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俺様王子は保育園で働きたい〜5歳児に本気で嫉妬する氷の王子から、激重に溺愛されています〜  作者: おおたまらん


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第13話:いよいよ、お遊戯会本番

 いよいよ、お遊戯会当日。

 園のホールに設けられた観客席には、園児たちの保護者である貴族たちがズラリと並び、熱気に包まれていた。


 そして、幕が上がった瞬間――観客席から、どよめきが沸き起こった。


「……な、なんだあの城は。本当に毛布と廃材でできているのか?」

「あの石垣の質感、それにあの跳ね橋の構造……まるで建築の最新技術ではないか!」


 アレク先生が本気で作り上げた『段ボール要塞』の異様なクオリティに、貴族の父親たちが目を丸くしている。

 さらに、主役の王子役の少年が登場すると、どよめきは称賛の嵐に変わった。


「見ろ、あの王子役の少年の歩き方……。背筋の伸びといい、視線の配り方といい、我が家の長男よりよほど洗練されているぞ!?」

「一体、どんな一流の教師をつけているのやら……」


 舞台袖からその様子を見ていた私は、思わずガッツポーズをした。

 アレク先生の鬼指導(?)のおかげで、子どもたちの演技は完璧だ。


「……ふん。あの程度で驚くとは、王都の貴族も大したことはないな」


 隣で腕組みをしているアレク先生が、無表情ながらも、どことなくドヤ顔をしている。


 観客席からは、保護者たちのヒソヒソ話が聞こえてきた。


「最近、この園の評判がすこぶる良いと聞いていましたが、本当ですわね」

「ええ。あのアシュレイ男爵家のご息女が、とても献身的に子どもたちを見てくださるとか。先日も、某侯爵夫人が理不尽なクレームを入れたにも関わらず、毅然きぜんとした態度で乗り切ったそうですわよ」

「ええ、本当に。ここに預けてよかったわ」


 その言葉に、私は思わず目頭が熱くなった。

 毎日必死で、空回りすることも多かったけれど。私のやってきたことは、ちゃんと子どもたちや保護者の方々に届いていたんだ。


「……おい、情けねぇツラしてんじゃねーよ。本番はこれからだぞ」

「す、すみません」


 アレク先生が、見ないふりをしながらそっと私の頭にポンと手を乗せる。その不器用な優しさに、また少しだけ胸が温かくなった。


 * * *


 劇が中盤に差し掛かると、会場はさらに謎の熱狂に包まれた。


「ふむ……王。その判断は、我が国の財政を圧迫いたしますな」


 宰相役のレオくんが、椅子に深く腰掛け、指先を組んで不敵な笑みを浮かべる。その完璧な「悪役ぶり」に、最前列の保護者席に座るレオくんのお父様、本物の宰相が、ハンカチを握りしめながら食い入るように身を乗り出しているのが見えた。

 劇は、これ以上ないほどの大成功を収めようとしていた。


 ――しかし、クライマックスで事件は起きた。


 王子が姫を助け出すため、城の跳ね橋を下ろすシーン。

 本番の緊張からか、王子役の少年が手順を間違え、跳ね橋を吊っているロープが途中の滑車でガッチリと引っかかってしまったのだ。


「あっ……!」


 引っ張っても降りてこない跳ね橋に、少年の顔がパニックで青ざめていく。

 このままでは劇が止まってしまう!


「……俺が行く」


 舌打ちをしたアレク先生が、自作の「回転式隠し扉」から、舞台の書き割りの真裏へと滑り込んだ。

 彼は今日、朝から「少し喉が痛い」と言って、顔の半分が隠れるような大きな布マスクをして出勤していた。だが、その機敏な動きには、風邪の気配など微塵も感じられない。私も慌てて彼に続く。


 舞台裏は真っ暗で、大人が二人入ると身動きが取れないほど狭かった。

 アレク先生が力ずくで引っかかったロープを引っ張ろうとするが、滑車に変な角度で絡まっており、彼一人の腕力だけではどうにも引ききれないようだ。


「アレク先生、私も手伝います!」


 私は彼の腕の下から身を乗り出し、一緒に太いロープを掴んだ。


「……っ、離れろ」


 アレク先生が声にならないほどの微かな囁きと共に、鋭い視線で私を制止する。

 けれど私は強く首を横に振り、彼の手の上に自分の手を重ねた。


(一緒に!)


