第50話:春のお茶会
春の陽気が差し込む、王宮の豪奢なテラス。
本日は第一王子夫人であるエレノア様のお誘いで、第三王子の婚約者ロザリー様と私の三人で、王族女性だけのお茶会(という名の女子会)が開かれていた。
「ふふっ、あはははっ! 信じられませんわ! あの冷酷無比な氷の王子様が、婚約指輪と一緒に『三十層の絶対防御魔法の仕様書』を渡してプロポーズしただなんて!」
「しかもその理由が、『摩擦係数と光学理論の計算に心血を注いだ』から……っ! あのおとぎ話の絵本のロマンチックな王子様は、一体どこへ行ってしまったの!?」
美しい顔を紅潮させ、お腹を抱えて大爆笑しているのは、義姉となる高貴なお二人だ。
私は紅茶のカップを両手で包み込みながら、少し恥ずかしくなって視線を逸らした。
「絵本が勝手に美化されているだけなんです。……でも、アレクシス様のそういう不器用なところ、私はすごく愛おしいと思っていますよ。以前も、保育園の子どもたちに身分を隠していたことを『ズルをした』って素直に謝罪してくれて。そのあと、ピカピカの軍服の上にヨレヨレのエプロンを着たまま、園庭で四つん這いになって子どもたちの『お馬さん』になってくれたんですから」
「お、お馬さん!? あの第七王子が、軍服にエプロン姿で砂だらけになって園児を背中に乗せてハイハイを!?」
「ひぃっ、お腹が痛い……っ! しかも五歳児の男の子に貴女をとられて、本気で歯を食いしばって悔しがっていたなんて! エドワード殿下にも見せてやりたかったですわ!」
もはや淑女の仮面もかなぐり捨てて、涙目になって笑い転げるロザリー様。
ひとしきり笑った後、彼女は目尻の涙をハンカチで拭い、ふっと表情を和らげて私を見た。
「でも、リリアーナ様。私、本当に貴女に感謝しているのですよ。貴女を見習って、エドワード殿下に『愛のあるお叱り』をするようになってから、あの人の浮ついたおいたがパタリと減ったのですから」
「愛のあるお叱り、ですか?」
「ええ! 今まではただ怒って言い負かしていただけでしたけれど……『保育士が子どもを諭すように、目を見て、期待しているからこそ悲しいのだと伝える』という貴女のメソッドを試したら、あの人、子犬のようにシュンとしてしまって! 今ではすっかり私の言うことを聞く立派な忠犬ですわ」
ロザリー様は誇らしげに胸を張った。どうやら私の保育スキルが、あの女たらしで有名な第三王子の手綱を握るのに大いに役立っているらしい。
すると、ふっくらと大きくなったお腹を優しく撫でながら、エレノア様も微笑みかけてくれた。
「本当に、リリアーナ様が王宮に来てくださってから、この城はとても明るくなりましたわ。……初めての出産で不安なことも多いけれど、貴女がいてくれると思うだけで、どれほど心強いか」
「エレノア様……」
「無事にこの子が産まれたら、子育ての相談にたくさん乗ってくださいね。我が王家が誇る、『お日様の聖女様』」
からかうような、それでいて深い慈愛に満ちたエレノア様の言葉に、私は照れくさくて「聖女はやめてください」と笑い返した。
温かい春の日差しの中、私たちのテーブルには絶えず明るい笑い声が響いていた。
* * *
――その頃。
女性たちのテラスから少し離れた、第一王子の執務室にて。
第一王子レオンハルト、第三王子エドワード、そして第七王子アレクシスの三人の王子たちは、妻たちの女子会が終わるのを待ちながら、男たちだけの渋い(そして少し情けない)お茶会を開いていた。
「……はぁ。最近、ロザリーの叱り方が変わってな……。ただ怒られるより、ずっと精神にクるんだ」
高級なソファに深く腰を沈め、エドワードがげっそりとした顔で天を仰いだ。
「あの凛とした瞳で、『私は貴方を信じているのに、こんなことをして悲しいです』と諭されると……もう、自分が世界で一番の愚か者に思えてきて、他の女性に声をかける気すら起きなくなる。完全に飼い慣らされている気分だよ……」
「はっはっは。お前のような遊び人には、ちょうどいい劇薬だろう。ロザリー嬢も、リリアーナ嬢から良い影響を受けているようだな」
レオンハルトが可笑しそうに笑いながら、ティーカップを傾ける。
「実際、私もリリアーナ嬢には感謝しているんだ。初めての懐妊でエレノアも神経質になっていたが、リリアーナ嬢がお茶会に呼ばれるようになってから、妻が本当によく笑うようになった。あの明るさと裏表のない優しさは、王宮の毒気を中和してくれる」
国を背負う立派な兄二人が、揃いも揃って自分の婚約者リリアーナを絶賛する。
しかし、それを聞いていた第七王子アレクシスの顔は、冷気を纏うほど険しく、不機嫌そのものだった。
「……お言葉ですが、兄上たち。俺の婚約者を、都合の良い『王族男子の調教師』や『妊婦のメンタルケア担当』みたいに語るのはやめていただきたい」
アレクシスは眉間を深く寄せ、机の上で指をトントンと苛立たしげに叩いた。
「大体、エレノア義姉上もロザリー嬢も、リリアーナを気軽にお茶会に呼びすぎです。彼女はただでさえ保育園の仕事で疲れているのに、これ以上彼女の貴重な休息時間を……そして、俺が彼女を独占する時間を奪わないでいただきたい」
身内である兄たちの妻にまで本気で嫉妬し、隠そうともしない独占欲を丸出しにする末弟。
そのあまりに大人気ない姿に、エドワードがニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべた。
「おや、余裕がないねえ。あの大バズりしている絵本の中では、あんなに『きらきらりん』とロマンチックに愛を囁いていた王子様なのに」
「ッッ!? てめぇ、エドワード……! そのふざけた擬音を二度と口に出すな!! あの本は俺の完璧な光学理論と物理法則の計算を冒涜する欠陥本だ!!」
「はいはい、分かってるよ。お前のリリアーナ先生への愛が、分厚い仕様書みたいに重たくて面倒くさいことくらい」
からかうエドワードと、図星を突かれて本気で噛み付くアレクシス。
レオンハルトは「相変わらず騒がしい弟たちだ」と苦笑しながら、テラスの方角へ視線を向けた。
「……まあ、なんにせよ。あの冷え切っていたお前の世界を、あそこまで温め、融かしてくれたんだ。あの令嬢は、間違いなくお前だけの聖女だ」
「……っ。兄上に言われるまでもありません。彼女は、絶対に俺が幸せにします。……俺のすべてを懸けてでも」
真っ赤になった耳の先を隠すように顔を背けながら、アレクシスはそう小さく、けれど力強く宣言した。
華やかな笑い声が響くテラスと、不器用な男たちの本音が交差する執務室。
結婚式を間近に控えた王宮は、かつてないほど温かく、騒がしい幸福に包まれていたのだった。




