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俺様王子は保育園で働きたい〜5歳児に本気で嫉妬する氷の王子から、激重に溺愛されています〜  作者: おおたまらん


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第37話:運動会

 秋晴れの空の下、ついに王立貴族保育園の第一回運動会が幕を開けた。

 万国旗が風にたなびき、園庭には豪華な衣装に身を包んだ貴族の保護者たちがズラリと並んでいる。


「――諸君。本日は、この国を担う幼き芽がその力強い一歩を刻む、記念すべき日である」


 開会の挨拶に立つのは、当園の副園長、第七王子アレクシス様だ。

 王族が副園長を務めているのだから、彼が壇上に上がるのは当然の義務。今日は運動会らしく動きやすい服装に、いつもの『クマのアップリケ』がついたエプロンという出で立ちだ。にもかかわらず、朝礼台に立つその姿は、彫刻のような美しさと圧倒的な威厳を放っている。


(……うーん、スピーチは完璧。かっこよすぎて眩しいくらい。でも……)


 案の定、周囲の空気はキンキンに冷えていた。アレク先生の正体が第七王子殿下だとバレて以来、彼は『冷徹な氷の王子』として保護者たちから恐れられているのだ。可愛いエプロン姿で彼がひとたび眼光を鋭くすれば、並み居る伯爵や公爵たちが「ひっ」と肩を揺らす。


 そんな副園長の「威圧のスピーチ」とは対照的に、競技が始まれば現場は修羅場である。

 泣き出す子を抱き上げ、コースを逸れる子を追いかけ、私は前世のベテラン保育士スキルをフル回転させて立ち回った。


「リリアーナ先生、あっちで子どもが転んでます!」

「はーい、今行きます! よしよし、痛くないよー、頑張ったね!」


 私が笑顔で子どもたちを宥めるたび、保護者席からは温かな視線が送られる。特に若いパパさんたちからの人気が凄まじい。「先生、お疲れ様です!」「後で差し入れを持っていきますね」なんて爽やかに声をかけられ、私は「ありがとうございます!」と愛想を振りまく。


 ……が。それが面白くない男が一人。


 お昼休み。ようやく取れた休憩時間、アレクシス様は隅っこに用意された天幕の下で、地獄のような形相で座っていた。


「……リリアーナ。あいつらは、お前を狙っている」

「アレクシス様、またそれですか。皆さん、ただの保護者ですよ?」

「いや、あの若造どもの目は不埒だ。……俺はあんな奴らに、お前を『先生』と呼ばせるのも腹立たしい」


 嫉妬心でパンパンに膨れ上がったアレクシス様。私は苦笑しながら、持参した二段重ねの重箱を広げた。


「ほら、機嫌直してください。今日のために、アレクシス様の好きな甘い卵焼きとタコさんウインナー、頑張って作ったんですよ」

「…………」


 私が「あーん」と卵焼きを差し出すと、アレクシス様は一瞬で毒気が抜けたように「ッ……!」と耳を真っ赤にした。

 そして、恥じらいながらもパクッと卵焼きを頬張り、とろけるような……いや、完全に目元も口角も緩んだ、だらしない顔になった。


「……美味い。……リリアーナ、もう一つだ」


「ふふ、はいどうぞ。――今日のスピーチ、とってもかっこよかったです。流石、私の自慢の婚約者ですね」


 あの冷徹な第七王子が、クマさんのエプロンを着たまま、婚約者に餌付けされて相好を崩している。そのあまりのギャップに、遠巻きに見ていた保護者や他の先生たちからも「お熱いねぇ……」「流石は凄腕保育士リリアーナ先生」とニヤニヤとした視線が集まり始めた。


