。
同時に。
窓から風が来た。
東から。
西から。
二人が戻ってきた。
エテリオンが立っていた。
息が上がっていなかった。
飛んだ形跡がなかった。
ただ戻ってきていた。
ルナリスが立っていた。
同じだった。
乱れた様子がなかった。
「戻りました。」
二人が同時に言った。
「早かったな。」
私は言った。
「七分でした。」
エテリオンは言った。
「本当は一分以内に行けました。」
「では何をしていた。」
「見ていました。」
ルナリスが言った。
「道中のものを。」
「何を見た。」
私は言った。
「座ってくれ。」
二人が椅子に座った。
「まず距離を教えてくれ。」
私は言った。
「永遠の海まで。」
エテリオンが口を開いた。
「最も近い永遠の海までは。」
エテリオンは言った。
「ドラゴンハート王国から。」
一瞬の間があった。
「約三億六千一百万平方キロメートルです。」
私は止まった。
「...三億六千一百万か。」
私は言った。
「おおよその数字です。」
エテリオンは言った。
「海は動いています。」
「正確な距離は変わります。」
「そうか。」
私は言った。
(三億六千一百万。)
私は内心で思った。
(昨夜の無限真理が見せてくれた海が。)
(その距離の先にある。)
「どれくらいの速さで飛んだ。」
私は聞いた。
「私たちは速さを測ったことがありません。」
エテリオンは言った。
「全力で飛ぶと。」
「光が見えなくなるほど速い。」
「その速さで飛んでも。」
「七分かかりました。」
「光が見えなくなるほど。」
私は言った。
「はい。」
エテリオンは言った。
「私たちの速さに。」
「人間の目がついてこられません。」
「だから光より速いのかもしれません。」
「しかし。」
ルナリスが言った。
「しかし?」
「今日は遅くしました。」
ルナリスは言った。
「見たかったので。」
「何を見た。」
私は言った。
「全部話してくれ。」
第五章:二頭が見た道
エテリオンが先に話した。
「東に向かいました。」
エテリオンは言った。
「何があった。」
「最初は。」
エテリオンは言った。
「平原でした。」
「ドラゴンハート王国を出ると。」
「草原が続きました。」
「人がいる場所もありました。」
「村がいくつかありました。」
「どんな村だ。」
「小さかった。」
エテリオンは言った。
「しかし。」
「煙が上がっていました。」
「生活の煙が。」
「夕食を作っている煙が。」
「昼だったか。」
「昼でしたが。」
エテリオンは言った。
「少し早い夕食を作っていました。」
「農作業の後だったのかもしれません。」
「そうか。」
「平原を越えると。」
エテリオンは言った。
「川がありました。」
「大きな川です。」
「終わりが見えませんでした。」
「どのくらい大きい。」
「幅だけで。」
エテリオンは言った。
「数十キロはありました。」
「川というより。」
「内陸の海でした。」
「川に何がいた。」
「川の中に。」
エテリオンは言った。
「光るものが泳いでいました。」
「大きかった。」
「龍のような形でしたが。」
「確かではありません。」
「川の底が深くて。」
「全体が見えませんでした。」
「龍のような形が。」
私は言った。
「はい。」
エテリオンは言った。
「しかし。」
「川の者は静かでした。」
「私に気づいていましたが。」
「攻撃はしませんでした。」
「見ていたのか。」
「はい。」
エテリオンは言った。
「目が合いました。」
「川の底から。」
「大きな目が。」
「私を見ていました。」
「そして。」
「視線を外しました。」
「興味がないようでした。」
「それは良かった。」
私は言った。
「川を越えると。」
エテリオンは言った。
「山がありました。」
「岩の山です。」
「しかし岩の色が違いました。」
「どう違う。」
「赤かった。」
エテリオンは言った。
「血の色ではなく。」
「焼けた鉄のような赤でした。」
「山から熱が出ていました。」
「火山かもしれません。」
「しかし。」
エテリオンは言った。
「煙は出ていませんでした。」
「熱だけが出ていました。」
「山が内側から温かかった。」
「内側から。」
「はい。」
エテリオンは言った。
「生きている山でした。」
