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俺様王子は保育園で働きたい〜5歳児に本気で嫉妬する氷の王子から、激重に溺愛されています〜  作者: おおたまらん


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第19話:ズルをして好きな女の子を取ってごめんなさい

その日の朝の保育園は、いつもより少しだけ静かだった。


「えーっ! きょう、アレクせんせい、おやすみなの!?」

「どろだんご、つくってもらおうと、おもってたのに〜!」


朝の会で私が「アレク先生はお休みです」と伝えると、子どもたちからはブーイングの嵐が起こった。


「ごめんね。アレク先生、今日は大事な『お仕事』があるんだって。明日はいっぱい遊んでくれると思うから」

「ふんっ! あんなヤツ、いなくたって全然寂しくないし!」


レオくんが腕を組んでそっぽを向いたが、その耳は少しだけペタンと下がっている。生意気なことを言いつつ、彼もすっかりアレク先生に懐いているのだ。


(……アレクシス様、今頃ちゃんとお城でお仕事してるのかな)


王城での威厳ある姿と、泥だらけでエプロンをつけていた姿が頭の中で交差する。

 第七王子としての公務。それがどんなものか私には想像もつかないけれど、彼がいない保育園は少しだけ気が楽で――そして、認めたくないけれど、ほんの少しだけ物足りなかった。


そんなふうに、平和な午前中とお昼寝の時間が過ぎていった。

 時計の針が午後二時を回り、子どもたちが午後の自由遊びを始めようとしていた、その時だった。


「大変、大変よーっ!! リリアーナ先生、今すぐ子どもたち全員をホールに集めてちょうだい!」


普段は温厚な園長先生が、血相を変えて保育室に駆け込んできた。


「えっ? 園長先生、どうしたんですか!?」

「いいから急いで! す、すごい方がいらっしゃってるのよ……っ!」


ただ事ではない園長先生の様子に、私は慌てて他の先生たちと協力し、子どもたちをホールへと誘導した。


ざわざわと落ち着かない様子でホールに集まった子どもたち。

 私は最後尾で列を整えながら、いったい誰が来たのだろうとホールの入り口に視線を向けた。


そして――現れた人物の姿を見て、私は自分の目を疑った。


(えっ!? なんで……っ!?)


ホールに足を踏み入れたのは、ヨレヨレのエプロンをつけた不器用な同僚ではない。

 光沢のある上質な深いネイビーの軍服調の正装に身を包み、側近であるルーク様を後ろに従えた、完璧で隙のない『第七王子・アレクシス殿下』その人だったのだ。


「あ! アレクせんせいだー!」

「でも、なんかきょう、おようふくピカピカだね?」


子どもたちが無邪気に指をさす。

 私はパニックになりながら、心の中で全力のツッコミを入れていた。


(ちょっと待って!! 今日は公務で休みって言ってましたよね!? なんで昼過ぎの保育園にフル装備の王子様スタイルで来てるんですか!!)


私の動揺などお構いなしに、アレクシス様は真っ直ぐにホールの壇上へと進み出た。

 そして、一瞬だけ私の方をチラリと見て、子どもたちに向き直った。


(気のせいか、すごく嫌そうな、ひどく頭を抱えたいような顔をしていた気がする)


「……みんな、静かに」


その低く、よく通る凛とした声に、ホールにいた全員がピタリと口を閉ざす。普段の「こら、走るな〜」という情けない声とは全く違う、人を惹きつけ、従わせる王族の覇気。


「今日は、休みだと言っていたのに急に集めてすまない。……みんなに、どうしても伝えなければいけない『大事な話』があって来た」


アレクシス様は、真剣なサファイアの瞳で、ポカンとしている子どもたちを真っ直ぐに見渡した。


「……これから俺が話すことは、本当のことだ。俺は今まで、君たちに大きな嘘をついていた」


シンと静まり返ったホールに、彼の一つ一つの言葉が重く響く。

 私は息を呑み、彼が何を言うつもりなのか、その背中をただ見守ることしかできなかった。


「俺の本当の名前は、アレクシス。……この国の第七王子だ」


その言葉が落ちた瞬間、子どもたちの間に「ぽかん」とした沈黙が広がった。


「だ、だいななおうじ……?」

「おうじさまって……おゆうぎかいとおんなじ?」


まだ事態を呑み込めていない子どもたちの前で、アレクシス様はゆっくりと片膝を突き、彼らと同じ目線にまで身を屈めた。

 豪華な軍服の裾が床に擦れることなど、少しも気にする様子はない。


「みんなに、ただの『アレク先生』だと嘘をついていて、本当にすまなかった。子どもたちに『嘘をついちゃダメだ』と教える立場の人間が、一番の嘘つきだった。……許してほしい」


その真摯な謝罪に、私は胸を打たれた。

 王族が、臣下である貴族の子どもたちに向かって頭を下げるなんて、本来なら絶対にあり得ないことだ。けれど彼は、一人の大人として、子どもたちに真っ直ぐに向き合っている。


そしてアレクシス様は、顔を上げると、列の一番前に立っていた一人の少年の前に進み出た。

 腕を組み、どこか不満げな顔をしている五歳児――レオくんだ。


「特に、レオ」

「……なんですかな?殿下」


(えっ、やっぱお遊戯会からレオくん口調が変わってる!?)


「俺は、リリアーナ先生の隣にいるために、身分を隠して……『大人の権力ズル』を使った。男として、本当に大人げないことをした。……ごめんなさい」


(ええっ!?)


