第14話:告白
「リリアーナ先生!! 大変です!!」
バンッ!と勢いよく扉が開き、同僚のマルタ先生が血相を変えて飛び込んできた。
アレク先生は慌てて手をポケットに引っ込める。
「どうしたんですか、マルタ先生」
「王宮からの使いよ! なんと、第七殿下があなたをお呼びなの!!」
「えっ……? 第七殿下が、私を……?」
思いもよらない言葉に、私は呆然とした。
第七王子と言えば、気難しいとかで有名なあの方だ。下級貴族でただの保育士である私が、なぜ直接呼ばれるのか。
「今すぐ王宮の応接室に向かってちょうだい! 粗相のないようにね!」
「は、はい!!」
リリアーナは慌ててエプロンを外し、他の保育士に引き継ぎをしていた。
一方、残されたアレク先生は、言葉を失って固まっていた。
( 第七王子がなんだって!? 俺は今ここで、リリアーナといっしょにいるだろうが!! なんで俺が呼び出しを……!?)
( ルークか!? あの野郎、勝手な真似を……ッ!)
アレクシスは頭を抱えた。
今からリリアーナが行く応接室に、王子としての自分がいないといけない。
しかし、自分は今、保育士のアレクだ。
今すぐここを飛び出し、着替え、先回りして王子に戻らなければならない。
アレクシスは青ざめた顔で、走り去るリリアーナの後姿を見送った後、自分も反対方向へと全速力で駆け出した。
そのパニックに、リリアーナは全く気付いていなかった――。
「ルーク!! どういうつもりだ!!」
「ひぃっ! で、殿下!? 早!!保育園からここまで走ってこられたのですか!?」
王宮の裏口を猛ダッシュで駆け抜け、自室に飛び込んだアレクシスは、悠々と紅茶を飲んでいた側近のルークの胸ぐらを掴んだ。
息は絶え絶え、銀糸の髪はボサボサである。
「お前が……っ、勝手にここに、リリアーナを呼び出したんだろう?!…… はぁ、はぁ……!」
「ええ、そうです」
「だって、殿下もお年頃なのに、正体を隠して砂場でお山を作っている場合ではないでしょう? このままでは、殿下の初恋は『手のかかる後輩』で終わってしまいますよ」
「うっ、うるさい! もう、いいから早く着替えをよこせ! あいつがもう応接室に向かって来てるんだぞ!!」
文句を言いながらも、ルークは手際よくアレクシスの粗末な服を剥ぎ取り、豪奢な王族の衣装へと着せ替える。
乱れた髪を整え、王子の威厳を纏ったアレクシスが応接室のソファに腰を下ろした、まさにその数秒後。
コンコン、と控えめなノックの音が響いた。
「……失礼いたします。王立貴族保育園の保育士、リリアーナ・フォン・アシュレイにございます」
入ってきたリリアーナは、いつもエプロン姿とは違う、清楚な令嬢の装いだった。
緊張でガチガチになっている彼女を見て、アレクシスは思わずゴクリと喉を鳴らす。
「……面を上げよ」
努めて低く、威厳のある声を出す。
リリアーナが恐る恐る顔を上げた。その視線が、アレクシスの顔を真っ直ぐに捉える。
(さあ、驚け。そして俺がずっと傍にいたことに気付いて……)
「…………あれっ!」
リリアーナが目を見開いた。
アレクシスは心臓が高鳴るのを抑えきれなかった。
(そうだ、俺だ。お前と一緒に泥んこまみれになっていた、アレクだ……!)
「殿下は……もしや、アレク先生の双子の生き別れのお兄様……とかですか!?」
「……は?」
アレクシスは、見事にズッコケそうになった。
リリアーナは真剣な顔で、しかしどこか目をキラキラと輝かせながら一人で納得し始めている。
(わ、間違いないわ! 私が愛読している『双子王子の身代わり婚約』と同じ展開よ! 身分を隠して市井に下った弟君と、王宮に残った兄君……! ということは、アレク先生は王族だったのね!? あんなに仕事ができなくて不器用なのも納得だわ!)
