第1話:あの日、俺の心臓に、なんか刺さった。
王宮で働く文官や騎士たちの「子どもを近くで安心して預けたい」という要望から新設された『王立貴族保育園』。
没落寸前の貧乏男爵家のリリアーナ・フォン・アシュレイ(18歳)は、家計を助けるためここで働いている。
実は彼女には、日本で「保育士」として働いていた前世の記憶があった!
寝かしつけから泥んこ遊び、ピアノの伴奏まで……子育て未経験の若い令嬢でありながら、前世のガチすぎる保育スキルを無双させ、いつしか彼女は王宮内で「アシュレイ家の凄腕保育士」と呼ばれるように。
「やっぱり子どもは可愛い!」
今日もリリアーナは、前世で培ったスキルを武器に、小さな令嬢・令息たちに囲まれながら天職である保育士ライフを満喫している。
* * *
その頃。
王宮の渡り廊下から、保育園の庭をジッと見つめる鋭い視線があった。
第七王子、アレクシス・フォン・グランツ。21歳。
艶やかな銀糸の髪に、切れ長でサファイアのように青い瞳。誰もが振り返る美貌の持ち主だが、常に不機嫌そうに眉間に皺を寄せているため、周囲からは「近寄りがたい」「俺様で我がまま」と恐れられているお方であった。
王子と言っても、王位継承権が大分低い彼はしがらみもなく自由に育てられた。
結果、極度の人見知りで大分性格がこじれてしまっていた。
見た目はいいのに、女性からの打算的なアプローチには冷たくあしらう一方で、本音ではどう接していいか分からず虚勢を張っているだけの、恋愛偏差値ゼロの青年である。
「……おい、ルーク」
「はい、殿下。なんでしょうか」
側近のルークが溜息交じりに応じる。彼らはここ数日、日課の剣術稽古を抜け出しては、こうして保育園をこっそり覗き見していた。
アレクシスの視線の先には、子どもたちと一緒に泥だらけになりながら、太陽のような笑顔で笑うブロンドの髪を一つに束ねた少女――リリアーナの姿があった。
「あの女……今日もあんな無防備に笑って……。貴族の令嬢のくせに、泥だらけになってはしたない」
「はあ。そう仰るなら、見なければよろしいのでは?」
「ば、馬鹿を言え! 視察だ、視察! 王宮内の施設が正しく運営されているか、王族として見極める義務があるだろうが!」
「顔が真っ赤ですよ、殿下」
「うるさいっ!」
アレクシスは心臓の大きな鼓動を隠すように、そっぽを向いた。
数日前、退屈しのぎに庭園を散歩していたアレクシスは、花冠を作りながら子どもたちに囲まれて微笑むリリアーナを偶然見かけた。
柔らかな春の陽差しの中、天使のような子どもたちに囲まれて優しく微笑む彼女を見た瞬間。
アレクシスの心臓に、なんか刺さった。
(なっ……なんだあの輝きは。め、女神だ……!)
生まれて初めての感情だった。これまでどんなに着飾った令嬢から色目を送られても「退屈な女ばかりだ」と一蹴してきた彼にとって、泥で顔を汚しながら本気で子どもと笑い合う彼女の姿は、あまりにも眩しかったのだ。
これが「初恋」だと自覚できない不器用なアレクシスは、それから毎日、無意識に彼女の姿を見にいくようになってしまった。
『殿下、美しいお顔が台無しですわ』
『そのような泥臭い趣味などおやめになって』
――すれ違うたびにすり寄ってくる令嬢たちの打算に満ちた声と甘ったるい香水に、アレクシスはうんざりしていた。誰も彼自身を見ようとはしない。ただの飾り物として消費されるだけの、窮屈で息が詰まる王宮のしがらみ。そこから逃れるように視線を落とすと、そこにはいつも、体裁など気にせず泥だらけになって子どもたちと本気で笑い合う彼女の姿があった。
肩書きなど存在しない陽だまりのようなその空間だけが、今の彼にとって唯一、呼吸ができる場所だった。
「あーあ、あんなに転げ回って。あいつ、また子どもに抱きつかれてるぞ。まったく、男の警戒心が足りないんじゃないか?」
「殿下、相手は3歳の幼児ですよ」
「男は男だ!!」
理不尽な怒りをぶつけるアレクシスだったが、次の瞬間、彼の視界にとんでもない光景が飛び込んできた。
保育園の庭で、少し大人びた顔立ちの5歳の男の子――宰相の息子であるレオが、リリアーナの前に片膝をつき、一本のシロツメクサを差し出していたのだ。
『リリアーナせんせい! ボクがおおきくなったら、せんせいをおよめさんにしてあげる! だからまっててね!』
距離はあったが、読唇術を心得ているアレクシスには、その言葉がはっきりと読み取れた。
そしてリリアーナは、頬に手を当てて嬉しそうに微笑んだのだ。
『ふふっ、ありがとうレオくん。楽しみに待ってるわね』
ピキッ。
アレクシスの中で、何かが音を立てて切れた。
「お前、先日言っていたな。あの王立貴族保育園は、人手不足で警備も手薄らしい、と」
「え? はあ、確かに申し上げましたが……」
「王立施設でありながら、未来の国を担う貴族の子息たちを危険に晒すなど、大問題ではないか! これは王族として、直々に視察と防犯体制の見極めに行かねばなるまい!」
アレクシスは力強く言い放ったが、その耳の先は真っ赤に染まっていた。
「……殿下。視察と言う割には、ずいぶんと隠しきれない私情が漏れ出しておりますが」
「俺は決めた。あの保育園で働く!」
「…………はい?」
ルークは自分の耳を疑った。仮にも王族で、女性耐性のない俺様王子が、女・子どもしかいない保育園で働くなど、何を言い出すのか。
「身分を偽装しろ。俺は明日から、あの『リリアーナ』とやらの後輩になる。新人保育士として潜入するんだ!!」
「いやいやいや! 無理ですよ殿下! 王族が保育士だなんて前代未聞ですし、第一、殿下に子どものお世話なんてできるわけが――」
「うるさい! 俺があの生意気なガキどもから、あの女を守らなきゃならないんだ!! いいから手配しろ! これは第七王子としての至上命令だ!!」
こうして、王宮を巻き込んだアレクシスの暴走が幕を開けたのだった。
糖分高めなラブコメです。短編もあります!
日頃お世話になってる保育園の先生方の様子を思い出しながら書いてます。
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