「また生きているものか。」
私は言った。
「この世界には。」
エテリオンは言った。
「生きているものが多いです。」
「山も。」
「川も。」
「森も。」
「全部が生きている気がします。」
「暗黒大陸と同じだ。」
私は言った。
「似ていますが。」
エテリオンは言った。
「違います。」
「暗黒大陸は悪意で生きています。」
「しかしあの山は。」
「ただ生きていました。」
「悪意がなかった。」
「悪意のない生き物か。」
「はい。」
「山を越えると何があった。」
「古い場所がありました。」
エテリオンは言った。
「どんな場所だ。」
「廃墟でした。」
エテリオンは言った。
「かつて何かがあった場所です。」
「石が残っていました。」
「建物の形をした石が。」
「草に覆われていましたが。」
「石の並び方が。」
「人工的でした。」
「誰かが作ったのか。」
「そうだと思います。」
エテリオンは言った。
「誰が作ったかはわかりません。」
「いつ作ったかもわかりません。」
「しかし。」
「作った者の気配が残っていました。」
「気配が。」
「はい。」
エテリオンは言った。
「石に触れました。」
「その時に。」
「誰かがいた気配を感じました。」
「大昔に。」
「ここで生きた者の気配を。」
「お前は感じることができるのか。」
私は言った。
「龍は。」
エテリオンは言った。
「過去の痕跡を読めます。」
「古い龍の知恵です。」
「そうか。」
「廃墟の先に。」
エテリオンは言った。
「また平原がありました。」
「そしてその先に。」
「谷がありました。」
「谷か。」
「深い谷です。」
エテリオンは言った。
「底が見えませんでした。」
「しかし谷の壁に。」
「何かが彫られていました。」
「彫られていたものは。」
「文字でした。」
エテリオンは言った。
「しかし読めませんでした。」
「見たことがない文字でした。」
「読めない文字か。」
「龍の古代文字も。」
エテリオンは言った。
「人間の文字も。」
「精霊の文字も違いました。」
「別の何かの文字でした。」
「無限真理に聞けばわかるかもしれない。」
私は言った。
「そうかもしれません。」
エテリオンは言った。
「しかし。」
「しかし?」
「読まない方が良いかもしれません。」
エテリオンは言った。
「何かを感じましたか。」
「警告だと思いました。」
エテリオンは言った。
「来るなという意味に感じました。」
「そうかもしれない。」
私は言った。
「谷の先に。」
エテリオンは言った。
「さらに平原がありました。」
「そしてその先に。」
「海が見えました。」
「遠かったですが。」
「確かに海でした。」
「色が違いました。」
「普通の海とは。」
「どう違った。」
「輝いていました。」
エテリオンは言った。
「海全体が。」
「内側から輝いていました。」
「それが永遠の海か。」
「そうだと思います。」
エテリオンは言った。
「それ以上は近づきませんでした。」
「見えた時点で戻りました。」
「マスターの指示通りに。」
「良かった。」
私は言った。
「ルナリス。」
私は言った。
「お前は何を見た。」
ルナリスが口を開いた。
第六章:ルナリスの報告
「西に向かいました。」
ルナリスは言った。
「方向が違うから。」
私は言った。
「見たものも違うか。」
「全く違いました。」
ルナリスは言った。
「話してくれ。」
「最初は森でした。」
ルナリスは言った。
「王国を出ると。」
「すぐに森が始まりました。」
「深い森です。」
「どのくらい深い。」
「上から見ると。」
ルナリスは言った。
「緑しか見えませんでした。」
「空が消えるくらい。」
「木が高かった。」
「森の中に何がいた。」
「様々なものがいました。」
ルナリスは言った。
「精霊の気配がありました。」
「多くの精霊が。」
「その森に住んでいる気配が。」
「人間はいたか。」
「いませんでした。」
ルナリスは言った。
「人間が入れる森ではなかった。」
「入った者が戻れる森ではないと感じました。」
「迷子の森か。」
「それとも違います。」
ルナリスは言った。
「入った者が戻る前に。」
「変わる森です。」
「変わる。」
「森が精霊の力に満ちています。」