 さらに、風に乗って保護者のマダムたちのヒソヒソ話が耳に飛び込んできた。


「ねえ、聞いた? なんでも、第七王子殿下はリリアーナ先生に一目惚れして、彼女を口説き落とすためにわざわざ身分を隠して保育園に潜入して下働きしてたんですって!」


「きゃー!! なにそれ、おとぎ話みたいで素敵……!」


「氷の王子様が、運命のお姫様をさらっていくなんて……ロマンチックねぇ」



「――ブッ!!? ゴホッ、ゲホッ!!」


 その瞬間、アレクシス様が見事にむせ返り、頬張っていた卵焼きを危うく吹き出しそうになった。

 慌てて口を両手で覆い、肩を震わせて激しく咳き込んでいる。


「あ、アレクシス様!? 大丈夫ですか、お茶、お茶飲みますか!?」


「ゲホッ、ゴホッ……! い、いつの間にそんな噂が……ッ! いや、一目惚れなのは事実だが……! 保育園に潜入したのは結果論であって……ッ!」


 完全に図星を突かれてしまった氷の王子は、誰にも聞こえないような小声で必死に弁解しながらも、顔はおろか首筋から耳の先まで瞬く間に火照り上がった。焦りと羞恥に顔を歪ませ、いつもの冷徹さは跡形もない。

 そして、慌てて天幕の奥へと逃げ込み、誰の視線も届かない場所で顔を覆ったまま、しばらく動けなくなってしまった。


 その微笑ましすぎる姿に、保護者たちからのニヤニヤとした視線は、もはや生温かいものへと変わっていた。



 * * *



 気を取り直して迎えた、午後の部も終盤。いよいよ最後の親子競技――『二人三脚大障害物競争』だ。

 ここでハプニングが起きた。「ちびっこ宰相」ことレオくんのパパが、急な公務で呼び出しを受けて抜けてしまったのだ。


「……フン。仕方ないね。僕は一人で走るよ」


 レオくんがポケットに手を入れたまま、寂しさを隠すように鼻を鳴らしたその時。


「待て、レオ。俺が『父代わり』を務めてやる」


 アレクシス様が、颯爽とレオくんの前に立った。


「……アレク先生。貴殿、本気か?」

「俺は、自分が認めた者に対して嘘はつかん。……お前の『父』に代わって、勝利を届けてやる」


 二人は足を結び、絶妙なコンビネーションでコースを爆走した。アレクシス様がレオくんをリードし、最後は彼を肩に担いで一位でゴール。

 レオくんは息を切らしながらも、不敵に笑ってアレクシス様を見上げた。


「……いいだろう。一人の男として、そして保育士として、貴殿を認めてやってもいい。……まあ、僕の心の第一位はリリアーナ先生だけどね」


「……お前、一生俺の隣に並ぶ気はないようだな」


 男同士の意地の張り合いに、観衆からはこの日一番の拍手が送られた。


 閉会式。園児全員に金メダルを授与する時間。

 午前中の「怖い顔」を私にこっぴどく怒られたアレクシス様は、ついにあの『最終兵器』を解禁した。


「さあ、よく頑張ったね。君の誠実な努力、僕は忘れないよ」


 エドワード殿下直伝の、キラキラ王子様スマイル全開バージョンである。

 幻覚の薔薇を背負い、甘い囁きと共にメダルをかけていくアレクシス様に、子どもたちは頬を染め、保護者の令嬢たちはバタバタと失神していった。


「……どうだ、リリアーナ。これなら文句はあるまい」


 勝ち誇ったように私を見下ろすサファイアの瞳。そのあまりにも完成された極上のスマイルを正面から浴びて、私は一瞬、言葉を失ってうっとりと見惚れてしまった。


「……完璧です! 殿下!!」

「ふっ、だろう?」


 運動会は、これ以上ないほど和やかに終了した。



 * * *



 後片付けを終え、二人きりになった帰り道の馬車の中。

 私は心地よい疲れと共に、アレクシス様の肩に頭を預けた。


「アレクシス様、今日はお疲れ様でした。副園長、大活躍でしたね」

「……ああ。だが出番はまだ終わっていないぞ」


 アレクシス様が、不敵な笑みを浮かべて私の腰をグイッと引き寄せた。

 そして、逃げ場をなくすように私の耳元へと顔を寄せ、甘く低い声で囁く。


「午前中、あんなパパどもに隙だらけの笑顔を見せたお仕置き……そして、お前の手作り弁当への報酬だ」


「え、あ……っ」


 吐息混じりに囁かれた言葉の「意味」に気づき、私の顔は一瞬で沸騰した。

 どうやら、本当の勝負、夜の運動会は、これから始まるらしい。

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