「お、おい待て。何をブツブツ言っている。双子ではない、俺は――」
「ああっ、ご安心ください! 私、口は堅い方です! アレク先生が第七殿下の影武者として、暗殺者から逃れるために保育園に潜伏していることは、誰にも言いませんから!」
「違う!! 影武者でもないし暗殺者も関係ない!!」
あまりの鈍感さと斜め上の妄想力に、アレクシスはついに頭を抱えた。
「いいか、よく見ろ! 影武者でも双子でもない、俺がアレクだ! お前に『いないいないばぁ』のやり方を教わって、一緒にどろ団子を作って、さっきまで一緒に片付けをしていただろうが!!」
立ち上がり、大股でリリアーナに歩み寄る。
そして、彼女の両肩をガシッと掴んだ。
「え……? ええっ!? 殿下ご本人が、どうして保育園に……!?」
「お前が!!」
「ひぃっ!」
「……お前がっ!!!」
「あそこで、俺以外の男にデレデレして、将来の約束なんかしてるからだろうが!!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るアレクシスに、リリアーナは目を白黒させた。
俺以外の男? 将来の約束?
保育園で私が相手にしている男なんて……。
「……もしかして、5歳のレオくんのことですか?」
「そうだ! 『お嫁さんにしてあげる』だと!? ふざけるな、あんな鼻垂れ小僧にお前を渡してたまるか!!」
「……えっと、殿下?」
「俺はお前が……っ、その、なんだ。お前が子どもたちと笑い合っているのを見て、その……欲しくなってしまったんだよ!!」
しんと、応接室が静まり返った。
アレクシスは自分が口走った言葉の気恥ずかしさに耐えきれず、そっぽを向いて耳まで真っ赤にしている。
(えっ……? これって、もしかして……)
リリアーナの脳内で、今まで読んできた数百冊の恋愛小説の知識が猛スピードで駆け巡った。
『気難しくて俺様で、誰も寄せ付けなかった王族が、身分を隠して下働きをしてまで一人の令嬢を追いかける』。
(――王道中の王道、ツンデレ王子の激重初恋ルートじゃないの!!)
しかも、相手は自分。
恋愛小説のヒロインを客観的に見るのは好きだったが、いざ自分がその立場になると、心臓が爆発しそうだった。
「で、殿下。あの、からかわないでください。私はただの没落貴族で、仕事一筋の保育士で……」
「からかってなどいない! 俺は、生まれて初めて……心の底から好きになった女性だと思ったんだ」
アレクシスが、そっとリリアーナの肩から手を離し、今度は彼女の頬を優しく包み込んだ。
保育園で見せていた不器用でぶっきらぼうな顔ではない。一人の男としての、熱を帯びた真剣なサファイアの瞳がそこにあった。
「リリアーナ。俺のお嫁さんになれ。……いや、なってください」
俺様全開だった彼が、最後に絞り出すように発した敬語。
その破壊力に、リリアーナの胸の奥で、何かがトクンと大きく跳ねた。
今まで『子どもたちの笑顔』にしか向けられていなかった彼女の情熱が、初めて目の前の不器用な青年に向かって燃え上がった瞬間だった。
「……一つ、条件があります」
「条件? なんだ、言ってみろ。爵位なら気にするな……俺は王位継承権も低くてーー」
「違います! 私、お嫁さんになっても保育士は辞めませんからね! この王立貴族保育園を、国一番の施設にするのが私の夢なんです!」
ビシッと指を突きつけて宣言するリリアーナを見て、アレクシスは一瞬きょとんとした後……腹を抱えて大笑いした。
「ははっ! あっはははは! お前、俺のプロポーズの返事がそれか! 全く、お前という女は……」
涙が出るほど笑った後、アレクシスはたまらなく愛おしそうにリリアーナを抱き寄せた。
「いいだろう。俺も第七王子として、お前の保育園を全力で支援してやる。……ただし!」
アレクシスが、耳元で低く囁く。
「俺以外の男に抱きつかせるのは禁止だ」
「……殿下、男って、相手は子どもですよ?」
「子どもでも男は男だ!!」




