第27話:俺だけのパートナーとして、存分に輝いてみせろ
「月末に、第一殿下……俺の長兄の誕生日パーティーがある。ダンスなどはなく、食事をして会話を楽しむタイプの夜会なのだが……俺のパートナーとして、一緒に来てくれないか」
ある日の夕食後、お茶を飲んでいたアレクシス様から改まってそう告げられ、私は「えっ」と目を丸くした。
「第一殿下の誕生日……それって、王族や上位貴族の方々がたくさん集まる、ものすごいパーティーですよね?」
「ああ。だが心配はいらない。俺がずっと隣にいるし、堅苦しい挨拶は俺がすべて引き受ける」
「それは心強いですけど……私、そんな場所にふさわしいドレスなんて持っていませんよ!」
私が慌てて首を振ると、彼はふっと優しく微笑んだ。
「そのことなら心配ない。お前のドレスは、俺がすべて手配してプレゼントしてやる」
以前、彼がプレゼントしてくれたブルーのドレスも、私の雰囲気にぴったり合っていてすごくセンスが良かった。
だから私は、「それなら……」と安心して彼にお任せすることにしたのだが――それが甘かったと思い知るのは、翌日のことだった。
* * *
「さあ、リリアーナ様! まずはこちらの真紅のドレスから!」
「次はエメラルドのAラインを! 宝石はこちらの箱のものから選ばせていただきます!」
翌日の午後。
王宮の一室に、王都で一番と名高いデザイナーと針子たち、そして大量のドレスと、城が一つ買えそうなほど山積みにされた宝石箱が並べられていた。
「ええっ!? ちょっと、こんなに着れませんって!」
「構わん。全部お前に似合うはずだ。すべて着せてみろ」
腕を組んでソファに深く腰掛けるアレクシス様は、大真面目な顔でとんでもないことを言っている。
そこから、私の果てしない着せ替え人形の時間が始まった。しかし、ドレス選びは一向に進まない。なぜなら……。
「殿下、こちらのドレスはいかがでしょう。リリアーナ様はデコルテのラインと背中が大変美しいので、思い切って開けたデザインで魅せた方が……」
「却下だ。そんな無防備な姿を、他の男に見せる気か。隠せ」
デザイナーの提案を、アレクシス様が即座に遮る。
「で、では……ドレスのデザインはそのまま活かし、上から最高級のシルクのストールを羽織って、肌を隠すスタイルはいかがでしょう? これなら上品にまとまります」
「……それなら、まあ許す。だが……」
アレクシス様はソファの肘掛けに頬杖をつき、さっきからブツブツと呪文のように文句を言い続けている。
「ただでさえこいつは、いつも無造作に束ねているだけのブロンドの髪をほどいただけで、見違えるほど綺麗になるんだ。それにそのブルーの瞳も、愛嬌たっぷりの笑顔も……普段の面倒見の良さが内面から滲み出ているせいで、老若男女問わず惹きつけてしまう……。ああくそっ、やっぱり誰にも見せたくない……」
「……アレクシス様、全部聞こえてますよ」
私がジト目で睨むと、彼は「うっ」と口ごもった。
頭を抱えて悶え始める殿下を見て、デザイナーも針子も困り果てている。私はため息をつき、アレクシス様の前に歩み出た。
「あのですね、アレクシス様。私は普段、保育園でエプロンばかり着ていて、オシャレなんて全然分かりません。メイクだって適当だし、自分にどんなドレスが似合うのかも分からないんです」
私は少しだけ俯き、ドレスの裾をギュッと握った。
「でも……。せっかくアレクシス様のパートナーとしてパーティーに出るんですから。どうか……殿下の隣に立っても恥ずかしくない、素敵なドレスにしてください」
上目遣いでそうお願いすると、アレクシス様は「んんッッ!!」と息を呑み、一歩後退りした。
「……ル、ルーク……! 聞いたか、今の……俺の隣に立つためにと……っ! なんて……ブツブツ!」
「はいはい。殿下、いい加減にしないとリリアーナ様が疲れてしまいますよ。お色は、こちらになさるのですよね。デザインはストールで隠すスタイルで進めなさい」
見かねたルークさんが呆れ顔で、場を仕切ってくれ、ようやく私のドレスは決定したのだった。
* * *
そして、パーティー当日。
プロの侍女たちによって完璧なメイクを施され、美しく結い上げられたブロンドの髪に、アレクシス様が選んでくれたドレスを身に纏った私は、控え室の大きな鏡の前に立っていた。
(すごい……これ、本当に私……?)
