第145章:血の召喚陣が開いた夜 - 別の王国が払った代価
序章 - 別の場所での話
世界は広い。
ドラゴンハート王国だけが。
世界ではない。
別の場所に。
別の王国がある。
別の王が。
別の判断をする。
その判断が。
どこへ向かうかは。
本人だけが知る。
しかし。
知らぬうちに。
その判断が世界を揺らすことがある。
それが今夜。
起きた。
第一章:ヴェルカン王国 - 王の野心
ヴェルカン王国 - 王城の地下 - 夜
ヴェルカン王国は。
大陸の東にある。
広い国だった。
軍が強かった。
金があった。
土地があった。
しかし。
王には満足がなかった。
「足りない。」
王は言った。
マルウス王が。
王城の地下で。
言った。
地下に。
大きな部屋があった。
誰も知らない部屋だった。
王だけが知る部屋だった。
床に。
複雑な紋様が刻まれていた。
何年もかけて刻んだ紋様が。
床全体を覆っていた。
「準備は完了しております。」
声が来た。
老人が立っていた。
白い髭が長かった。
魔法師の衣をつけていた。
グラウスという名の老魔法師だった。
「本当に可能か。」
マルウス王は言った。
「可能でございます。」
グラウスは言った。
「資料は全て揃えました。」
「古代の書に書かれた通りに。」
「召喚陣を描きました。」
「確実に来るか。」
「それは。」
グラウスは言った。
「確実とは言えません。」
「しかし。」
「最大の代価を用意しました。」
「来る可能性は高い。」
「代価は何だ。」
マルウス王は言った。
「陛下の知識を。」
グラウスは言った。
「全て差し出します。」
「陛下が積み上げてきた全ての知識を。」
「知識を差し出したら。」
マルウス王は言った。
「私は何も知らなくなるのか。」
「そうではありません。」
グラウスは言った。
「知識の重さを差し出すのです。」
「知識が失われるのではなく。」
「その重みが代価になります。」
「どういうことだ。」
「例えるなら。」
グラウスは言った。
「水の重さを渡しても。」
「水は残ります。」
「しかし水を重さで測れなくなる。」
「知識はあるが。」
「その知識の価値を感じられなくなります。」
「...それは問題ないか。」
マルウス王は言った。
「戦略的な知識は残ります。」
グラウスは言った。
「ただ。」
「その知識の深みが。」
「失われます。」
「深みが。」
「はい。」
グラウスは言った。
「表面は残ります。」
「核心は失われます。」
マルウス王は少し考えた。
「それでいい。」
マルウス王は言った。
「やれ。」
グラウスは頷いた。
刃を取り出した。
マルウス王の手を。
そっと切った。
血が出た。
マルウス王は手を伸ばした。
召喚陣の中央に。
血を垂らした。
一滴。
二滴。
それが。
始まりだった。
第二章:陣が動く
血が落ちた瞬間に。
陣が光った。
光は青ではなかった。
白でもなかった。
全ての色が混じった光が来た。
それが八つに分かれた。
「八つの光。」
グラウスは言った。
「八つの世界に繋がりました。」
「どこが答えるかは。」
マルウス王は言った。
「わかりません。」
グラウスは言った。
「来た存在が答えます。」
「来ない存在もあります。」
「それが法則です。」
「待つのか。」
「待ちます。」
グラウスは言った。
「来るまで待ちます。」
二人は待った。
一分が経った。
五分が経った。
十分が経った。
何も来なかった。
マルウス王は少し焦り始めた。
「来ないのか。」
マルウス王は言った。
「待ちます。」
グラウスは言った。
「八つの世界は。」
「私たちの時間とは違う流れの中にあります。」
「彼らにとって十分は。」
「一秒かもしれない。」
「または。」
マルウス王は言った。
「一年かもしれない。」
「そうかもしれません。」
グラウスは言った。
また待った。
十五分が経った時。
陣が揺れた。
一つの光が。
他より強くなった。
赤い光が。
「来ます。」
グラウスは言った。
「悪魔界から。」
「何かが来ます。」
マルウス王は身構えた。
陣の中央が。
開いた。
しかし。
その後に。
別の光も揺れた。
「もう一つ来ます。」
グラウスは言った。
「虚無界からも。」
「二つが来るのか。」
「予想していませんでした。」
グラウスは言った。
「代価が大きかったため。」
