第51話:ほら、俺のキスが好きだって、お前の口から言ってみろ
――カン、カン、カン、カン……。
王宮のチャペルの鐘が、祝福の音色を国中に響かせている。
「わあぁ……! リリアーナせんせい、おひめさまみたい!」
「アレクせんせいも、きょうはピカピカのおうじさまだね!」
王宮の庭園に特設された式場は、色とりどりの春の花と、そして何より、百人近い子どもたちの歓声に包まれていた。
アレクシス様の公務としての「副園長就任」と、私の「聖女(凄腕保育士)」としての人気、そしてエレノア様やロザリー様の猛プッシュにより、前代未聞の「保育園児総立ち合いの王族結婚式」が実現したのだ。
私は、アレクシス様が私の瞳の色を再現するために鉱山を巡って作り上げた、あのブルーサファイアの指輪を左手に嵌め、純白のドレスに身を包んでいた。
その隣には、ヨレヨレのエプロンではなく、金糸の刺繍が施された壮麗な軍服姿のアレクシス様が、少し緊張した面持ちで立っている。
「せんせー、おめでとう!」
「これ、みんなで作ったの!」
子どもたちが代わる代わる駆け寄り、手作りの花の冠や、どんぐりを繋げたネックレスをプレゼントしてくれる。
私は目元を潤ませながら、一人一人の頭を撫でてお礼を言った。
「ふん。お前たち、俺のリリアーナにベタベタ触るな」
アレクシス様が、花の冠を私の頭に乗せようとしていた園児を大人気なく牽制する。
「アレクシス様、今日は結婚式なんですから。……ほら、レオくんも来てくれたわよ」
列の後ろから、タキシードをビシッと着こなしたレオくんが、おもちゃの指輪を持って現れた。
「……殿下。リリアーナ先生を泣かせたら、王子様でも絶対に許さないからね」
生意気な口調で、けれどその瞳は少し寂しげにアレクシス様を見上げている。
アレクシス様はフイッと顔を逸らした後、ゆっくりとレオくんの前に片膝を突いた。
「レオ。……ああ、絶対に彼女を泣かせたりしない。……だが忘れるな。お前が大人になって立派な男になったとしても、俺はずっとお前の前に立ちはだかる最大のライバルであり続ける」
「……ふむ、貴殿の望むところだ」
結婚式当日まで、ませすぎた宰相の息子、五歳児のレオくんに本気で張り合っている氷の王子を見て、周囲の保護者や、他の王子たち、エレノア様、ロザリー様たちが、テラスのお茶会の時と同じように大爆笑した。
子どもたちの笑顔と、温かい祝福に包まれて、私たちは誓いの言葉を交わした。
おとぎ話のような「きらきらりん」の魔法ではなく、彼が私を傷つけないようにとミリ単位で計算し、私の瞳の色を映し取った、あの重くて誠実な指輪の輝きと共に。
* * *
披露宴が終わり、王宮の喧騒が遠のいた、静かな夜。
アレクシス様が私のために、可動域や衝撃耐性、そして安眠のための温度調節機能まで計算し尽くして設計した新居の寝室にて。
私は、ドレスを脱ぎ、楽な寝巻きに着替えて、バルコニーから夜空を見上げていた。
「……リリアーナ」
背後から、温かい腕が私の腰を抱きしめ、首筋に顔を埋めた。
アレクシス様の、少し熱を帯びた、心地よい匂いがする。
「お疲れ様でした、アレクシス様。……本当に、素敵な一日でしたね」
「……ああ。お前が、子どもたちに囲まれて、世界で一番幸せそうに笑っている姿を見られて……俺のすべてが、報われた瞬間だった」
彼は私の手を握り、左手のブルーサファイアに深く、熱いキスを落とした。
「……披露宴中、エレノア義姉上が『産まれたらリリアーナに毎日会いたい』などと言っていたが……俺は絶対に認めんぞ。やっぱり、ずっと俺の工房の奥底に閉じ込めておけばよかった……っ」
「ふふっ。まだそんなことを言っているんですか? 仕方のない駄々っ子王子様ですね」
私が微笑みながら彼の頭を撫でてあげると、アレクシス様は「んん……っ」と短く呻き、私をさらに強く抱きしめた。
「……当たり前だ。初めてお前を見かけたあの日から、俺の視線はずっと、お前に釘付けにされたまま、目が離せない。……これから先、お前がどこまで魅力的になって俺を狂わせるつもりなのか、自分でも怯えるほどにな。」
彼は顔を上げ、サファイアの瞳で私を真っ直ぐに見つめた。
その瞳は、昼間の子どもたちへの嫉妬や、兄たちへのマウントとは違う、ひどく暗くて、けれど熱くて甘い『独占欲の塊』のような色をしていた。
