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俺様王子は保育園で働きたい〜5歳児に本気で嫉妬する氷の王子から、激重に溺愛されています〜  作者: おおたまらん


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第47話:社会人にもなって、自分の誕生日にわざわざ休み希望なんて

 寒かった冬も少しずつ和らぎ、春の足音が聞こえ始めた頃。

『王立貴族保育園』の職員室にて。


「リリアーナ。ちょっといいか」


 副園長であるアレクシスに呼ばれ、リリアーナは小走りで彼のデスクへと向かった。

 いつも通り隙のない完璧なスーツ姿に不釣り合いなクマのエプロンを着ていたわけだが、今日の彼はなぜか眉間に恐ろしく深い皺を刻み、不機嫌オーラを全開にしている。周囲の職員たちが「氷の副園長が怒っている……」と怯えて遠巻きにする中、彼はデスクにバンッ! と一枚の紙を叩きつけた。


「……なんだ、このシフト希望は」

「え? なにか不備がありましたか?」


 リリアーナが小首を傾げて紙を覗き込むと、それは先日提出した来月分のシフト表だった。

 特に間違えた記憶はないはずだが……と瞬きを繰り返す彼女に対し、アレクシスは周囲に聞こえないよう声を潜め、しかしひどく切羽詰まった声で唸った。


「なんでお前は、自分の誕生日に『有給』を入れてないんだ……っ!!」


「あ」


 その言葉に、リリアーナはポンと手を打った。


「そういえば来月、私の誕生日でしたね。すっかり忘れてました」


「自分の誕生日を、忘れていただと……?」


 アレクシスの端正な顔が、ピクッと引きつる。しかし、リリアーナはまったく気にする様子もなく、あっけらかんと言い放った。


「まぁ、子どもでもあるまいし。社会人にもなって、自分の誕生日にわざわざ休み希望なんて……」


「……は? お前は、一体何を言っているんだ?」


 スッと、アレクシスの顔から表情が消えた。

 怒っているのではない。まるで信じられない生き物でも見るかのような目で、見事にドン引きしていたのだ。


「え? あの、私、何かおかしいこと言いました……?」


「おかしいなんてもんじゃない! 自分の誕生日は、一年で一番盛大に祝われるべき日だろうが! とにかく却下だ、お前の誕生日は有無を言わさず休みにするからな!」


 アレクシスは乱暴な手つきでリリアーナのシフト表にバツ印を書き込み、強引に『有給休暇』と太字で書き直してしまった。


「ええっ、そんな強引な……」


「……お前、なんか欲しいものとかないのか?」


 ペンを置き、アレクシスはそっと自身のデスクの引き出しに手をかけた。

 実はその中には、最高級の宝石ブランドのカタログや、美しい別荘地のパンフレットが何冊も隠されている。彼は数ヶ月前から「彼女の誕生日に何を貢ごうか」と密かに準備を進めていたのだ。


「なんでもいいぞ。好きなものを言ってみろ」


(さあ来い。星以外なら大抵のものは買ってやるぞ)と自信満々で引き出しを開けかけた彼に対し、リリアーナは顎に指を当てて少し考えた後、満ち足りたような笑顔を浮かべた。


「うーん、素敵なドレスやアクセサリーも沢山いただきましたし……今は特にありません」


「…………」


 アレクシスは、スッと無言で引き出しを閉めた。

 ガーン!! という幻聴が聞こえそうなほど、目に見えてショックを受けて固まっている。


(俺が国中の宝石店を貸し切る準備までして待ち構えているというのに……自分の誕生日に有給すら取らず、「もう沢山もらったから」と笑っている……。男として、純粋にショックだ……っ!)