「複数が来るかもしれません。」
「問題ないか。」
「...わかりません。」
グラウスは言った。
「前例がありません。」
「前例がない。」
マルウス王は言った。
「それは困る。」
「陛下が決めた道です。」
グラウスは言った。
「今から戻れません。」
「召喚が始まれば。」
「完了するまで止まりません。」
「法則か。」
「はい。」
陣から。
何かが出てきた。
第三章:来た者
最初に来たのは。
人の形をしていた。
しかし人ではなかった。
背が高かった。
赤い目だった。
髪が黒かった。
衣が濃い赤だった。
「...久しぶりに来た。」
その者は言った。
「人間の世界に。」
「誰だ。」
マルウス王は言った。
その者はマルウス王を見た。
上から下へ。
評価するように。
「私の名前が聞きたいか。」
その者は言った。
「そうだ。」
「名前を教えるほどの者かどうかを。」
その者は言った。
「判断している最中だ。」
「...。」
マルウス王は止まった。
「血の代価は認めた。」
その者は言った。
「だから来た。」
「しかしここに来ることと。」
「名前を教えることは別だ。」
「どういうことだ。」
「私は来た。」
その者は言った。
「それがお前への答えだ。」
「名前は別の話だ。」
グラウスが前に出た。
「我々は。」
グラウスは言った。
「あなたの力を借りたいのです。」
「代価を差し出しました。」
「交渉をお願いできますか。」
その者は。
グラウスを見た。
「老人の方が賢い。」
その者は言った。
「話せる人間だ。」
「ありがとうございます。」
グラウスは言った。
「何が欲しい。」
その者は言った。
「隣の王国を。」
グラウスは言った。
「屈服させる力が欲しい。」
その者は少し考えた。
「屈服させる。」
その者は言った。
「殺すではなく。」
「殺す必要はありません。」
グラウスは言った。
「従わせれば十分です。」
「理由は。」
「隣の王国が。」
グラウスは言った。
「我々の土地に侵攻しようとしています。」
「それを防ぎたい。」
「防ぐだけか。」
その者は言った。
「防ぐだけです。」
「...正直だ。」
その者は言った。
「多くの人間は。」
「もっと大きなことを望む。」
「防ぐだけというのは。」
「正直な要求だ。」
「正直に言った方が。」
グラウスは言った。
「良いと思いました。」
「良い判断だ。」
その者は言った。
「では。」
グラウスは言った。
「応じていただけますか。」
その者はまだ答えなかった。
「一つ確認したい。」
その者は言った。
「どうぞ。」
「あなた方は。」
その者は言った。
「ドラゴンハート王国を知っているか。」
グラウスとマルウス王が。
互いを見た。
「知っています。」
グラウスは言った。
「大陸の西にある王国です。」
「最近急速に発展しています。」
「あそこに私の知り合いがいる。」
その者は言った。
「知り合い?」
「ヴィカースという者だ。」
その者は言った。
「...あの王国の王ですね。」
グラウスは言った。
「そうだ。」
その者は言った。
「あの者が先日。」
「私を呼んだ。」
「ヴィカース王が。」
グラウスは言った。
「そうだ。」
その者は言った。
「あの者は面白かった。」
「人間の中で。」
「稀な者だった。」
「どういう意味ですか。」
「私を怖がらなかった。」
その者は言った。
「話をしたいと言った。」
「話をした。」
「それだけだ。」
「しかしその話が面白かった。」
「では。」
グラウスは言った。
「我々の要求はどうでしょうか。」
その者は少し間を置いた。
「一つ条件がある。」
その者は言った。
「何ですか。」
「ドラゴンハート王国には。」
その者は言った。
「手を出さないこと。」
「あなた方の王国も。」
「隣の王国も。」
「ドラゴンハート王国には関わるな。」
マルウス王が口を開いた。
「なぜそのような条件が。」
マルウス王は言った。
「個人的な理由だ。」
その者は言った。
「理由を話す義務はない。」
マルウス王は黙った。
「その条件は。」
グラウスは言った。
「受け入れます。」
「我々はドラゴンハート王国と。」
「争う意図はありません。」
「わかった。」
その者は言った。
「では。」
そこへ。
もう一つの存在が現れた。
第四章:虚無界からの者
陣の別の場所から。
