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俺様王子は保育園で働きたい〜5歳児に本気で嫉妬する氷の王子から、激重に溺愛されています〜  作者: おおたまらん


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第26話:アレクくん! どうしたの〜? 抱っこしましょうね〜!

ボロアパートからの引っ越し作業を終え、ようやく王宮の新しい部屋に荷物を運び込んだ日の午後。

 ふかふかのソファに倒れ込み、「やっと終わった……」と大きく息を吐き出していると、不意に重厚な扉が開いた。


「……リリアーナ」


そこに立っていたのは、公務終わりの正装のまま、少しだけ息を切らしたアレクシス様だった。


「アレクシス様? どうしたんですか、そんなに急いで……」

「……急ぎの公務を、すべて終わらせてきた。夕食まで、お前との時間が作れる」

「えっ、あんなに山積みだった書類をもう……?」

「お前を一人で待たせるわけにはいかないだろう」


彼はツカツカと歩み寄ると、有無を言わさぬ強さで私の手を取り、ぐいっと引き寄せた。


「さあ、来い。片付けも一段落したんだろう? 俺が直々に城の中を案内してやる。俺の庭や、とっておきの図書室を……お前に見せておきたいんだ」


少し強引だけれど、熱を帯びた瞳で見つめられれば、断れるはずがない。

「さんぽ、ですか? でも私、こんな格好で……」

「気にするな。お前はどこにいても、俺のたった一人の婚約者だ。……誰の目にも触れさせたくないのが本音だがな」


彼は私の手を自身の腕に絡ませると、満足げに微笑んで歩き出した。


* * *


アレクシス様にエスコートされながら、私たちは高い天井と豪華な装飾が続く回廊を歩いた。

 すれ違う侍女や騎士たちが、驚いたように足を止め、深く頭を下げる。そのたびに私は緊張して背筋を伸ばしたが、アレクシス様は私の手を握る力を強め、優しく微笑みかけてくれた。


「ここは冬でも花が絶えない温室で、あっちに見える塔が……」


楽しそうに城の歴史を語る彼を見て、私は改めて「この人は本当に王子様なんだなぁ」と実感する。

 けれど、そんな穏やかなお散歩デートは、ある一室の前を通りかかった瞬間に一変した。


「ギャァァァァァン!! ぎゃあぁぁぁん!!」


豪華な扉の向こうから、鼓膜を突き刺すような激しい泣き声が漏れ聞こえてきたのだ。

 アレクシス様がピタリと足を止め、眉をひそめる。


「……応接室か。確か、隣国から外交で訪れている公爵夫妻が滞在しているはずだが」


扉が開くたびに、絶望的な泣き声と「困りましたね……」「どうすれば……」という大人たちの困惑した声が廊下まで溢れてくる。

 声の主は、夫妻の幼い息子、ルディくん(3歳)だった。


(あ、これは完全に『イヤイヤ期』と『環境変化のストレス』のコンボだわ……)


