第2話:なぞの超絶イケメン、アレク先生登場!〜教育係は私です〜
翌週。
王立貴族保育園の職員室は、妙な緊張感に包まれていた。
「今日から新しく入ってくれることになった、アレク君よ。体力には自信があるそうだから、力仕事なんかは頼むといいわ」
園長である年配の伯爵夫人が、ニコニコと一人の青年を紹介した。
私は目をパチクリとさせた。
背が高く、肩幅も広く、がっしりとした体格。銀糸の髪は少し無造作にセットされ、青い瞳はどこか不機嫌そうに細められている。
動きやすさだけを重視したシンプルな服を着ているけれど、隠しきれない高貴なオーラと、尋常じゃない顔の良さ。
(えっ……すっごいイケメン……! でも、すっごく不機嫌そう! 保育士志望には全然見えないんだけど!?)
「……アッ、アレクだ。よろしく」
低く、少しぶっきらぼうな声。
他の年配の保育士たちが「あらあら、いい男ねえ」「重い荷物を持ってもらわなきゃ」とキャッキャと騒ぐ中、アレクの視線がなぜか私を真っ直ぐに射抜いた。
ビクッ。
な、なんだろう。ものすごく睨まれている気がする。私、何かしたかしら?
「リリアーナ先生」
「は、はいっ!?」
「彼は未経験だから、年齢も近いし、あなたが新人教育の担当になって、色々と教えてあげてちょうだい」
「ええっ!? 私がですか!?」
このイケメンを、私が指導するの!?
戸惑う私をよそに、アレクはズカズカと私の前に歩み寄り、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
「お前がリリアーナか。……まあ、せいぜい俺の足手まといにならないように教えてくれ」
(めちゃくちゃ俺様だ!?)
内心ツッコミを入れつつも、前世の保育士魂に火がついた。
「……わかりました。私でよければ、精一杯指導させていただきます。アレク先生、よろしくお願いしますね!」
私は満面の笑みで右手を差し出した。
アレクは一瞬ピクッと肩を震わせ、耳まで真っ赤にしてから、バシッと私の手を乱暴に握り返した。
「ふ、ふんっ! よろしく頼む!」
……なんだか前途多難な気がするけれど、こうして私と「新人保育士アレク先生」のドタバタな日々が始まったのだ。
* * *
「ぎゃあぁぁぁぁっ!!」
「はぁ!?俺はなんもしてねーだろ!!?」
「アレク先生、顔が怖いです! もっと笑顔で! ほら、『いないいないばぁ』ですよ!」
「い、いないいない……ばぁっ!」
「ぎっ、ぎゃあぁぁあああぁぁあぁぁっ!!」
「ああっ、更に泣いちゃったじゃないですか!」
初めての保育現場で、俺様全開だったアレク先生は案の定、子どもたちに大苦戦していた。
「アレク先生、突っ立ってないでそっちのオリバーくんのおむつ替えをお願いします!」
「はあ!? お、おむつだと!?」
私が指示を飛ばすと、アレク先生は顔をしかめ、あからさまに顔を背けて後ずさりした。
「なんで俺が他人のガキの尻を拭かないとならねぇんだ……っ! ぜ、絶対に嫌だぞ!」
「何言ってるんですか! あなただって赤ちゃんのころは、周りの大人にやってもらってたんでしょ?」
私が腰に手を当ててピシャリと言うと、アレク先生はビクッと肩を震わせて言葉に詰まった。
「う、ぐ……っ」
「文句を言わないの! まだ一人でできないなら、まずは私の手元を見て学んでください! ほら、そこのおしり拭きを取って!」
「お、おう……っ」
完全に私のペースに呑まれ、タジタジになったアレク先生からおしり拭きを受け取ると、私は目にも留まらぬ早業で次々とおむつを替えていく。
今度は乳児クラスの部屋で、アレク先生は絶望的な声を上げて固まっていた。
一人のお昼寝が途切れたのを皮切りに、連鎖的に何人もの赤ん坊が大合唱を始めてしまったのだ。屈強な体格のアレク先生が、小さな赤ん坊たちを前にオロオロとパニックになっている。
「おい……っ、なんでこいつら、一斉に泣き出すんだ!? どうすればいい!?」
私は素早い動作で抱っこ紐を二つ手に取った。
前に一人をしっかり固定し、ヒョイッと後ろにもう一人をおんぶ。さらに片手で三人目の赤ん坊を抱き上げる。前世の激務で培った究極の秘技『同時三人抱っこ』だ。
「よしよし、みんな偉いわねー。怖くないわよー。アレク先生もほら、変な顔してないで笑って笑って!」
「……さ、三人!?」
総重量十キロ越えの負荷をものともせず、ゆらゆらと絶妙なステップを踏みながらあやす私を見て、アレク先生は限界まで目を丸くして凝視していた。
「前と後ろに一人ずつ紐で背負って、さらに片手でもう一人抱っこ……だと……!? しかもその重さで、何分もリズムとりながらあやして……! 王宮騎士団の精鋭でもそんな筋力とバランス感覚は不可能だぞ! お前、一体何者だ!?」
「何者って、ただの保育士ですよ? ほら、アレク先生も感心してないで、ミルクの準備をお願いします!」
「あ、ああ……っ!」
完全に私のペースに呑まれたアレク先生は、すごすごと調乳室へ向かっていった。
その後も、アレク先生の驚愕は続いた。
幼児クラスでの自由遊びの時間。子どもたちがバラバラに走り回り、収拾がつかなくなってきた頃合いを見て、私は部屋の端にあるピアノの前に座った。
「さあみんな、今日はお絵描きよ! 先生がピアノを弾くから、歌いながら好きなものを描いてみてね!」
私が童謡をアレンジした軽快なメロディを奏でながら明るく歌い出すと、騒いでいた子どもたちが「わあー!」と目を輝かせて集まり、画用紙にクレヨンを走らせ始めた。
フリフリのドレスを着た令嬢も、小さな騎士服を着た令息も、みんなニコニコと笑って歌っている。
「……すげえ」
ぽつりと、アレク先生が呟いたのが聞こえた。
子どもたちの輪の少し外側で、彼は呆然としたように私を見つめている。
「絵も歌も、言葉も通じない赤子を泣き止ませるのも……本当に、なんでもできるんだな、お前という女は……」
いつもの不機嫌な顔はどこへやら、その青い瞳には明らかな感嘆と、熱を帯びた優しい光が宿っていた。
「おい小僧、リリアーナに抱きつくな! 離れろ!」
「やだ! リリアーナせんせいは、ボクのおよめさんになるんだもん! アレクせんせいはあっちいって!」
「お嫁さんだと!? 20年早いわ! お前みたいなガキにリリアーナは渡さん!!」
(……なんでアレク先生、5歳児相手に本気でムキになってるの?)
呆れる私をよそに、二人のバチバチとした睨み合いは続くかと思われた。
しかし次の瞬間、レオくんがふと首を傾げ、純粋無垢な瞳で爆弾を投下したのだ。
「なんでアレクせんせいは、さっきからリリアーナせんせいのことばっかり見てるの?」
「なっ……!?」
俺様全開だったアレク先生の動きが、ピシッと石像のように固まる。
5歳児特有の、純粋ゆえに残酷な確信を突く質問。
私は目を瞬かせた。えっ、アレク先生、顔が赤い……?
初出勤のドタバタな保育室で、謎のイケメン新人保育士は、この日一番の窮地に立たされていた――。