「俺の、この気持ちを、一生かけてお前に叩き込んでやる」
私が彼の手を握り返し、微笑みながら唇を重ねると、氷の王子は限界を迎えたように短く呻き、茹で上がるような熱を帯びながら私をベッドへと連れて行き、押し倒した。
「……愛している、リリアーナ。世界中の何よりも、誰よりも」
その、あまりにもまっすぐで熱を帯びた言葉に、私の胸の奥がきゅうっと鳴った。
「私も……愛しています、アレクシス様。世界中の誰よりも」
私がそっと彼の首に腕を回して応えると、アレクシス様はふっと泣きそうな、それでいてこの上なく幸せそうな顔をして、再び私に唇を落とした。
今度のキスは、先ほどまでの甘く確かめるようなものとは違っていた。私のすべてを奪い尽くそうとするような、深くて、熱くて、強引な口づけ。
「んっ……ぁ……っ」
息が詰まるほど深く絡め取られ、私の口から無防備な吐息が漏れる。それを合図にしたかのように、彼の手が私の背中から腰へと滑り降り、その大きな掌で私の素肌を直接なぞった。
「っ……アレク、シス様……」
息継ぎの隙間に、彼がふっと意地悪く唇を離し、甘い熱を帯びた瞳で私を見下ろした。
「ほら、俺のキスが好きだって、お前の口から言ってみろ」
「……っ! あ、アレクシス様……いじわる、です……っ」
「意地悪なものか。俺はただ、お前の口から直接聞きたいだけだ」
逃げ場を塞ぐように強く腰を抱き寄せられ、私は真っ赤になりながらも小さくコクンと頷いた。
「……好き、です。アレクシス様の、全部……」
震える声で囁くと、彼はたまらないというように口角を上げ、サファイアの瞳を暗く細めた。
「……いい子だ。次に行く保育園で、子どもたちの前で『先生』の顔に戻れるか心配になるくらい……今夜は徹底的に、俺の物に仕立て上げてやる」
昼間の「お日様の聖女様」としての私を完全に上書きしようとする、ひどく重たくて甘い独占欲。
耳元で低く囁かれるその声に、背筋がゾクゾクと震える。普段の几帳面な彼からは想像もつかないほど、その指先は熱く、焦燥感を孕んでいた。私の肌に触れるたび、彼自身の熱もどんどん上がっていくのが伝わってくる。
「リリアーナ……可愛い……。お前の全部が、たまらなく愛おしい」
途切れ途切れに紡がれる甘い言葉と共に、首筋から鎖骨にかけて、ちくりとした痛みが走る。彼が言っていた『俺の物に仕立て上げる』という宣言通り、その熱い唇は私の白い肌にひとつ、またひとつと、消えない赤い印を刻み込んでいった。
「あ……っ、また、そんなにつけたら、明日、ドレスが……」
「だから何度も言っているだろう? 誰の目にも触れないよう、俺の腕の中に閉じ込めておきたいと。……これは、お前が俺だけのものだという証拠だ」
意地悪く笑うその瞳は、どこまでも暗く、底なしの愛情に満ちていた。
もう、彼にされるがままだった。考える余裕なんて微塵も残されていなくて、ただ彼が与えてくれる熱に身を委ねるしかない。
「アレクシス様……っ、すきぃ……」
「……ッ……っ」
私が無意識に彼にしがみつき、その背中に回した手に力を込めると、アレクシス様は限界を迎えたように低く唸った。
一呼吸置いて、私の耳元に顔を寄せ、ひどく甘くて、どこか悪戯っぽい声で囁き落とす。
「そういえば……『子どもは最低三人』だったな」
「えっ……ぁ、はい……っ」
「その願いも確実に叶えてやる。……だから今夜は、朝まで寝かせるつもりはないからな」
逃げ場のない愛の言葉に、私はもう抗うことなんてできず、さらに深く、熱く、彼に身を委ねていく。
月明かりだけが差し込む静かな寝室に、甘く掠れた声と、二人の重なる吐息だけが響き続ける。
氷の王子の冷たい仮面は完全に融け落ち、私という熱にどこまでも溺れていく。深く、甘く、互いのすべてを溶かし合うような幸せな夜は、まだ始まったばかりだった。
ここまで読んで頂いてありがとうございました。
もっと保育園での話書けばよかった〜とか、反省点もいっぱいありますが次回の作品に生かします。
このシーンのR18版ピクシブにUPしております。
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