第12話:お遊戯会の準備
侯爵夫人の馬車が逃げるように去り、園庭にようやく平穏が戻った。
泣きじゃくっていたエマは、他の先生が「お部屋でおやつを食べようね」と優しく連れて行ってくれた。
「……あ〜、よかった」
門の横でへたり込みそうになりながら、リリアーナが魂の抜けたような声を出す。
「どうした? 随分、間抜けヅラだな」
「すみません……」
情けない顔で、けれど心底安心したように目を潤ませるあいつ。
俺は棚の上にあったティッシュ箱を渡してやる。
……正直、今のこいつの泣き顔を見ているだけで、胸の奥がチリチリと焼けるように熱い。
(泣き顔を見る権利くらいはあるはずだ)
いや、待て。俺はこんなに変態だったのか?
泣いてボロボロになっている女を見て「可愛い」だの「泣き顔みたい」だの……。
「アレク先生? 怖い顔して、どうしたんですか?」
「……なんでもない。さっさと仕事に戻るぞ」
俺はわざとらしく背を向け、早足で園舎へと向かった。
* * *
侯爵夫人の嵐が去り、保育園は一気に「お遊戯会」モードに突入した。
出し物は、定番の騎士道物語。
リリアーナが「予算がないので、毛布や段ボールで背景を作りましょう!」と号令をかけた瞬間、俺の中に眠る何かが目を覚ました。
「……リリアーナ。城の構造が甘い。これでは敵の潜入を許すぞ」
「えっ? いや、これ、ただの背景の書き割りなんですけど……」
「隠し扉がない城など城ではない。それから、この跳ね橋の角度は――」
気づけば俺は、段ボールと古布を相手に本気になっていた。
ルークに極秘で発注した特殊な接着剤を使い、廃材とは思えない強度の「絶対防衛線」を構築。さらには、舞台の裏側に通じる本格的な隠し扉まで作り上げてしまった。
実は俺――第七王子であるアレクシス・フォン・グランツは、子供の頃から一人でいることが多かった。兄弟たちが茶会や夜会で社交界を賑わせている裏で、王宮の奥底に引きこもり、古今の城郭設計図を読み漁っては精巧な模型作りに没頭していたのだ。
「……よし。これで篭城戦も可能だ。ちなみに『篭城戦』とは、敵の攻撃に対し、城や砦に立て籠もって守り抜く戦術だ。大軍を少数で防ぐ緊急防御機能であり、食料を蓄えて長期戦を耐え、味方の援軍が来るのを待つのが基本戦略だ!」
「アレク先生、これお遊戯会ですからね!? 攻城戦の準備じゃないですから!」
呆れるリリアーナをよそに、俺の指導は役者たちにも及ぶ。
主役の王子役を演じる少年に、俺はつい熱くなって跪き、剣もとい木の棒の捧げ方を叩き込んだ。
「いいか、王族たるもの、背筋は常に鉄の棒が入っているが如く。……視線は下げるな、民を慈しむように見渡せ!」
「は、はい! アレクせんせい!」
少年の所作が、見違えるように気品に満ちていく。
……まあ、俺の毎日の公務に比べれば、この程度の演技、容易いはずだ。
ふと横を見ると、宰相役を務める現:宰相の息子のレオが、何の手本も見せていないのに椅子に深く腰掛け、指先を組んで不敵な笑みを浮かべていた。
「ふむ……王。その判断は、我が国の財政を圧迫いたしますな」
「……ブッ!!」
俺は思わず吹き出した。
似ている。本物の宰相に、驚くほどそっくりだ。
やっぱりカエルの子はカエル。というより、この小僧、将来間違いなく俺の天敵になるな。
* * *
「アレク先生、すっごく楽しそうですね」
私がミシンを動かしながら声をかけると、段ボールと格闘していたアレク先生が顔を上げた。
「……別に。やるからには完璧を目指しているだけだ」
「ふふっ。頼りにしてますよ、アレク先生。本当に……アレク先生がいてくれてよかった」
本気でそう伝えると、アレク先生は一瞬だけ動きを止め、ふいっと顔を背けてしまった。
そうぶっきらぼうに返す彼の、ほんのり赤くなった横顔を見て、私は思わず噴き出しそうになる。
完璧、なんてレベルじゃない。目の前にあるのは、もはや「お遊戯会の書き割り」ではなく、「段ボール製のガチ要塞」なのだから。
(アレク先生に、こんな特技があったなんて……!)
最初は無愛想で、仕事ができない不器用な後輩だと思っていた。けれど、カッターと接着剤を手にした彼の手つきは、まるで魔法使いか熟練の建築士のようだった。
ミリ単位で切り出された段ボールの石垣。
古布を染めて作られた、重厚な紋章旗。
極めつけは、舞台裏に繋がるという謎の「回転式隠し扉」だ。
「これ、子どもたちが喜んで出たり入ったりして、劇が進まなくなる予感しかしないんですけど……」
私が呆れ半分で言うと、アレク先生は「構造上の必然だ」と、なんだか難しい顔をして頷いている。
その瞳はいつになくキラキラとしていた。
でも、感心している暇はない。私も負けていられないのだ。
「レオくん、そこはもっと『腹黒い宰相』っぽく! 椅子にふんぞり返って!」
「エマちゃん、お姫様のドレス、もう少し詰めるからじっとしててね!」
私は次々と衣装のサイズを合わせ、配役ごとに演技のコツを伝えていく。
最初は、ただ「没落しそうな実家を救わなきゃ」という必死さだけで始めたこの仕事。けれど今は違う。
(今が楽しくて仕方がない!)
子どもたちの個性を引き出し、アレク先生という最強のパートナーと連携して、一つの舞台を作り上げていく。その充実感に、私は自分自身の成長を確かに感じていた。
「アレク先生、見てください! 王子役の子、先生の教え方が上手だから、歩き方からして別人みたいですよ!」
「……そうか。まあ、基本を教えただけだ」
相変わらず素っ気ないけれど、私が褒めるとアレク先生の耳の先がさらに赤くなるのを、私は見逃さなかった。
「当日が楽しみですね、アレク先生」
段ボールのお城と、不器用な騎士様。
準備期間の最後の日、夕日に照らされた私たちの「要塞」は、世界中のどんな本物の城よりも、私には輝いて見えた。




