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俺様王子は保育園で働きたい〜5歳児に本気で嫉妬する氷の王子から、激重に溺愛されています〜  作者: おおたまらん


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第42話:誠実な職人より、最愛の女神へ。

 冬の乾いた空気が満ちている。

 王宮の工房に、絶対零度の声が響き渡った。


「……やり直しだ。重心の計算が甘すぎる」


 第七王子アレクシス・フォン・グランツは、机に叩きつけた一枚の図面を冷酷に一瞥した。

 彼に対峙しているのは、王都で最も高名な老舗宝飾店『グラン・エトワール』の店主と筆頭職人である。外は凍えるような冬空だというのに、彼らの額からは滝のように冷や汗が流れ落ちていた。


「なっ……!? し、しかしアレクシス殿下、こちらは王家伝統の意匠を凝らし、最高級のダイヤモンドを贅沢に……」


「伝統など知らん。俺が聞いているのは『構造』の話だ」


 アレクシスは、店主が持ってきた数枚のきらびやかなデザイン画を無情に切り捨てた。


「この台座の高さと爪の角度では、リリアーナの指の可動域を著しく制限する。彼女が子どもを抱き上げる際、引っかかって邪魔になるだろう。……それに、皮膚との摩擦係数も考慮されていない。彼女の白く柔らかな肌を傷つけるような粗悪品を、俺が許すとでも思ったか?」


「ま、摩擦、係数……?」


 職人が震える声でオウム返しにする。宝飾品を「美しさ」ではなく「物理的最適解」で語る王族など、前代未聞だろう。

 だが、生粋のDIYオタクであり、国の建築やインフラ整備にも関わり、自ら保育園の家具や遊具を設計・制作するアレクシスにとって、美しさも機能性も、すべて数値化できる『設計』の問題だった。


 彼は背後の作業机から、一睡もせずに引き直した分厚い羊皮紙の束を無造作に投げ出した。


「俺が引いたこの『三面図』を見ろ。彼女の関節の太さ、筋肉の収縮による全周の変動値、そして日常動作における衝撃耐性……すべてを計算し尽くした最適解がこれだ。台座の裏側には、指に吸い付くような特殊なアール(曲面)を設けろ」


「こ、これは……宝飾品というより、精密機械の設計図では……っ!」


 悲鳴を上げる職人たちを壁際で静観しながら、側近のルークは本日三錠目となる胃薬を水で流し込んだ。


(……ああ、始まった。またこの『妥協ゼロの設計オタク』モードだ)


 真っ白な仕様書を突きつけ、職人のプライドを物理法則で粉砕していく主君の姿。ルークはこれと全く同じ光景を、数ヶ月前の「第一殿下の誕生日パーティー」の前夜にも見ていた。


 あの時も、酷かった。

 王都最高のドレスデザイナーが持ってきた自信作の数々を、アレクシスは「構造が甘い」「リリアーナの可動域を制限している」「このカッティングでは彼女のブロンドの輝きを殺す」と、学術論文のような理屈で次々と却下していったのだ。


『殿下、こちらの真紅のドレスこそ、今季の流行の最先端で……! 背中も大胆に開いておりまして、リリアーナ様の美しさを存分に……!』


『却下だ。そんな膨張色は彼女の繊細なシルエットを濁らせる。それにこの露出……これでは彼女の滑らかな背中やデコルテのラインが、全方位から無防備に晒されるだろうが。他の男の視線という不確定要素を排除した防壁のドレスにしろと言ったはずだ』


 デザイナーが泣きそうな顔で「ではストールで隠すスタイルで……」と妥協案を出してきても、「ストールの織り密度が甘い、光の加減で透けるだろうが!」と、アレクシスは光学検査のような厳しさで検品を続けていた。