ルナリスは言った。
「長くいると。」
「その力が人間に入る。」
「そうなると。」
「人間として出てくることが難しくなる。」
「精霊になるということか。」
「なるかどうかはわかりません。」
ルナリスは言った。
「しかし変わる。」
「それは確かです。」
「森を越えると。」
私は言った。
「湖がありました。」
ルナリスは言った。
「大きな湖か。」
「はい。」
「しかし湖と呼ぶには大きすぎました。」
「内海と言う方が正確です。」
「その湖の上に。」
「霧がかかっていました。」
「霧の湖か。」
「霧の中に何かがありました。」
ルナリスは言った。
「形がありました。」
「建物のような形が。」
「霧の中に浮かんでいました。」
「霧の中に建物が。」
「はい。」
ルナリスは言った。
「人がいました。」
「建物の近くに。」
「人の気配がありました。」
「どんな者だ。」
「わかりませんでした。」
ルナリスは言った。
「霧が深くて。」
「形が見えませんでした。」
「しかし。」
「人の言葉が聞こえました。」
「霧の中から。」
「何と言っていた。」
「歌でした。」
ルナリスは言った。
「歌か。」
「はい。」
ルナリスは言った。
「何を歌っているかはわかりませんでした。」
「しかし。」
「悲しい歌ではありませんでした。」
「穏やかな歌でした。」
「霧の中で穏やかな歌を歌う者か。」
私は言った。
「そういう場所でした。」
ルナリスは言った。
「不思議でした。」
「怖いと感じなかった。」
「ただ不思議でした。」
「湖を越えると何があった。」
「砂漠がありました。」
ルナリスは言った。
「砂漠か。」
「しかし血砂ではありませんでした。」
ルナリスは言った。
「白い砂漠でした。」
「光っていました。」
「砂が光の粒のようでした。」
「白い砂漠が。」
私は言った。
「はい。」
ルナリスは言った。
「風が吹くと。」
「砂が光りながら舞いました。」
「美しかったです。」
「砂漠を越えると。」
「また森がありました。」
ルナリスは言った。
「しかし最初の森と違いました。」
「どう違う。」
「古かった。」
ルナリスは言った。
「非常に古い森でした。」
「木が太すぎて。」
「私が両腕を広げても一本の木を抱えられませんでした。」
「それほど太い木か。」
「はい。」
ルナリスは言った。
「木の年齢を感じました。」
「万年以上生きている木が。」
「多くありました。」
「万年以上の木か。」
私は言った。
「その木に。」
ルナリスは言った。
「龍の字が刻まれていました。」
「龍の字が。」
「はい。」
ルナリスは言った。
「古い龍の文字が。」
「木の幹に刻まれていました。」
「かなり古い文字でした。」
「今の龍の文字と少し違いました。」
「読めたか。」
「少し。」
ルナリスは言った。
「何と書いてあった。」
「境界の外。」
ルナリスは言った。
「そう読めました。」
「境界の外。」
私は繰り返した。
「その先は何があったか。」
「古い森を越えると。」
ルナリスは言った。
「海でした。」
「東から戻ったエテリオンが言った海と。」
「同じ海だと思います。」
「輝いていました。」
「内側から。」
「永遠の海か。」
「そうだと思います。」
ルナリスは言った。
「海を少しだけ見ました。」
「岸の近くから。」
「中には入りませんでした。」
「どんな海だった。」
「大きかった。」
ルナリスは言った。
「果てが見えませんでした。」
「どこまでも続いていました。」
「色が変わっていました。」
「場所によって。」
「青から緑から金から。」
「様々な色が。」
「一つの海の中にありました。」
「昨夜見た海と同じだ。」
私は言った。
「昨夜見ましたか。」
ルナリスは言った。
「無限真理に見せてもらった。」
私は言った。
「三次元で。」
「三次元で。」
ルナリスは言った。
「どうでしたか。」
「美しかった。」
私は言った。
「しかし。」
「実際に飛んで見たお前たちの話の方が。」
「詳しかった。」
「そうですか。」
ルナリスは言った。
「お前たちが見たものは。」
私は言った。
「投影では見えなかった。」
「川の底の龍も。」
「霧の中の歌も。」
