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俺様王子は保育園で働きたい〜5歳児に本気で嫉妬する氷の王子から、激重に溺愛されています〜  作者: おおたまらん


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第39話:【番外編】第七王子側近ルークの苦悩〜二錠目

 また、ある夏の日のことだ。

 今日の殿下は部屋に入ってくるなり、なぜか全身が小刻みに震えていた。


「……殿下? どうなさいました。まさか、保育園の園児たちから風邪でもうつされたのですか」


「ルーク……俺は今日、命の危機を感じた……っ」


 氷の王子は、執務机に突っ伏し、顔を両腕に埋めたまま唸り声を上げた。


「命の危機? もしや、王宮内に暗殺者が!?」


「違う! ……水遊びだ!!」


 殿下がガバッと顔を上げる。その顔面は、熱でも出ているのかというほど、耳の先から首の根元まで、火傷しそうなほど熱を帯びていた。サファイアの瞳は、やり場のない熱を帯びてギラギラと揺らいでいる。


「……はあ。水遊び、ですか。娘たちも昨日庭でやりましたよ。可愛らしいじゃないですか」


「可愛いで済む問題ではない!! 今日、あいつ……リリアーナは、夏の水遊びでガキ共から水鉄砲の集中砲火を浴びて、頭からずぶ濡れになっていたのだ。……そこまではいい。だがな!」


 殿下はバンッ!と机を叩き、身を乗り出してきた。


「あいつの着ていた薄い夏用ブラウスとエプロンが……水を吸って、肌にピタリと張り付き……下の肌着のラインから肌の色まで、くっきりと透けていたのだ!!」


「ブッ……!! ゴホッ、ゲホッ!!」


 私は三十六歳の大人らしからぬ音を立ててむせ返った。


「で、殿下!? それであなたはどうしたのですか!? まさか、そのままガン見を……」


「するわけがないだろうが!! 俺は即座に自分のシャツを脱ぎ捨てて、あいつの頭からすっぽり被せ、俺の胸の中に引き寄せて隠してやった!!」


(……なるほど。意中の女性の無防備な姿に焦り、己の上着で隠して独占する。見事な乙女向けロマンス小説のムーブですね)


「お前は本当に無防備すぎる、少しは令嬢としての自覚を持てと怒鳴ってやったが……あいつ、俺の胸の中で上目遣いで『ごめんなさい』と震えてやがって……っ! あの時の破壊力たるや……俺は飛ぶかと思ったぞ!!」


「……それはそれは、大変な危機でしたね」

(殿下の理性が)


「だが、本当の危機はそこではなかった」


 殿下は再び急激に声のトーンを落とし、なぜか両手で顔を覆った。


「……そのあと、俺は昼寝の時間にガキ共の添い寝をしていて……あまりの疲労で、つい本気で寝落ちしかけていたのだ」


「ええ。水遊びは重労働ですからね。お疲れ様です」


「だが、ふと意識が浮上した時。……俺のすぐ目の前に、あいつが立っていた」


 殿下の声が震えている。私は生唾を飲み込んだ。


「俺は反射的に狸寝入りを決め込んだ。そうしたら、あいつが俺の寝顔を見下ろしながら、ポツリと……こう呟いたんだ」


 殿下は、ゆっくりと顔を覆っていた手を離した。その顔は、今にも泣き出しそうなほど歪んでいるのに、口角だけがだらしなく上がりきっていた。


「『……すごく、かっこいい』とな」


「……………………は?」


 私は、自分が聞き間違えたのかと思い、耳を疑った。


「かっこいい、だと!? あの、天然の権化みたいなリリアーナ嬢が!? 殿下の顔を正面から見て!?」


「ああ!! 聞こえちゃったかもしれないとパニックになったあいつが逃げ出した後、俺は……俺はあまりの衝撃に、園児を抱きしめたまま丸まって、しばらく息ができなかった……ッ!!」


 殿下は再び机に突っ伏し、「心臓がもたねぇ……」と苦しげに呻いている。


 ――私は、本日も胃薬を静かにポケットから取り出した。


 なるほど、これは確かに命の危機である。

 あの鈍感なリリアーナ嬢が無意識に放った「かっこいい」の一言は、殿下の寝顔という完璧なシチュエーションも相まって、この初恋こじらせ王子の急所を見事にえぐり取ったらしい。