お茶を運ぶ手伝いをしている侍女たちが、半泣きで部屋から出てくる。

 アレクシス様も「これでは外交の話どころではないな……」と冷や汗を流している。


――その瞬間、私の中でカチッと『保育士スイッチ』が入った。


「アレクシス様、ちょっと失礼します」

「えっ、リリアーナ!? どこへ……」


私はアレクシス様の手を離すと、迷うことなく騒乱の応接室へと足を踏み入れた。


* * *


部屋の中はカオスだった。

 ひっくり返った椅子、散らばった高級菓子。その中心で、ルディくんは顔を真っ赤にして地べたに転がり、全力で拒絶の意志を示している。


「ルディ、ご機嫌を直してちょうだい! ほら、新しいおもちゃよ!」

「いやぁぁぁぁぁ!! かえるぅぅぅぅ!!」


公爵夫人が泣きそうになりながらおもちゃを差し出すが、逆効果だ。周囲の重苦しい空気が、さらに子どもを不安にさせている。


私はツカツカと歩み寄ると、スッとルディくんと同じ目線になるようにしゃがみ込んだ。


「ルディくん。馬車にいっぱい乗って、疲れちゃったね。眠たいのに、知らない人がいっぱいで怖いよね」

「う、ぅあぁぁん……っ!」


私の静かな声に、ルディくんが一瞬だけ泣き声を弱めてこちらを見た。

 私はニコリと微笑み、彼をふわりと抱き上げた。


「よしよし、頑張ったねぇ。ルディくんはとっても強い子だね」


10年のキャリアで培われた、母親の心音に限りなく近い『1秒間に約1回』のテンポ。

 私はゆらゆらと身体を揺らしながら、絶妙な強さでトントンと背中を叩き始めた。


「とんとん、とんとん。大丈夫だよ、みんなルディくんのことが大好きなんだよ……」


耳元で低く、魔法の呪文のように優しい声をかけ続ける。

 すると、あれほど荒れ狂っていた泣き声が嘘のように静まり、数分もしないうちに、ルディくんの呼吸が深く穏やかなものに変わっていった。


「……ぅ、ん……」


私の肩にコテンと頭を預け、ルディくんはスヤスヤと寝息を立て始めた。


「おお……!! なんという魔法だ……!」

「あの子が、見知らぬ人の腕の中でこんなに早く泣き止むなんて……!」


公爵夫妻が信じられないものを見るように目を丸くし、やがて「なんて素晴らしい聖女様なのだ!」と感動の声を上げた。


「……ええ。私の、自慢の婚約者ですから」


いつの間にか部屋に入ってきていたアレクシス様が、誰の目にも『完璧な王子』として映る優雅な笑みを浮かべて応じている。

 ――けれど、私は気づいてしまった。

 私の肩で眠るルディくんの背中を叩く私の手を、アレクシス様がものすごく羨ましそうな……嫉妬深い瞳で睨みつけているのを。


* * *


その後、無事に外交の場を収め、ようやく二人きりで自室に戻るなり――。


「……二人きりの時ぐらい俺だけを甘やかしてくれ。……俺が満足するまで、いいな?」


そう言うなり、アレクシス様は私の腕を引いて、部屋の隅にあったアンティークのソファへと歩き出した。

 私をふかふかの座面に座らせると、彼は迷うことなく私の太ももの上にゴロンと頭を乗せた。


「えっ!? ア、アレクシス様!?」

「……膝枕だ。さっきのガキも、お前の胸にすっぽり収まっていたからな。俺はこっちをもらう」


長い脚を窮屈そうに曲げながら、私の膝におでこを擦り付け、腕を私の腰にきつく回してしてくる。

 見事なまでの『甘えん坊』スタイルだが、膝から伝わる彼の熱い体温と、下から見上げてくるサファイアの瞳のギラついた色が、彼がただの子供ではない『大人の男』であることを否応なしに突きつけてくる。


(やっていることは、子どもみたいだけど)


「さあ、やれ。俺を褒めろ」


有無を言わさぬ王者の命令おねだりに、私は呆れつつも愛おしい、彼のサラサラの髪にそっと指を滑らせた。

 そして、もう片方の手で、彼の広い肩を優しく一定のリズムで叩く。


「……はいはい。アレクシス様、今日も一日、たくさんお仕事を頑張って……とっても、えらかったですねぇ。とんとん」


子供に向けるような甘い声で囁きながら、1秒間に1回の絶妙なテンポで背中を叩く。

 すると、アレクシス様は「……ああ」と深く、とても心地よさそうなため息を吐いて目を閉じた。


「……お前の体温も、その優しい手も。全部、俺だけのものだ。他の誰にも、譲る気はないからな……」


独占欲の塊のような殺し文句を口にしていたはずの殿下だったが――限界まで溜まっていた疲労と、熟練の保育士による『最強の寝かしつけスキル』が合わさった結果。

 ほんの数分後には、スゥ、スゥと規則正しい寝息が聞こえ始めたのだった。


(ふふっ、本当に寝ちゃった。よっぽど疲れてたんだな)


私は彼のサラサラの髪を優しく撫でながら、しばらくこのまま寝かせてあげることにした。


* * *


【アレクシスの夢の中】


(ここは……保育室か?)