 一般的な貴族令嬢なら、領地が買えるような宝石をねだるのが普通だ。なのにこの超庶民派な婚約者は、彼の金と権力をまったく使おうとしない。

 目に見えてしょんぼりと肩を落とす『氷の王子』の姿を見て、リリアーナはようやく彼の意図に気づき、慌てて口を開いた。


「あ、そういえば! 行きたい場所ならありました!」


「なんだ! いいぞ、どこだ!?」


 バッと顔を上げ、食い気味に身を乗り出すアレクシス。


「あの、アレクシス様と、水族館に……行ってみたいです」


「水族館、だと?」


「はい! 王族だとか貴族だとか、そういう堅苦しい身分は隠して……あの時みたいに、普通のお忍びデートがしたいんです」


「あの時?」


「まだ婚約する前、アレクシス様が正体を隠して『アレク先生』として園にいた頃に……靴を買ってくれたり、ランチを食べたりした、あの初めてのデートです!」


 リリアーナが懐かしそうに満面の笑みを向けると、アレクシスの動きがピタリと止まった。


「えっ……!?」


 バッ! と片手で口元を覆い、アレクシスは限界まで目を泳がせた。


「あ、あれは……っ、デートじゃないだろう! 俺はただ、お前の靴が……っ、その、同僚として腹が立って、靴を買い与えただけで……っ!」


「ええっ!? デートじゃなかったんですか!?」


 リリアーナが驚いて目を丸くする。

 周りの保育士から見ても、当の本人であるリリアーナから見ても、あれは間違いなく100%「デート」だった。だが、恋愛初心者すぎた当時の氷の王子は、己の感情を持て余し、照れ隠しで「あれは自己満足だ」「デートではない」と必死に言い張っていたのだ。

 ついには顔を覆っていた手の指の隙間から見える耳の先から首筋までが、火傷しそうなほど真っ赤に染まっていく。


「〜〜〜ッ! だ、だからあれは……っ!」


 変装のつもりで気合を入れまくった最高級の微服を着て待ち合わせに行き、靴屋でひざまずいて靴を履かせ、フルーツタルトの間接キスで限界まで動揺していた自分の醜態を思い出し、アレクシスは机に突っ伏しそうになるのを必死に堪えていた。


「でも、私はデートだと思ってましたし、すっごく楽しくてドキドキしましたよ?」


「…………ッ」


(お前は……っ、そういうことを、どうしてそう平気な顔で言えるんだ……っ!)


 破壊力抜群の笑顔で追撃され、アレクシスの処理能力はあの時のように崩壊寸前だった。

 口元を覆っていた手を少しずらし、彼は真っ赤な顔のまま、限界を認めるように深いため息を吐き出した。


「……いや」


「え?」


「……デートだったな。今思えば」


 そっぽを向いたまま、ぽつりと掠れた声でこぼす。


(キスひとつできなかったけど……っ)


 あの日の不甲斐ない自分への歯痒さと、今こうして彼女と両想いになれている喜びが入り混じり、さらに耳の先が熱くなる。アレクシスはバツ悪そうにわしゃわしゃと頭をかいた。

 これ以上彼女の顔を見ていたら、職員室のど真ん中だというのに理性が吹き飛びそうになる。


「……分かった。水族館でもどこでも行ってやる」


 コホン、とわざとらしく咳払いをして、アレクシスはどうにか副園長としての威厳を保とうと向き直った。(しかし、顔は真っ赤なままだ)


「当日は俺も『第七王子』ではなく、ただのお前の婚約者として隣に立つ。……その代わり」


「その代わり?」


 アレクシスは少しだけ身を乗り出し、周囲に聞こえないほどの低く艶やかな声で囁いた。


「あの時よりも……お前をドキドキさせてやる」


 キスすらできなかったあの時とは違う。今は、いくらでもお前を甘やかせる婚約者なのだから。


「っ……はい! すっごく楽しみにしてます、アレクシス様!」


 不意打ちの言葉に顔を真っ赤にしたリリアーナが、嬉しそうに自分の持ち場へと戻っていく。

 その後ろ姿を見送ると、アレクシスは誰にも見えないようこっそりと手元のペンを走らせた。


 先ほど『有給』と書き込んだ彼女の誕生日の枠。その「翌日」にもしれっと線を引き、『有給』と書き足して勝手に二連休にしたのだ。


 こうして、不器用で照れ屋な氷の王子と、超庶民派な令嬢による、波乱含みの「お忍び水族館デート」が決定したのだった。

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