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俺様王子は保育園で働きたい〜5歳児に本気で嫉妬する氷の王子から、激重に溺愛されています〜  作者: おおたまらん


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第40話:【番外編】第七王子側近ルークの苦悩〜三錠目

 そして、あの「靴屋での初デート」前後の殿下の狂騒ぶりも、思い出すだけで胃が痛む。


「……おい、ルーク。女は、休日に男がどのような服を着てくれば喜ぶ?」


 ある夜、殿下が深刻な面持ちで私を呼び止めた。ベッドの上には、暗殺者のような漆黒の外套から、金糸銀糸の正装までが山積みになっている。


「殿下、もしかしてリリアーナ嬢とデートですか!?」


「デ、デートではない! 明日、二人で休日に商業区へ買い出しに行くだけだ。だが、今日あの忌々しいベネット侯爵夫人が、あいつの靴を『みすぼらしい』と侮辱しおって……っ。だから明日、俺があいつに新しい靴を買ってやるんだ!」


(なるほど。侯爵夫人にバカにされた意中の女性を慰めるため、休日に連れ出してプレゼントを贈る……世間ではそれを完璧なデートと呼びます、殿下)


 気恥ずかしさを誤魔化すように早口で息巻く二十一歳の青年を前に、私は三十六歳の父親として深いため息をついた。


「殿下。靴を買いに行くのに、漆黒の外套は不審者ですし、王宮の礼服は悪目立ちします。清潔感があって、己の素材の良さを最大限に生かせる『最高級の微服』をご用意しましょう」


 結局、私がコーディネートした服に身を包み、殿下は翌日、意気揚々と商業区へ出かけていった。


 * * *


 あの日の「デート」の全貌を、後に殿下から自慢げに聞かされた時の衝撃は忘れられない。


 王都の商業区。殿下はリリアーナ嬢を高級な靴屋へ連れ込み、彼女の古い靴――前日に侯爵夫人に笑われた靴を脱がせ、なんと自ら片膝をついて新しい靴を履かせたというのだ。


「ルーク、聞いてくれ。俺が左手で靴の紐を結んでやったら、あいつ、『今日のアレク先生、まるで本物の王子様みたいですね』と言ったんだぞ! 心臓が止まるかと思ったが……あの時のあいつの赤い顔、最高に可愛かった……っ」


(……仮にも一国の第七王子が、下級貴族の令嬢の足元に跪いて靴を履かせるなど、他国の王族が見たら卒倒する事態ですよ。しかも『王子様みたい』と言われて本気で焦るとか、コメディですか)


 私の胃痛など知る由もなく、殿下のノロケは止まらない。

 おもちゃ屋でパズルや布絵本を見て保育の話題で盛り上がり、高級オープンカフェではフルーツタルトを『あーん』されて間接キス未遂。

 極めつけは、広場のパレードでの出来事だ。


「……人混みに飲まれそうになったあいつを、俺の腕の中に引き寄せたんだ。あの華奢で温かい感触……見上げてくる潤んだ青い瞳……。あそこで昼花火さえ上がらなければ、俺は絶対にキ、キス、していたはずなのに……ッ!!」


 執務机に突っ伏して、己の不甲斐なさに身悶えして悔しがる氷の王子。

 いや、もう氷の面影など一ミリもない。ただの初恋をこじらせたポンコツ青年である。


「……で、あの日、俺が買ってやったあの靴を履いて、あいつは今、俺の隣で花が咲いたように笑っているわけだ。ルーク、分かるかこの運命が」


「はあ。大変素晴らしいエピソードですね、殿下」(棒読み)


 執務室の机で、ピカピカに磨き上げられた木彫りのメンダコを愛おしそうに撫でながら、殿下は得意げに語る。


「……おいルーク。さっきから何をニヤニヤしている。早くその書類の決裁印を押せ」


「はいはい。お熱いことで」



 * * *



 そんなこんなで、彼らの距離は確実に縮まっていた。

 ある日、私が急ぎの決裁書類をもらうため、王宮を抜け出して保育園の裏手へと足を運んだ時のことだ。


 フェンス越しに園庭を覗くと、ちょうどお昼休みの時間。木陰のベンチで、殿下とリリアーナ嬢が二人並んで座っていた。


「アレク先生、ほら、顔に泥がついてますよ。じっとしててください」


「っ……! ば、馬鹿、自分で拭ける……っ」


「いいから! ほら、綺麗になりました。アレク先生は顔がいいんだから、ちゃんとしてないと勿体ないですよ?」


「なっ……! お、お前はいつもそうやって、無自覚に急所を……ッ!」


 リリアーナ嬢がハンカチで殿下の頬を拭い、屈託のない笑顔で微笑みかける。

 対する殿下は、顔はおろか首の根元まで茹でダコのように真っ赤にして、手で顔を覆って丸まってしまった。


 ……その光景を見て、私は持っていた書類の束をフェンスに叩きつけそうになった。


(おいいいいいい!!! お前ら、さっさとくっつけよ!! なんだその新婚夫婦みたいな甘ったるい空間は!! こっちは早く帰って妻の顔が見たいんだよ!)