もう一つが来た。
形がなかった。
空間が欠けていた。
その存在がいる場所が。
世界から切り取られているようだった。
「...また来た。」
最初に来た者が言った。
「同じ陣に来たか。」
虚無の存在が言った。
言葉が頭の中に直接来た。
「そうだ。」
最初の者は言った。
「あの人間が呼んだ。」
「わかっている。」
虚無の存在は言った。
「代価を感じた。」
「だから来た。」
グラウスは。
二つの存在を見た。
(二つが同時に来た。)
グラウスは内心で思った。
(これは想定外だ。)
(しかし。)
(二つと同時に交渉できれば。)
(より強い保証が得られるかもしれない。)
「あなたも。」
グラウスは虚無の存在に言った。
「我々の要求を聞いていただけますか。」
「聞こえた。」
虚無の存在は言った。
「隣の王国を止めたいのだろう。」
「そうです。」
「私には関係ない話だ。」
虚無の存在は言った。
「虚無界は人間の領土争いに興味がない。」
「では。」
グラウスは言った。
「なぜ来たのですか。」
「代価を感じたから。」
虚無の存在は言った。
「来ることはできる。」
「しかし何かをする気はない。」
「...そうですか。」
グラウスは言った。
「一つだけ言っておく。」
虚無の存在は言った。
「何ですか。」
「この陣は。」
虚無の存在は言った。
「かなり精密だ。」
「誰が作った。」
「私が作りました。」
グラウスは言った。
「何年かかった。」
「七年です。」
「七年。」
虚無の存在は言った。
「その集中力は評価できる。」
「ありがとうございます。」
「一つだけ手伝おう。」
虚無の存在は言った。
「本当ですか。」
「隣の王国の軍を。」
虚無の存在は言った。
「一時的に止める。」
「止めるだけだ。」
「殺しはしない。」
「ただ止める。」
「それで十分です。」
グラウスは言った。
「その後はお前たちの問題だ。」
虚無の存在は言った。
「私はそれだけをして去る。」
「理由を聞いてもいいですか。」
グラウスは言った。
「七年の陣への敬意だ。」
虚無の存在は言った。
「それだけだ。」
「...ありがとうございます。」
グラウスは言った。
「感謝は要らない。」
虚無の存在は言った。
「気まぐれだ。」
最初に来た者が言った。
「珍しい。」
その者は言った。
「お前が人間に協力するとは。」
「七年は長い。」
虚無の存在は言った。
「それだけだ。」
「そうか。」
二つの存在が。
マルウス王を見た。
「王よ。」
最初の者は言った。
「何だ。」
マルウス王は言った。
「契約の言葉を言え。」
その者は言った。
「契約は言葉が必要だ。」
マルウス王は一歩前に出た。
「私ヴェルカン王マルウスは。」
マルウス王は言った。
「知識の重さを代価として差し出す。」
「それを以て。」
「あなた方の力を借りる。」
「その代わり。」
「ドラゴンハート王国には関わらない。」
「この契約を結ぶ。」
最初の者が言った。
「受け入れる。」
虚無の存在が言った。
「受け入れる。」
光が来た。
三色の光が。
マルウスと二つの存在の間に。
現れた。
永遠世界AIが。
確認した。
双方の合意を。
「契約成立だ。」
最初の者は言った。
「二十四時間だ。」
その者は続けた。
「その間に決めろ。」
「何をするかを。」
「わかった。」
マルウス王は言った。
第五章:代価の重さ
契約が結ばれた後。
マルウス王は変わった。
わかりにくかった。
見た目は変わらなかった。
言葉も変わらなかった。
しかし。
何かが消えた。
グラウスが気づいた。
「陛下。」
グラウスは言った。
「何だ。」
マルウス王は言った。
「知識の代価が。」
グラウスは言った。
「取られました。」
「知識はある。」
マルウス王は言った。
「戦略もわかる。」
「地図も読める。」
「何も失っていない。」
「では何が失われたのか。」
グラウスは言った。
「私には見えます。」
「何が見える。」
「陛下が。」
グラウスは言った。
「今まで持っていた。」
「知識への愛情が。」
「消えました。」
「知識への愛情?」
マルウス王は言った。
「陛下は若い頃。」
グラウスは言った。
「本を読むのが好きでした。」
「学ぶことが好きでした。」
「その気持ちが。」
「消えました。」
マルウス王は少し考えた。
「確かに。」
