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俺様王子は保育園で働きたい〜5歳児に本気で嫉妬する氷の王子から、激重に溺愛されています〜  作者: おおたまらん


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第34話:あんなに熱心に『観察』してくれたお礼だ

「……アレクシス様?」


ふと意識が浮上したとき、視界はしんと静まり返った闇に包まれていた。

 カーテンの隙間から差し込む月光が、部屋の隅を淡く照らしている。リリアーナは自分がまだソファに座っていることに、ゆっくりと状況を思い出した。


軍服のボタンと格闘しているうちに、いつの間にか二人で深い眠りに落ちてしまったのだ。アレクシスにかけたはずの毛布が、今はリリアーナを包み込むように掛け直されている。


膝の上にあったはずの重みが消えていることに気づき、リリアーナが慌てて体を起こすと、ちょうど浴室の扉が開いた。


「……起きたか」


湯気と共に現れたのは、すでにシャワーを終えたアレクシスだった。

 軍服を脱ぎ捨て、薄手の室内着を無造作に羽織っただけの姿。濡れた銀髪から滴る水が鎖骨を伝い、服の隙間に吸い込まれていく。深夜の静寂の中、そのあまりの無防備な色気に、リリアーナは心臓が跳ねた。


「おはようございます……じゃなくて、今、何時ですか? 私も寝ちゃって……」


「……三時だ。お前の膝が、心地よかったせいだな」


アレクシスは少しバツが悪そうに、けれどどこか熱を帯びた瞳でリリアーナを見下ろすと、ベッドの端を顎で示した。


「……おい、リリアーナ。お前もさっさと浴びてこい。そのまま寝ると風邪を引くぞ」


「えっ? あ、はい! すみません、すぐに……っ」


なぜか少し機嫌が悪そうに見える彼に急かされ、リリアーナは慌てて浴室へ逃げ込んだ。

 熱いシャワーを浴びながら、彼女は首を傾げる。


しばらくして、さっぱりした顔で浴室から出ると、そこには意外な光景が待っていた。

 アレクシスがベッドの端に座り、大きなタオルを手に持って待っていたのだ。


「あ……アレクシス様? どうしたんですか、そんなところで」


「……フン。お前をシャワーに追い払ったのは、独りで二度寝するためじゃない。こっちへ来い」


アレクシスはぶっきらぼうに言い放つと、リリアーナの腕を引いて自分の足の間に座らせた。

 戸惑う彼女の頭にバサリとタオルを被せると、大きな手でガシガシと、けれど地肌を傷つけない絶妙な力加減で髪を拭き始める。


「……っ、アレクシス様、自分でやれますから!」


「黙ってろ。……昨夜、俺を散々もみくちゃにして、あんなに熱心に『観察』してくれたお礼だ」


「……? 観察、ですか? お礼を言われるようなこと、しましたっけ……」


本気で首を傾げるリリアーナに、アレクシスはタオルの上から「ぐいっ」と彼女の頭を少し乱暴に揺らした。


「……お前、自分が何をしたか、本当にか分かってねぇのか」


「えっ……かっこいいアレクシス様を、たくさん見せていただいたことですか? はい! 本当に素敵でした!」


曇りのない笑顔で振り返るリリアーナ。その「なんで怒ってるんですか?」と言いたげな純粋な瞳を見て、アレクシスは深い、深い溜息をついた。


「……ったく。無自覚なのも大概にしろ」


タオルを持つ手が止まり、アレクシスの顔がリリアーナの首筋へと近づく。

 あれほど執着していた『印』は、もうどこにもない。真っ白で綺麗なままのうなじに、彼は不満そうに鼻先を寄せ、深く息を吸い込んだ。


「……やっぱり、良い匂いがする」


「……っ、アレクシス様?」


「昨日、お前が俺の軍服をあんなに脱がしたがってたのは……こういう展開を期待してたからじゃねぇのか? ん?」


「えっ、あ、違いますよ! 軍服とか制服とかなんか憧れるじゃないですか! 軍服フェチ?みたいな」


「なるほど? 俺じゃなくて軍服が好きなわけだ」


「そ、そういうわけじゃ……っ!」