 リリアーナ嬢もリリアーナ嬢である。

 彼女は殿下のことを「不器用だけど、仕事を手伝ってくれる照れ屋な後輩」くらいにしか思っていないのか。もともと保育士と言う母性あふれる面倒見の良い彼女は、あんなに至近距離で、無防備に世話を焼けるのだ。

 殿下が毎日、どれほどの情熱と独占欲で彼女を見つめ、夜な夜な木彫りのタコを量産しているかなど、露ほども知らないのだろう。


 一方の殿下も殿下だ。

 王族の権力を使えば、男爵令嬢など一瞬で囲い込めるはずなのに。『俺は、保育士としてあいつに認められてからじゃないと……っ』などと、変なところで純情をこじらせている。


(両片思い……いや、殿下のクソデカ矢印に対して、リリアーナ嬢が天然すぎるだけか。どちらにせよ、見ている大人の胃がもたない!)


「……ルーク? 何をしている」


 ふと、フェンス越しに鋭い声が飛んできた。

 見れば、いつの間にか『氷の刃』の顔に戻った殿下が、私をギロリと睨みつけている。その後ろでは、リリアーナ嬢が不思議そうに首を傾げていた。


「あ、あの人は……?」


「……気にするな。近所に住んでいる、ただの迷子の書類配達員だ。私生活が充実しているせいで、最近少し図々しい男だ。……おい、さっさと置いて帰れ」


 殿下はフェンス越しに書類をひったくると、「俺の女神を見るな」と言わんばかりに、リリアーナ嬢の視界から私を遮った。


「ははっ……。では『アレク先生』、お仕事頑張ってくださいね」


 私は引きつった笑顔で一礼し、踵を返した。


(……ええい、もう限界だ。若者の青春を見守るのも悪くないが、これ以上私の帰宅時間が遅くなるのはご免被る)


 この際、私が裏から手を回して、エドワード殿下あたりに『お茶会』でもセッティングしてもらおう。そこで一気に正体をバラして、外堀を埋めてしまえばいい。優秀な側近にして二児の父は、密かに暗躍を決意したのだった。



 * * *



 そして極めつけは、先日のことだ。

 保育園の一大イベント『お遊戯会』の日。貴族の保護者たちが大勢集まるため、顔バレを防ぐべく、殿下は朝から「風邪で喉が痛い」と偽り、顔の半分が隠れる巨大な布マスクをつけて出勤していった。


 その殿下が今、執務室に入ってくるなりマスクを乱暴にむしり取り、ソファーに倒れ込んで天を仰いでいた。


「……ルーク。俺は今日、二つの意味で心臓が止まるかと思った」

「お疲れ様です、殿下。お遊戯会は無事に終わったのですか? 貴族たちに正体はバレませんでしたか?」


 私が尋ねると、殿下はガバッと身を起こし、まずは得意げに鼻を鳴らした。


「フン、バレるわけがない。それよりも聞けルーク! 今日俺が本気で作った『段ボール要塞』を見た貴族どもが、『まるで最新の建築技術だ』と度肝を抜かれていたぞ!! 俺の完璧な設計の前に、王都の貴族どもも形無しだったな!!」


(……そりゃあ、王宮の軍事拠点設計にも関わる第七王子が、本物の城塞建築の技術を段ボールと廃材に全振りすれば、素人は震え上がるでしょうよ。大人気ない)


 相変わらずの建築オタクっぷりに呆れていると、殿下の顔つきが急にギラギラと熱を帯び始めた。


「だが、本当の事件は劇のクライマックスで起きた。跳ね橋のロープが絡まって、舞台が止まりそうになったのだ。俺はすぐさま書き割りの真裏に飛び込み……俺の後を追って、あいつも……リリアーナも、狭くて暗い舞台裏に入ってきた」


「ほう。それで?」


「俺はあいつに『離れろ』と警告した。だが、あいつは首を振り……俺の手の上に、自分の手を重ねてきやがったんだ!!」


 殿下は自分の右手を凝視しながら、熱に浮かされたように語る。


「真っ暗な空間で、重なる手と手。二人で息を合わせてロープを引き、見事に跳ね橋を下ろした。……だが、その反動であいつが後ろに倒れ込みそうになったのだ」


「……なるほど。それで、殿下が抱き留めたと」


「そうだ!! 気がつけば俺はあいつを腕の中に閉じ込め……その、ギュッと……っ、強く、抱きしめてしまっていたんだ……っ!!」


 殿下は両手で顔を覆い、頭から湯気を吹き出しそうな勢いで天を仰いだ。

 執務机の上で身悶えする二十一歳の青年。三十六歳の父親としては、もはや見慣れた光景である。


「至近距離で、お互いの息遣いが聞こえる暗がり……っ。あいつの華奢な体温と、甘い匂いが俺の腕の中にすっぽりと収まって……俺の理性が、完全に焼き切れるところだった……ッ」