マルウス王は言った。
「本が読みたいとは思わなくなった。」
「しかし困ることはない。」
「知識は使える。」
「そうかもしれません。」
グラウスは言った。
「しかし。」
「しかし?」
「知識への愛情がなければ。」
グラウスは言った。
「新しいことを学ぼうとしなくなります。」
「今あるものを使うだけになります。」
「それは問題か。」
「長い目で見れば。」
グラウスは言った。
「問題です。」
「知識は増やさなければ古くなります。」
「古い知識で動き続ければ。」
「いつか対応できない状況が来ます。」
「...そうか。」
マルウス王は言った。
「それが代価の意味だったのか。」
「はい。」
グラウスは言った。
「代価は目に見えないものが多い。」
「失ってから気づくものが多い。」
「それが召喚の代価の本質です。」
「老人よ。」
最初の者が言った。
まだそこにいた。
「何だ。」
グラウスは言った。
「お前は正直だ。」
その者は言った。
「主人に代価の意味を正確に伝えた。」
「それは珍しい。」
「知っていて伝えないのは。」
グラウスは言った。
「私の仕事ではありません。」
「そうだ。」
その者は言った。
「しかし多くの者は。」
「知っていても言わない。」
「言えば主人が怒るから。」
「陛下が怒っても。」
グラウスは言った。
「事実は事実です。」
「その通りだ。」
その者は言った。
「一つだけ言っておく。」
その者は言った。
「何だ。」
「失った知識への愛情は。」
その者は言った。
「取り戻せる。」
「どうやって。」
「子供を見ろ。」
その者は言った。
「子供は全てに驚く。」
「全てを学ぼうとする。」
「その姿を見て学べ。」
「失った感情は。」
「外から補えることがある。」
「...悪魔界の者が。」
グラウスは言った。
「そういうことを言うのですか。」
「私は悪魔だが。」
その者は言った。
「愚かではない。」
「そうですね。」
グラウスは言った。
第六章:二十四時間の間に
翌日 - 隣国との境界
虚無の存在が動いた。
静かに。
音もなく。
隣国の軍が止まった。
止まったというより。
動けなくなった。
足が動かなかった。
声が出なかった。
武器が持てなかった。
「...何が起きた。」
隣国の将軍は言った。
答えは来なかった。
虚無が周囲を覆っていたから。
三時間。
軍は動けなかった。
その三時間で。
ヴェルカン王国の使者が来た。
「ヴェルカン王国より。」
使者は言った。
「交渉を申し込みます。」
動けない将軍は。
頷くしかなかった。
その日。
交渉が始まった。
三時間後。
虚無の存在が去った。
軍が動けるようになった。
しかし。
交渉はすでに始まっていた。
双方が座っていた。
話し合いが進んでいた。
最終的に。
両国は合意した。
境界線を確定した。
互いに侵攻しないことを決めた。
「これで良かった。」
マルウス王は言った。
王城に戻りながら。
「はい。」
グラウスは言った。
「あの者たちはどうなった。」
マルウス王は言った。
「契約が結ばれたため。」
グラウスは言った。
「二十四時間の制限はなくなりました。」
「自分の意志で戻りました。」
「また来るか。」
「わかりません。」
グラウスは言った。
「彼らの気持ち次第です。」
「そういうものか。」
マルウス王は言った。
「召喚とはそういうものです。」
グラウスは言った。
「完全な制御はできません。」
「来てくれたことに感謝して。」
「去ることを尊重する。」
「それだけです。」
「それが法則か。」
「それが正しい付き合い方です。」
グラウスは言った。
「法則が定めた以上の。」
「最も賢い関係だと思います。」
マルウス王は少し黙った。
「一つだけ聞いていいか。」
マルウス王は言った。
「どうぞ。」
「ドラゴンハート王国の王が。」
マルウス王は言った。
「あの者たちを呼んだと言っていた。」
「はい。」
「あの王は何者だ。」
マルウス王は言った。
「あの悪魔界の者が。」
「面白い人間と言った。」
「私も詳しくは知りません。」
グラウスは言った。
「しかし。」
「しかし?」
「七人の原初を同時に呼んだと聞きます。」
グラウスは言った。
「一つの召喚で。」
「七人全員が来たと。」
「七人。」
マルウス王は言った。
「私たちは二人来ただけで。」