 声には出さず口の動きだけで訴えかけ、私が小さく頷いてタイミングを図る。

 真っ暗な舞台裏で、二人の手が重なり合う。


(……せーのっ!)


 息を合わせて強くロープを引いた瞬間、ガコンッ! と留め具が外れ、跳ね橋が大きな音を立てて見事に下りた。


「おおぉーっ!!」


 表からは割れんばかりの歓声が上がり、劇の音楽が再び高らかに鳴り響く。


(やりましたね、アレク先生!)


 声を出さずに満面の笑みで振り返ろうとした、その瞬間――。


「……わっ!」


 ロープが急に外れた反動でバランスを崩し、私は声にならない短い悲鳴を上げて後ろへ大きく倒れ込みそうになった。


「危ない……っ」


 耳元を掠めるような掠れた囁きと共に、強い力で引き寄せられ、私はアレク先生の腕の中にすっぽりと閉じ込められた。


 歓声に包まれた、暗くて狭い舞台裏。

 二人きりの密着状態。お互いの息遣いが聞こえるほど、顔が近い。


(……あれ?)


 彼にしがみついた私の手に、ゴツゴツとした硬い感触が伝わってきた。


 アレク先生の手……すごく大きくて、手のひらに硬いタコがある。これは、泥遊びや工作でできるものじゃない。まるで、長年『剣』を握り続けてきた騎士のような……。


 それに、本当に風邪を引いているんだろうか。

 思えば今日一日、彼は貴族の保護者たちの前に出る時、やけにマスクを深く被って顔を隠そうとしていたような気がする。


 すぐ表では劇が続いているため、お互いに声を出すことはできない。

 ただ、暗がりの中で私を見下ろす彼のサファイアの瞳が、信じられないほど熱を帯びて、真っ直ぐに私を射抜いていた。


(……助かりました。ありがとうございます)


 声に出さず、目配せだけで静かにお礼を伝え、私はその場を離れようと彼の腕の中から身を引いた。


 ――けれど。


 ギュッ、と。

 背中に回された大きな手が、それを無言で阻止した。

 離れるのを許さないとばかりに、先ほどよりも強く、深く抱き寄せられる。

 彼の高い体温と、微かに漂う上品な香りが鼻先を掠めて、頭が真っ白になった。


「っ……!?」


 声を出しちゃいけないと分かっているのに、危うく息が漏れそうになる。

 マスクで顔の半分が隠れているせいで、余計に彼の、ひどく切実で熱を孕んだ『目元』に視線が吸い寄せられる。

 咄嗟に私を庇う、洗練された身のこなし。そして、有無を言わさないこの強引な腕の力。


(いくら真面目なアレク先生だって、大人の男の人だ。こんな暗がりで女と密着していたら、ふとした出来心で……なんてこともあるのかもしれない。……でも)


 逃げ場のない腕の中。ドクン、ドクンと、彼自身のものか私のものか分からない心音だけがやけにうるさく響く。


(ダメだ。流石にこんなに、熱っぽく見つめられたら――私だって、勘違いしてしまう)


 早鐘のように打つ自分の心臓の音を聞きながら。


(アレク先生って、本当は……誰なの?)


 * * *


 その後、劇は無事にフィナーレを迎え、割れんばかりの拍手の中で幕を下ろした。


「リリアーナ先生。本日は素晴らしい劇でしたな」

「あ、ありがとうございます……っ、宰相閣下!」


 お遊戯会が終わり、子どもたちのお迎えが進む中、私は本物の宰相閣下に直接呼び止められていた。


「我が息子ながら、なんという賢さ……! レオの才能を見事に引き出してくれて、感謝しますぞ」

「い、いえ! レオくんがたくさん練習頑張ってくれたからですよ。それに私の力だけでなく、アレク先生の熱心な指導のおかげでして……あ、アレク先生!」


 彼にもお礼を言ってもらおうと振り返ったが、そこには誰もいなかった。


「あれ? アレク先生……?」


 ついさっきまで横で片付けを手伝っていたはずの彼は、いつの間にか煙のように姿を消していた。

 

 単に「偉い人が苦手だから」逃げたわけじゃない気がする。まるで、「宰相閣下には、絶対に顔を見られてはいけない」理由があるかのように。

 思えば今日一日、彼がやけにマスクを深く被っていたのは、風邪だからじゃない。誰かに『顔を見られないため』だったとしたら……?


 私の頭の中で、アレク先生の正体に関する疑惑が、いよいよ無視できないほどに膨れ上がっていた。

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