「……良かったですね、殿下。リリアーナ嬢は確実に、殿下を『男』として意識し始めていますよ」


 私がヤケクソ気味に祝福すると、殿下はクッションに顔を埋めたまま、ブンブンと首を横に振った。


「違う!! あいつは寝顔がかっこいいと言っただけで、中身の俺を評価したわけではない!! 俺は顔や権力ではなく、俺の『中身』で勝負すると決めているのだ!! 次こそは、起きている俺の姿を見て惚れ直させてみせる……ッ!!」


 ……ダメだ、この主君。顔の良さという最大の武器を自ら封印し、変なところで純情をこじらせている。


 このめんどくさい両片思いが成就するまでに、私の胃粘膜があと何回崩壊の危機を迎えるのか。もはや数えるのもやめようと、私は心に誓ったのだった。



 * * *



 そんな折、面白半分で様子を見に行ったエドワード第三王子殿下が、保育園に嵐を巻き起こした。


 エドワード殿下といえば、王宮の令嬢たちを次々と腰砕けにする『キラキラ王子様スマイル』の持ち主で、常に大人の余裕にあふれている。端的にいうと『女たらし』だ。

 そんな兄君が意中の女性に接触したとあれば、独占欲の塊であるアレクシス殿下は烈火の如く怒り狂い、執務室を氷河期に変えるに違いない。


 ……そう思って、私は厚手のコートまで用意して待機していたのだが。


 バンッ! と勢いよく扉が開く。


「……ルーク。聞け」


 現れた殿下は、不機嫌どころか、なんだかフワフワとした足取りでソファーに崩れ落ちた。そして、両手で顔を覆っているが、指の隙間から見える肌が限界まで上気している。


「で、殿下? エドワード殿下がいらしたのでしょう? 大丈夫でしたか?」

「ああ……兄上はあいつに、あの無駄にキラキラした笑顔と『大人の余裕』を見せつけようとしていた。……だがな」


 殿下は顔を覆った指の隙間から、ギラギラと熱を帯びたサファイアの瞳を私に向けた。


「あいつ、俺にこう言ったんだ。『エドワード様の良さが余裕なら、アレク先生の良さは“誠実性”ですね。本人の素質によるものなので、素晴らしいと思います』と……っ!!」


「……ほう」


「分かるかルーク! あいつは兄上の見え透いた色気になど微塵もなびかず、俺の『誠実さ』という本質をしっかりと見抜いて、大絶賛したんだぞ!! しかも『本人の素質』だと!! これが運命でなくてなんだ!!」


(……いや、殿下。エドワード殿下のすぐ人を虜にする『キラキラ王子スマイル』に、あなたが彼女を必死に落とそうと空回りしてる不器用さが露呈したところを、彼女が焦ってフォローしただけでは?)


 喉まで出かかったツッコミを、私は冷たい水と共に胃の奥へ流し込んだ。


「それは素晴らしいですね。リリアーナ嬢は、殿下の本質をよくご理解されている」


「ああ、全くだ! やはり俺たちは心が通じ合っている! ……俺は誠実な男だからな!」


(誠実な男は、身分を偽って意中の女性の職場に潜入したりしませんよ、殿下)



 次の日。

 氷の王子が、熱に浮かされたような声で呟く。


「ルーク……俺は、取り返しのつかないことをしてしまったかもしれない」

「取り返しのつかないこと? まさか、身分がバレたのですか!?」


「違う! ……昨夜、俺は密かに『特訓』をしたのだ。エドワード兄上の、あの忌々しい『キラキラ王子様スマイル』を、俺が完全に再現するための特訓をな」


(……一国の王子が、徹夜で何をやってるんですか)


 呆れる私をよそに、殿下はガバッと身を起こし、ギラギラと熱を帯びたサファイアの瞳で語り始めた。


「そして今朝。俺は保育園の扉を開けるなり、その完璧な笑顔を披露したのだ。『おはよう、愛らしい子猫ちゃんたち』と、甘い声でな。……結果はどうだ。俺の不機嫌オーラに怯えがちだったガキどもすら、頬を染めて見惚れていたぞ」


「……ほう。それは見事な成果ですね。さすがは王族の遺伝子です」


「だろう!? そこで俺は、本命であるあいつ……リリアーナの前に歩み寄り、流し目を送って手を握ってやったのだ。そして言ってやった。『君は朝露に濡れた一輪の白百合のようだ。俺の誠実さと余裕の前に、心も奪われてしまったんじゃないかな?』とな!!」


「ブッ……!! ゴホッ、ゲホッ!!」


 私は三十六歳の大人らしからぬ音を立てて、飲んでいたお茶を吹き出した。


(白百合!? 心を奪われた!? 殿下、あなた王立図書館の三流ロマンス小説を丸暗記したんですか!? 痛い! 見ているこっちが恥ずかしくて胃が痛い!)