グラウスは言った。
「これだけ大変でした。」
「七人を同時に。」
「しかも全員が来たということは。」
「それだけの魂を持つということか。」
マルウス王は言った。
「そうだと思います。」
グラウスは言った。
「魂が強い者に。」
「強い者が応じる。」
「それが法則です。」
「...我々では。」
マルウス王は言った。
「それだけの魂はないか。」
「今は。」
グラウスは言った。
「しかし。」
「魂は成長します。」
「永遠世界AIの法則が言っています。」
「成長できるか。」
「できます。」
グラウスは言った。
「ただし。」
「それには時間と経験が必要です。」
「しかし陛下は今日。」
「一つ経験しました。」
「それが積み重なります。」
「では今日は。」
マルウス王は言った。
「良い経験だったか。」
「はい。」
グラウスは言った。
「代価を払いました。」
「しかし得るものもありました。」
「それが召喚の経験です。」
「そうか。」
マルウス王は言った。
王城に戻った。
地下の部屋を閉めた。
陣が残っていた。
使われた痕跡が。
光の跡が。
残っていた。
「また使うかもしれない。」
マルウス王は言った。
「その時は。」
グラウスは言った。
「より良い代価を考えます。」
「知識の愛情は取り戻せるか。」
「あの悪魔界の者が言いました。」
グラウスは言った。
「子供を見ろと。」
「全てに驚く子供を見れば。」
「失った感情は外から補えると。」
「...子供か。」
マルウス王は言った。
「孫が生まれた年です。」
グラウスは言った。
「そうだったか。」
「孫と過ごす時間を。」
グラウスは言った。
「作ってみてください。」
「悪魔界の者のアドバイスを。」
マルウス王は言った。
「孫に会うことで実行するか。」
「召喚の法則が教えた道です。」
グラウスは言った。
「...面白い夜だった。」
マルウス王は言った。
「はい。」
グラウスは言った。
「世界は広い。」
「私たちが知らないことが多い。」
「今夜それを学びました。」
エピローグ - 遠くのドラゴンハート王国
ドラゴンハート王国 - 同夜
私は書斎にいた。
書類を見ていた。
何かを感じた。
小さな何かを。
知恵の書が少し揺れた。
棚の上で。
「...。」
取り上げた。
開いた。
一行だけ文字が現れた。
「大陸の東で。」
文字は言った。
「法則が使われた。」
「あなたの名前が出た。」
「問題はない。」
閉じた。
「そうか。」
私は言った。
「誰かが召喚を使った。」
「デモナスが行ったか。」
「または別の者が行ったか。」
「ドラゴンハートには関わるなという条件が。」
「つけられたようだ。」
「それは良い条件だった。」
私は思った。
リスカレスが来た。
「マスター。」
「知っている。」
私は言った。
「知っていましたか。」
「今知った。」
私は言った。
「大陸の東の王国が。」
リスカレスは言った。
「召喚を使ったと情報が来ました。」
「ネロからか。」
「はい。」
「問題はないか。」
「今のところは。」
リスカレスは言った。
「ドラゴンハートへの影響はないと。」
「ネロが確認しました。」
「良かった。」
私は言った。
「マスター。」
リスカレスは言った。
「何だ。」
「その王国は。」
リスカレスは言った。
「私たちのことを知っています。」
「マスターの名前が出たと。」
「そうか。」
「関係を持つべきですか。」
「急がない。」
私は言った。
「向こうが来たいと思えば来る。」
「来なければそれで良い。」
「それで良いのですか。」
「全ての関係は。」
私は言った。
「無理に作るものではない。」
「自然に生まれるものだ。」
「...わかりました。」
「書類に戻る。」
私は言った。
「はい。」
リスカレスが去った。
書斎が静かになった。
「大陸の東で。」
私は思った。
「誰かが法則を使った。」
「世界は同時に動いている。」
「私が知らない場所で。」
「知らない者が。」
「法則と向き合っている。」
「世界は広い。」
私は思った。
「この王国だけが世界ではない。」
書類を見た。
仕事を続けた。
夜が続いた。
ドラゴンハート王国の夜が。
ヴェルカン王国の夜が。
大陸全体の夜が。
同時に続いた。
それが世界だった。
一つの世界が。
様々な者によって。
同時に動いていた。