私は耳を疑った。まさか第七王子が、園児相手に「ズルをして好きな女の子を取ってごめんなさい」と、どストレートに謝罪するなんて。

 後ろに控えているルーク様が、笑いを堪えるように必死で口元を覆っているのが見える。


対するレオくんは、ふいっと顔を逸らした後、少しだけ頬を膨らませて言った。


「……パパから聞いた。アレク先生、本当は偉い王子様なんだって。パパが『アレク先生は反省してるから許してやれ』って言ってたから、許してあげる」


(……あのタヌキ親父め)


アレクシス様が小声で何か物騒な悪態をついた気がしたが、レオくんはビシッと彼を指差して続けた。


「でも! リリアーナ先生を泣かせたら、王子様でも絶対に許さないからね! その時は僕が先生と結婚するんだから!」


「……ふん。お前なんかに絶対に渡すか。俺が一生、幸せにしてやる」


五歳児相手に、またしても大人気なくムキになって張り合う第七王子。

 そんな彼のブレない姿に、子どもたちから「リリアーナせんせいはみんなのものだ〜」「やーい、おとなげなーい!」と、いつものような笑い声と歓声が沸き起こった。


張り詰めていた空気が一気に緩み、子どもたちが彼に群がり始める。

 アレクシス様はホッと安堵の息を吐き、立ち上がった。


「……みんな、ありがとう。そしてもう一つ、大事な発表がある」


彼が咳払いをし、再び威厳ある声で宣言する。


「本日付で、俺はこの保育園の『副園長』および『施設管理者』に就任することになった。これからは王族の公務として、堂々とこの園を……そしてリリアーナ先生を支えていく」


「ふ、副園長ぉっ!?」


私の口から、本日一番の素っ頓狂な声が出た。

 子どもたちは「ふくえんちょうってなにー?」「えらいのー?」と騒いでいるが、私からすれば天地がひっくり返るような大事件である。


(あの、エプロンの紐も結べなかったアレク先生が、私の……上司!?)


あまりの急展開に私が白目を剥きそうになっていると、アレクシス様が重いため息を吐き、着ていた立派な軍服のジャケットを脱ぎ始めた。

 そして、傍らにいたルーク様から『いつものヨレヨレのエプロン』を受け取り、首から下げる。

 最高級のシャツとタイに、ヨレヨレのエプロン。あまりにもちぐはぐで、シュールな光景だ。


「……というわけで、副園長としての初仕事だ。ほら、お前ら。外の広場に出ろ」

「えっ? なにするのー?」


ワクワク顔で群がる子どもたちに対し、アレクシス様は遠い目をして、ひどく投げやりに言い放った。


「……順番に、『お馬さん』をしてやる」

「「「わーーーい!!!」」」


園庭に出ると、さっそく「副園長(第七王子)」によるお馬さん大会が開催された。


「はい、次! しっかり捕まってろよ!」

「わーい! アレクせんせいのウマ、はやーい!」


上質なシャツを砂だらけにしながら、四つん這いで園庭を這い回るアレクシス様。その背中には、代わる代わる子どもたちが乗って大はしゃぎしている。


一方、私の足元には、なぜかお馬さんの列に並ばず、ずっと私にひっついているレオくんがいた。


「リリアーナせんせー、ぎゅーっ!」

「わっ、今日のレオくん、いつもより甘えん坊だね?」


レオくんは私の腰にガバッと抱きつくと、グリグリと顔を押し付けてきた。今日はいつもよりもさらにスキンシップが激しい。私のお腹に頬をすり寄せ、上目遣いでニコッと笑う。


「だって、先生は僕のお嫁さんになるんだもん! ずっとくっついてるの!」


可愛い宣言に私が癒されていると、背後から「ピキッ」と何かが凍りつくような音が聞こえた。


振り返ると、背中に園児を乗せたまま四つん這いで固まっているアレクシス様が、般若のような顔でこちらを睨んでいた。


「……おい、レオ。今すぐ俺のリリアーナ先生から離れろ」

「やーだね!」


地を這うような低い声で威嚇する第七王子に対し、レオくんは私の後ろに隠れて「あっかんべー!」と舌を出した。


「パパが言ってたもん! 『アレク先生は、保育園でリリアーナ先生とイチャイチャしちゃいけないお約束になった』って! だから、僕がいっぱいイチャイチャするんだもんねー!」


レオくんは勝ち誇ったようにそう言うと、私を見上げてニヤリと笑い、背伸びをして私のほっぺにちゅっと音を立ててキスをした。


(やだ、可愛い!)


あまりにも突然で、けれど純粋な子どもらしいアピールに、私は思わず頬が緩んでしまう。


その瞬間。

 私の背後から、それまでよりもさらに強烈な「ピキピキピキッ」という、何かが派手に凍りつく音が聞こえた。

 振り返らなくても分かる。アレクシス様の怒りが、限界突破した音だ。


「リリアーナ! お前もなんで、レオにされるがままなんだよ!」

「え? だって可愛いんだもん!」


アレクシス様はギリィィッ! と歯を食いしばり、悔しそうに園庭の砂を握りしめ、プルプルと震えながら屈辱に耐えている。

 その背中では、子どもが「お馬さん、はやくー!」と無邪気に背中をぺちぺちと叩いていた。


「せんせー、あっちで遊ぼ!」

「う、うん。レオくん、お手々繋ごうね」


私がレオくんに手を引かれて歩き出すと、背後から「ああっ、俺のリリアーナが……っ」という悲痛な声が聞こえてきた。


(……ごめんなさい、アレクシス様、私はそもそも子どもが大好きなの)


その背中では、子どもが「お馬さん、はやくー!」と無邪気に背中をぺちぺちと叩いていた。

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