 だが、その冷徹な第七王子の暴走を止めたのは、他でもないリリアーナ本人だった。


『あのですね、アレクシス様。私は普段、エプロンばかり着ていて、自分にどんなドレスが似合うのかも分からないんです。……でも』


 彼女はドレスの裾をギュッと握り、アレクシスを真っ直ぐに見上げた。


『せっかくアレクシス様のパートナーとしてパーティーに出るんですから。どうか……殿下の隣に立っても恥ずかしくない、素敵なドレスにしてください』


 その上目遣いのお願いに、アレクシスは「んんッッ!!」と息を呑んで後退し、完全に処理能力の限界を超えてショートしたのだった。


 そして迎えたパーティー当日。

 深く艶やかなサファイアブルーのドレスに身を包み、純白のシルクのストールを羽織った彼女が控え室から出てきた時、アレクシスは完全に言葉を失っていた。


『アレクシス様、その……どうですか? 変じゃ、ないですか?』

『変なわけあるか……くそっ、言葉がうかばねぇ……』


 照れくさそうに微笑む彼女に、氷の王子はバッと顔を背け、必死に深呼吸をして表情を取り繕った。そして彼女の前にスッと片膝をつき、強引に手を取って誓うように口付けたのだ。


『いいか、今日は俺の隣から一歩も離れるな。俺だけのパートナーとして、存分に輝いてみせろ』


 あの時の、耳の先から首筋までカッと朱に染め上げて見つめ合った二人の様子を、ルークは今でも鮮明に覚えている。


 ――ドレスは『一晩』のものだ。だから、あの時はルークの助け舟で妥協がついた。

 だが、今回は違う。指輪は『一生』のものだ。アレクシスのこだわりも、比例して硬度を増している。


「……殿下、石はいかがなさいましょう。やはり最高級のダイヤモンドを……」


 現実に意識を戻したルークの目の前で、アレクシスは職人の言葉を遮り、懐から小さなベルベットの袋を取り出して机に置いた。


「石は俺が用意した。ブルーサファイアだ。……それも、ただの青ではない」


「サファイア……。殿下ご自身の瞳のような、鮮やかなサファイアブルーでございますね」


「違う」


 アレクシスは職人を鋭く睨みつけた。


「俺のサファイアブルーなど、ただの鉱物の色だ。……彼女の瞳は、もっと深淵で、慈愛に満ちた海のような、温かみのあるブルーなのだ。陽光に透けた時の、あの『深い青』と完全に同期する色度でなければ認めん」


 アレクシスは自ら鉱山へ出向き、数百の原石の中から己の鑑定眼のみで選び抜いた一点を、机の上に転がした。


「この原石を使え。光の屈折角は、彼女が子どもを見守る際の見下ろしの角度――約十五度から三十度において、その『深み』が最大限に増幅されるようにカットしろ」


「そ、そのような精密な光学理論など……宝石の個体差を無視した無茶でございます……っ!」


「誤差はマイクロン単位(0.001ミリ)までだ。一点の曇りも、重心の狂いも許さん。リリアーナの指を損なうような粗悪品を納品したら、この店ごと俺の工房の薪にすると思え」


「ひっ、ひぃぃぃ……っ!!」


 職人と店主は半狂乱になりながら、分厚い仕様書とサファイアの原石を抱きしめ、逃げるように工房を後にした。


 嵐が去った工房で、静観していたルークが深大な溜息をつく。


「……殿下。せっかくの婚約指輪なのですから、もう少しロマンチックな希望はないのですか? あれでは宝飾職人へのただの技術的拷問です」


「ルーク。これ以上の愛とロマンがあるか?」


 アレクシスは予備の図面を愛おしそうに指先でなぞった。


「彼女の指に吸い付くようなフィット感、いかなる動作を妨げない重心設計、そして彼女の瞳の輝きを増幅させる光学理論……。俺の持てるすべての知識と情熱を、この数ミリの円環に注ぎ込んでいるのだぞ。……これが俺の『誠実さ』だ」


「……ええ、そうですね。殿下の激重な愛が『物理法則』として数値化されているのはよく分かりました」


 呆れ果てたルークの嫌味など、今のアレクシスには心地よい雨音でしかない。

 指輪の裏側には、肉眼では見えないほどの極小の文字で刻印を入れさせるつもりだ。


『誠実な職人より、最愛の女神へ。』


 ……ふっ。

 あの鈍感な女神が、この指輪の完璧なバランスと輝きにどんな顔をして驚くのか。

 アレクシスはまだ見ぬ完成予想図を思い浮かべ、誰も見ていないところで、隠しきれない独占欲と期待に口角をだらしなく緩ませるのだった。

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