夢の中で、アレクシスはなぜか保育園のクッションマットの上に転がされていた。

 しかも、王族の正装ではなく、なぜか視点が低く、手足が短い。首元には可愛らしいヒヨコのスタイが巻かれている。


「はーい、アレクくん! どうしたの〜? 抱っこしましょうね〜!」


そこへ、いつものメンダコエプロンを着たリリアーナ先生が、天使のような満面の笑みで近づいてきた。

 彼女はアレクシスを軽々と抱き上げると、背中を一定のリズムで優しく叩き始めた。


(なっ、俺は成人男性だぞ! 王族に向かって赤ん坊のようにトントンするとは何事……っ、あ、これすごく気持ちいい……)


「よしよし、いい子いい子。お腹空いたのかな? ミルク飲みまちゅか〜?」


抗う間もなく膝の上に座らされ、温かいミルクの入った哺乳瓶が口元へ運ばれる。

 全力で拒絶しようとするのに、夢の中の体は全く言うことを聞かず、無意識に『ちゅぱっ』と吸い付いてしまった。


「えらいですね〜! 上手に飲めまちたね〜!」


ミルクを飲ませてもらいながら、目の前で優しく絵本の読み聞かせが始まる。心地よい声と温かい体温に包まれ、アレクシスは羞恥心と裏腹に、キャッキャっとご機嫌にすり寄っていた。


(だ、駄目だ……! このままでは俺の何かが完全に溶けてしまう……ッ!!)


しかし、本当の悲劇(?)はここからだった。


「あら? アレクくん、なんだかお尻のあたりがモゾモゾしてる?」

(……は?)


「さーて! キレイキレイするために、おむつ替えましょうねー!」


ニコニコと笑いながら、リリアーナの手がアレクシスのロンパースのズボンへと伸びてくる。


(なっ!? ま、待て、それだけは! やめろ!! 俺の男としての尊厳がァァァァァッッ!!!!)


* * *


【現実】


「ガバァッッ!!!!」


王宮の空き部屋。長椅子の上で、アレクシス様は滝のような冷や汗を流しながら跳ね起きた。


「ひゃっ!? ア、アレクシス様? どうしたんですか、いきなり跳ね起きて……」

「……ッッ!! ハァ、ハァ……!!」


膝枕をしていた私が驚いて声をかけると、アレクシス様は真っ赤に染まった顔を両手で覆い、ガタガタと震え始めた。


(俺はなんて恐ろしい夢を……!! いや、おむつを替えられそうになって本気で何か、何かを失ってしまうところだった!!)


「アレクシス様? 大丈夫ですか? すごい汗……怖い夢でも見たんですか?」


私は心配になり、ハンカチを取り出して彼のおでこを拭おうと身を乗り出した。


「よしよし、大丈夫ですよ。夢ですからね」

「ヒィッッ!!?」


私の『よしよし』という言葉を聞いた瞬間。

 アレクシス様はビクゥッ!と肩を跳ねさせ、凄まじい勢いで私から距離を取り、長椅子から床に転げ落ちた。


「ち、近づくな!! 俺を、俺を子ども扱いするなァァァァ!!」


「えええっ!? 何で怒ってるんですか!? さっきまで自分から膝枕要求して甘えてましたよね!?」


「ち、違う! 俺は断じて、俺は……っ、おむつなど替えられたくないし、哺乳瓶もいらん!!」


「はあ!? 何の話ですか!?」


顔を真っ赤にして床にへたり込みながら、見えない恐怖と戦っているアレクシス様。

 先ほどまでの甘えん坊王子様はどこへ行ってしまったのか。私は呆れ果てて、深くため息をついた。


「……もう。変な夢見るくらい疲れてるなら、ちゃんとお部屋のベッドで寝てください。風邪引きますよ」


私が手を差し伸べると、彼はビクッと身をすくませた後、そっぽを向いたまま、その大きな手で私の手をそっと握り返してきた。


「……ああ。そうだな。……少し、寝直す」


立ち上がり、誤魔化すようにコホンと咳払いをして、乱れた服を整える。

 表面上はいつもの気高い第七王子を取り繕っているが、恥ずかしさのあまり俯いたその耳の裏から首筋にかけては、真っ赤に染まったままだった。


(……本当に、どんな夢を見たのよもう)


私がやれやれと首を振っていると、背中を向けたアレクシス様は、誰にも聞こえないような小声で、何やらブツブツと呟き始めた。


(……いや、待てよ。おむつ替えだけは死んでもごめんだが……あのリリアーナの膝の上での読み聞かせは、控えめに言って最高だったのでは……?)


彼は自分の恐ろしい欲望に戦慄しながらも、ギュッと固く拳を握りしめた。


(……くそっ。今すぐベッドに入れば、おむつを回避して、あの絵本の続きが見られるだろうか……ッ!!)


王宮でも全く変わらない私のドタバタな毎日は、こうして最高の保育士スキルと、高いプライドをあっさりと欲望に明け渡していく不器用な王子様のおかげで、今日もカオスに過ぎていくのだった。

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