「木に刻まれた文字も。」
「投影には出てこなかった。」
「なぜですか。」
エテリオンが言った。
「無限真理は。」
私は言った。
「全てを知っている。」
「しかし全てを見せない。」
「私が聞かなかったから。」
「見せなかった。」
「では。」
ルナリスは言った。
「私たちが行ったことで。」
「無限真理が見せなかったものを見ました。」
「そうだ。」
私は言った。
「それが大切だ。」
「自分の目で見ることですか。」
エテリオンが言った。
「そうだ。」
私は言った。
二人は少し黙った。
「マスター。」
ルナリスが言った。
「何だ。」
「行きますか。」
ルナリスは言った。
「その海に。」
私は窓の外を見た。
空が見えた。
「いつかは行く。」
私は言った。
「いつかは。」
「はい。」
ルナリスは言った。
「待っています。」
「待っているとはどういう意味だ。」
「マスターが行く時に。」
ルナリスは言った。
「私たちが飛びます。」
「マスターを乗せて。」
「私を乗せて。」
私は言った。
「はい。」
エテリオンが言った。
「私は東の翼です。」
「私は西の翼です。」
ルナリスが言った。
「二頭の翼が。」
私は言った。
「マスターが行く時に。」
エテリオンは言った。
「私たちも行きます。」
「境界の外を見てみたい。」
「あの木に彫られていた言葉の先を。」
「境界の外か。」
「はい。」
ルナリスは言った。
「私たちも知りません。」
「あの言葉の先に何があるかを。」
「では。」
私は言った。
「一緒に行こう。」
「はい!」
二人が同時に言った。
書斎に。
光が差していた。
午後の光が。
外から。
ハナの声が聞こえた。
「マスター!」
「今日の昼食美味しかったですか!」
「美味かった。」
私は言った。
「やった!」
声が来た。
遠くから。
エテリオンとルナリスが顔を見合わせた。
「あの花の精霊は。」
エテリオンは言った。
「元気ですね。」
「いつもそうだ。」
私は言った。
「良い王国です。」
ルナリスは言った。
「そうか。」
私は言った。
「だから来ました。」
ルナリスは言った。
「暗黒大陸にいた時。」
「この王国の気配が来ました。」
「温かい気配が。」
「だから来たかった。」
「お前たちは来てくれた。」
私は言った。
「はい。」
二人が言った。
「来て良かったか。」
「はい。」
エテリオンは言った。
「来て良かったです。」
「はい。」
ルナリスは言った。
「境界の外が見たいと。」
「初めて思いました。」
「この王国に来てから。」
「なぜだ。」
「マスターが。」
ルナリスは言った。
「知りたがっているから。」
「私たちも知りたくなりました。」
「そうか。」
私は言った。
窓を見た。
空が続いていた。
どこまでも。
「世界が待っている。」
私は言った。
「はい。」
二人が言った。
「行く前に。」
私は言った。
「何ですか。」
「王国を整えなければならない。」
私は言った。
「全員が安心して待てる場所を作ってから。」
「出発する。」
「待てる場所。」
エテリオンが言った。
「全員が帰れる場所を作ってから。」
私は言った。
「出発する。」
「マスターは。」
ルナリスは言った。
「急がない方ですね。」
「急ぐと何かを忘れる。」
私は言った。
「何を忘れますか。」
「戻る場所を。」
私は言った。
二人は少し黙った。
「わかりました。」
ルナリスは言った。
「待ちます。」
「待てるか。」
「はい。」
エテリオンが言った。
「この王国で待つことは。」
「退屈ではありません。」
「なぜだ。」
「毎日何かがあるからです。」
エテリオンは言った。
「それは認める。」
私は言った。
書斎に静けさが来た。
良い静けさが。
三人で窓の外を見た。
空を見た。
どこまでも続く空を。
「三億六千一百万先に海がある。」
私は言った。
「その先にも何かある。」
「必ず。」
エテリオンは言った。
「境界の外があります。」
ルナリスは言った。
「行こう。」
私は言った。
「いつかは。」
「いつかは。」
二人が言った。
その言葉が。
書斎に残った。
夕方になっても。
残っていた。
「いつかは。」
それで十分だった。
今日は。
それで十分だった。