深く艶やかなサファイアブルーのドレス。背中やデコルテは大胆に開いたデザインだが、アレクシス様の強い要望により、上からふんわりと羽織った純白のシルクのストールが、露出を上品に隠している。
鏡の中には、いつもの愛嬌のある親しみやすさを残しつつも、見違えるほど綺麗に洗練された『王子の婚約者』が立っていた。
一方で、控え室の外――廊下は、まるで氷点下のようなピリピリとした空気に包まれていた。
「……遅い。いつまで俺を待たせる気だ」
「も、申し訳ありません、殿下! 女性の身支度にはどうしてもお時間がかかるものでして……」
「知るか。俺は一秒でも早く、アイツの顔が見たいと言っているんだ。さっさと連れてこい」
待ちくたびれて不機嫌の極みに達している仕立ての良い漆黒のタキシードを纏ったアレクシスに、側近のルークが胃を押さえながら必死になだめている。
周囲に控える侍女や護衛たちは、冷徹な第七王子の放つ恐ろしい俺様オーラにガタガタと震え上がり、(ひぃぃ……誰か早くこの地獄を終わらせて……っ!)と心の中で悲鳴を上げていた。
そこへ――ガチャリと控え室の扉が開いた。
「アレクシス様、お待たせしました!」
準備を終えた私が廊下へと顔を出す。
「リリアーナ、遅いぞ。俺をここまで待たせるとはいい度胸……」
文句を言いながら振り返ったアレクシス様の言葉が、ピタリと止まった。
「アレクシス様、その……どうですか? 変じゃ、ないですか?」
私が少し照れくさそうに微笑みながら振り返ると。
彼は目を見開いたまま、完全に石像のように固まってしまった。サファイアブルーの瞳が、自分と同じ色のドレスを着た私を食い入るように見つめている。
「ア、アレクシス様?」
数秒の沈黙の後。アレクシス様は片手で口元を覆い、バッと勢いよく顔を逸らした。
「……っ」
「えっ、やっぱり変でしたか!?」
「違う……! 変なわけあるか……くそっ、言葉がうかばねぇ……」
その瞬間、周囲の侍女たちは(((あ、あの氷の俺様殿下が、一瞬で骨抜きにされている……!! リリアーナ様、ナイスタイミング!! 助かったぁぁぁ……っ!!)))と、涙ぐみながら私に拝むような視線を向けていた。
アレクシス様は何度か深呼吸をすると、ふっと表情を引き締め、いつもの『完璧な第七王子』の顔を作って私に向き直った。ただ、そのサファイアの瞳だけは、隠しきれないほどの熱を帯びて真っ直ぐに私を見つめている。
彼は静かに歩み寄ると、私の前にスッと片膝をつき、恭しく私の手を取った。
「……アレクシス様?」
「……ったく。お前はどこまで俺を狂わせれば気が済むんだ」
私の手の甲に、誓うようにそっと口付けを落とす。
「いいか、今日は俺の隣から一歩も離れるな。俺だけのパートナーとして、存分に輝いてみせろ」
「あ、ありがとうございます」
照れ隠しの悪態から一転、そのあまりにも強引でスマートなエスコートに、今度は私の方がボンッと顔から火を噴く番だった。
「行くぞ、リリアーナ」
彼が満足げに微笑んで私の腕を取る。
こうして私たちは、侍女たちの安堵の溜息に見送られながら、王宮での初めてのパーティーデビューに向けて、並んで馬車へと乗り込んだのだった。