「……ええ。それで、そのまま接吻でもなさったのですか?」


 私がヤケクソ気味に煽ると、殿下はビクッと肩を震わせ、今度は青ざめた顔で私を見た。


「で、できるわけがないだろう!! それどころじゃない!! 俺があいつを抱きしめた時、あいつは俺の手に触れて……『剣ダコ』に気づきやがったんだ!!」


「……は?」


「俺のゴツゴツした手と、とっさに庇った身のこなしを見て、あいつの目が『こいつ、ただの保育士じゃない……?』という疑念に染まっていくのが分かったんだ!! だが、俺はあいつの温もりから離れがたくて、無言のままさらに強く抱きしめて……ッ」


「ちょっと待ってください殿下」


 私は、側近としての冷静な判断力でツッコミを入れた。


「暗がりで密着し、正体を怪しまれているにも関わらず、相手を離さずさらに強く抱きしめた? ……殿下、ただの『セクハラ』ですよ」


「なっ……! セ、セクハラだと!? 違う、あれは抗いがたい引力に魂が惹き寄せられた結果であって……!」


「それで、その疑惑の密着の後はどうなったのですか?」


 私が冷ややかに尋ねると、殿下はさらに視線を泳がせ、気まずそうに咳払いをした。


「……劇が終わった後、運の悪いことに、レオの父親……宰相閣下があいつに話しかけてきやがったんだ。あいつは俺を閣下に紹介しようと振り返ったが……」


「振り返ったが?」


「俺は、その隙に……煙のように逃亡した」


 ……沈黙が落ちた。


「……殿下」


「ち、違うんだルーク!! あそこで宰相閣下に顔を見られたら、完全にジ・エンドだっただろう!? 保育士に化けているのがバレたら、俺の計画が……っ!」


「つまり殿下は」


 私は額を押さえながら、本日も胃薬の瓶を開けた。


「暗がりの舞台裏で女性を強引に抱きしめ、相手に正体を疑わせるだけ疑わせておいて、偉い人が来た途端に意中の女性を置き去りにして一人で逃げ帰ってきた、と?」


「……言葉にすると、俺が信じられないほどのクズ野郎に聞こえるな」


「事実です!!」


 私は三十六歳の大人らしからぬ大声で怒鳴った。

 もはや一国の王子に対する態度ではないが、この初恋こじらせ王子にはこれくらい言わないと伝わらない。


「殿下、いいですか。リリアーナ嬢は鈍感ですが、馬鹿ではありません。剣ダコ、洗練された身のこなし、そして宰相閣下から逃げるような態度。……間違いなく、彼女の頭の中で殿下の『正体』についての疑惑が爆発していますよ」


「……ああっ、分かっている! だがあの暗がりで、あいつが俺を見上げてきた、あの潤んだ瞳……! 『誰なの?』という疑念と、微かな熱情が入り混じったあの表情……! ああ、俺はどうしたらいい、ルーク!!」


 顔を覆って絶望しながらも、どこか密着の余韻を思い出してニヤニヤしている主君。

 もうダメだ。この男の頭の中は、国の防衛でも政治でもなく、一人の保育士のことで完全にキャパオーバーを起こしている。


「……いっそのこと、観念して正体を明かしてはいかがですか。エドワード殿下にでも頼んで、公式なお茶会をセッティングすれば……」


「ダメだ!! あいつが俺を『アレク先生』として完全に惚れ込むまでは、絶対に正体は明かさん!!」


 変なところで頑固な氷の王子を見て、私は深いため息をついた。

 正体バレのカウントダウンは、もう確実に始まっているというのに。


 どうか、この不器用すぎるバカップルが致命的なすれ違いを起こす前に、私が無事に有給休暇を取れますように。



 * * *



 ……そんな数々の迷走を経て、現在に至るわけだ。


 執務机の向こうでは、殿下がまだご機嫌な顔で、木彫りのメンダコを磨き続けている。


「……殿下。そろそろ書類の確認を」

「分かっている。これが終わったらな」


 早く仕事を終わらせて、家に帰って妻の淹れたお茶を飲もう。

 私は愛妻と娘たちの顔を思い浮かべながら、本日四錠目となる胃薬を水で流し込み、幸せボケした主君の暴走ノロケをレクイエムに、無心で書類の決裁印を押し続けるのだった。

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