必死に弁明するリリアーナの左手を、アレクシスがひょいと取り上げた。

 濡れた指先を自分の大きな掌で包み込み、薬指の付け根を、親指の腹でゆっくりと、サイズを測るように丁寧になぞる。


「……指が細すぎて、折れそうだな」


「え……?」


「……っ。アレクシス様、昨夜はあんなにお疲れだったんじゃ……」


「……フン。お前のせいで、すっかり目が冴えちまったんだよ。……朝までたっぷり可愛がってやるから、覚悟しておけ」


不敵に笑うアレクシスの腕に閉じ込められ、リリアーナはようやく彼がなぜ「怒って」いるのかを察して、深夜の静寂の中、みるみるうちに顔を赤く染めていくのだった。



 * * *



窓の隙間から差し込む光が、部屋の輪郭を白く浮かび上がらせていく。

 それに気づいたときには、すでに夜が完全に明けていた。


 深夜に始まったアレクシスの「報復」は到底一度で終わるはずもなく、甘く激しい熱情に身を任せているうちに、気づけば朝を迎えてしまったのだ。


「……すっかり明るくなっちまったな」


シーツに絡まり、ぐったりと息を弾ませるリリアーナの耳元で、アレクシスが低く掠れた声で囁く。

 彼から放たれる熱はまだ微かに燻っており、そのサファイアの瞳は満足感でトロンと甘く蕩けていた。


ほどなくして、部屋の前に朝食のワゴンが運ばれてきた音がした。

 香ばしいパンの匂いに誘われて、リリアーナはどうにか身を起こそうとしたが、腰から下は鉛のように重く、シーツを握りしめていた指先はプルプルと震えて力がまったく入らない。


「……あ、れ。力、が……」


不甲斐ない自分にため息をついていると、アレクシスがふわりと彼女を抱き上げ、自分の膝の上に座らせた。


「……無理するな。あれから一睡もさせなかったのは俺だからな」


彼はリリアーナを背後からすっぽりと包み込むようにすると、銀のスプーンで完熟したフルーツと冷たいヨーグルトを掬い、彼女の口元へ運ぶ。


「ほら、口開けろ」

「ア、アレクシス様に、そんなことしていただくなんて!」

「……なんだ、まだ満足してなかったのか?」


リリアーナがブンブン首を横に振ると、彼は自分の食事は後回しにして、リリアーナが飲み込むのをじっと見守り、小さな喉が動くたびに嬉しそうに目を細めた。


「美味しいか?」


 徹夜明け特有の、いつもよりさらに低く掠れた声が耳に心地よく響く。


「はい……」


力なく答えると、アレクシスは彼女の口元に付いたヨーグルトを親指で拭い、そのまま自分の唇で舐め取った。夜通し貪り尽くした獣のような激しさは消え、今はただ、限界まで疲弊させた彼女を甘やかすことだけに全神経を注いでいるような、深い慈しみがそこにあった。


コンコン、と。

 とろけるような朝食の時間を引き裂くように、無情なノックの音が響いた。


「殿下。いい加減にしないと、帰還報告をすっぽかされた陛下が、痺れを切らしてこの部屋に乗り込んできますよ。……お疲れのところ申し訳ありませんが」


 扉の向こうからのルークの呆れたような声に、アレクシスは盛大に舌打ちをした。


「……あと、リリアーナ様もそろそろ保育園に出勤のお時間です」


「あ〜あ、俺もまた、子どもに戻りたいなー」


 文句を言いながらも、アレクシスは名残惜しそうにリリアーナの首筋に深く顔を埋め、最後の悪あがきにとばかりに大きく息を吸い込んだ。


「……行くか」


アレクシスは国王への帰還報告に向かうため、昨夜の軍服とは別の、威厳ある王族の正装に身を包む。リリアーナもまた、いつもの着慣れた保育園のエプロンに着替えた。


「アレクシス様、いってらっしゃいませ。陛下へのご報告、頑張ってくださいね」

「……ああ。終わったら、すぐ保育園に行く」


エプロン姿のリリアーナの額に、優しく、労わるような口づけを落とす。


気だるさと、胸が痛くなるほどの甘い余韻を引きずりながら。二人はそれぞれの「日常」へと、後ろ髪を引かれる思いで歩き出した。

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