 しかし、初恋をこじらせたポンコツ青年は、私のむせ返る姿など全く気にしていない。彼は顔を真っ赤に染め、震える両手で自分の顔を覆った。


「そうしたらルーク!! あいつ……っ、俺の完璧な笑顔を至近距離で浴びて、顔から火が出るほど真っ赤になったんだ!!」


「……ええ。そりゃあ、普段無愛想な超絶美形にそんな不意打ちをされれば、誰でも赤面するでしょう」


「しかもだ!! あいつは顔を真っ赤にしたまま、両手を胸の前で合わせてお祈りでもするように組み……上目遣いで、俺のことを潤んだ瞳で見つめてきやがったんだぞ!! 『ごちそうさまです』とでも言いたげな、あの顔で!!」


 殿下は興奮のあまり立ち上がり、自分の胸をバンバンと叩いた。


「分かるかルーク! 俺の『キラキラスマイル』の破壊力で、あの子どもにしか興味なさそうな保育士が、完全に俺に落ちかけたのだ!! 俺の作戦は、完璧に成功したんだ!!」


「……素晴らしいですね」


 私は冷静に相槌を打った。

 そこまで完璧に甘いムードを作り上げ、相手の令嬢も真っ赤になって見つめ返してきているのだ。普通の男なら、そのまま口付けの一つでも落とすだろう。


「それで、殿下。そのあと、どうされたのですか? ついにプロポーズの言葉でも?」


 私がそう尋ねた瞬間。

 殿下はピクリと動きを止め、急に声のトーンを落として、なぜか遠い目をした。


「……あまりにも、可愛すぎたんだ」

「はい?」


「あいつが、真っ赤な顔で上目遣いをしてくるのが……あまりにも、あまりにも可愛すぎて……俺の方も心臓が爆発するかと思ったんだ……ッ!! 俺の処理能力の限界を超えてしまったんだよ!!」


 嫌な予感がする。私の側近としての防衛本能が、激しく警鐘を鳴らしていた。


「限界を超えて……殿下、まさか」


「気づいたら、俺はあいつに向かって『お前、なんて顔してんだよ!!』と怒鳴り散らし……」


「怒鳴り散らし?」


「そのまま園庭の隅にしゃがみ込み……ダンゴムシのように丸まっていた」


「…………」


 私は、本日二度目となる深いため息をついた。いや、もはや魂が口から抜け出そうだった。


 他国の王族すら震え上がる『氷の刃』。常に傲岸不遜で、隙を見せない第七王子が。

 徹夜で完璧な笑顔を練習し、いざ意中の女性に見事なクリーンヒットを決めたというのに。

 相手の可愛さに耐えきれず、自ら「ダンゴムシ」に成り下がったというのか。


「丸まっていたらな、ガキ共に『おっきなダンゴムシだー!』とツンツン突かれて……あいつには『ふふっ、あははははっ!』と、腹の底から笑われた……」


 絶望的な報告を終え、殿下は再びソファーに沈み込んだ。

 しかし、その顔に後悔の色はない。むしろ、思い出し笑いでもするように、耳まで赤くしてニヤニヤと口角を上げている。


「だがなルーク。完璧な王子様を演じるより、ダンゴムシになってあいつが笑ってくれるなら……俺は、兄上に少しだけ感謝してもいいと思っている」


 ――ダメだ、この主君。

 自分の威厳が崩壊したことよりも、好きな女の笑顔の方を喜んでいる。完全に飼い慣らされているではないか。


「……そうですか。殿下の『誠実さ』がリリアーナ嬢に伝わったようで、何よりでございます」


 私は半ばヤケクソでそう答えるしかなかった。

 自分の攻撃の反動で自爆するような男が、彼女を手に入れられるのはいつになることやら。どうか私の胃に穴が空く前に、この不器用すぎるバカップルがくっついてくれることを、切に願うばかりである。


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