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俺様王子は保育園で働きたい〜5歳児に本気で嫉妬する氷の王子から、激重に溺愛されています〜  作者: おおたまらん


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第10話:今日のアレク先生、まるで本物の『王子様』みたいです

 休日の王都・商業区は、多くの人で賑わっていた。

 私たちは少し距離を空けて並んで歩き、高級なブティックや宝石店が立ち並ぶメインストリートへと足を踏み入れた。


(アレク先生と並んで歩いてる……信じられない)


 周囲の女性たちが、すれ違いざまにアレク先生を見てポッ、と頬を染めている。そんな超絶美形の彼と歩いていることに、私はなんだかむず痒くて、落ち着かない。


 やがて彼が立ち止まったのは、ガラス張りの高級な靴屋の前だった。

 王族や高位貴族御用達の、一足で平民の月給が吹き飛ぶような店だ。


「えっ、アレク先生? ここは……」


「入れ」


 アレク先生は有無を言わさず私を店内へ押し込むと、呆然とする私の足元――昨日、侯爵夫人にバカにされた『あと三ヶ月は持つ予定の靴』を指差した。


「これを見繕ってやってくれ。丈夫で、動きやすくて……こいつの足に合うやつをな」


 店員が「かしこまりました」と恭しく頭を下げる。


「ええっ!? いやいやいや! 待ってください! 私、こんな高級な靴、買えませんよ!」


 私が慌てて財布を隠そうとすると、アレク先生は大きなため息をついた。


「……誰がお前に払えと言った」

「えっ、まさか、アレク先生が買ってくれるんですか!?」


「当たり前だ」


 彼は不機嫌そうに目を逸らすと、まるで怒っているかのような低い声で言った。


「いつも、お前に迷惑かけているお礼だ」


「……っ」


「これは……俺の自己満足だ。黙って受け取れ」


 その言葉は、ぶっきらぼうで、プレゼントを渡すセリフとしては落第点かもしれない。

 けれど、彼が私のために、不器用な優しさでこれを用意してくれたことが痛いほど伝わってきて――私の胸は、さっきからうるさいほどに鳴り続けていた。


(……どうしよう。アレク先生のこと、どんどん好きになってきちゃう)


 私が新しい、ピカピカの靴を受け取ろうとした、その時だった。


「おい、貸せ」


 アレク先生は店員からその靴を受け取ると、あろうことか、私の目の前でスッと片膝をついた。


「えっ!? ア、アレク先生!?」


「動くな。サイズが合うか確かめる」


 高級店のふかふかな絨毯の上。

 彼は私の足首をそっと掴むと、昨日侯爵夫人に笑われたボロボロの靴を脱がせ、新しい靴を丁寧に履かせてくれた。

 怪我をしている右手は添えるだけで、左手一本で器用に紐を結んでいく。


 その所作は、ただの保育士とは思えないほど優雅で、洗練されていて。

 上質な黒の仕立て服を着た彼が、私の足元に跪いて見上げてくるその構図は、まるで童話のワンシーンのようだった。


「どうだ。痛いところはないか?」


「あっ、は、はい……! ピッタリ、です……」


 顔に血が上りすぎて、頭がクラクラする。

 私はたまらず、ぽろりと本音をこぼしてしまった。


「……なんか、今日のアレク先生、まるで本物の『王子様』みたいですね」


「おっ!?」


 その瞬間、アレク先生の肩がビクッと大きく跳ねた。


(な、なんだと……!? ば、バレたか!?)


 アレク先生のサファイアの瞳が、限界まで見開かれている。

 身分を隠している第七王子にとって、「王子様みたい」という言葉はあまりにも心臓に悪い。

 しかも、今日の初デートに向けて、ルークに「初めてのデート服はどんなのがいい」と問い詰め、結果的に『己の素材を最大限に生かす、最高級の微服』という攻めに攻めまくった勝負服で来ていたのだ。


(やりすぎたか!? いくらなんでも気合を入れすぎたか!?)


 一人で勝手に焦りまくるアレク先生だったが、私はそんな彼の内情など知る由もない。


「ふふっ。いつも子どもたちに踏んだり蹴られたりしてるアレク先生が、今日はすごくかっこいいので……ちょっと、びっくりしちゃいました」


 私が照れ隠しにそう笑うと、アレク先生は跪いたまま、ピシリと凍りついた。

 そして、数秒の沈黙の後――。


「…………ちがっ」


「え?」


「違う! 俺は別に、お前に良く思われようとしてこんな真似をしたわけでは……! これは、ただの……っ!」


 早口で、明らかに動揺した弁解が飛び出した。

 いつもは堂々としていて、子ども相手でも絶対に引かないアレク先生が、視線を泳がせてしどろもどろになっている。


「え、ええと……はい。そうなんですね」


「そうだ! 別に王子のように振る舞いたかったわけではない! お、俺は……ただの同僚として、お前がバカにされたのが腹立たしかっただけで……っ!」


 アレク先生はそこで言葉を切り、バッと立ち上がって私から顔を背けた。

 不機嫌そうにへの字に曲がった口元とは裏腹に、見えている耳の先は、火傷しそうなくらい真っ赤に染まっている。


「……うるさい。さっさと立って、歩いてみろ」


 彼は私がまだ履き替えたばかりだというのに、そっぽを向いたままズンズンと店の出口の方へと歩き出してしまった。


「あ、待ってくださいよ、アレク先生!」


 私は急いで立ち上がり、新しい靴で一歩を踏み出した。


 昨日、侯爵夫人に身分や身なりを笑われて、心の奥底でひっそりと抱え込んでいた惨めな気持ち。それは、脱ぎ捨てた古い靴と一緒に、どこかへ綺麗さっぱり消え去ってしまったみたいだ。


 新調した靴の足取りは、羽が生えたように軽かった。

 私たちは商業区のメインストリートを歩き始めた。休日ということもあり、通りは大道芸人や屋台が並び、大変な賑わいを見せている。


 彼が指差したのは、通りに面した『絵本と木工玩具の専門店』だった。


「わあ……! 可愛い!」


 店内に一歩足を踏み入れると、色とりどりの絵本や、職人が手作りした温かみのあるおもちゃが所狭しと並んでいた。


「アレク先生、これ見てください! この積み木、角が丸く削ってあって、レオくんたちが投げても安全そうですよ!」

「……ああ。こっちの動物のパズルも、手先の訓練になりそうだな」

「こっちの布絵本なんて、来月のお遊戯会の参考にぴったりです……あっ」


 はしゃいでいた私は、ハッとして口元を押さえた。


「すみません……せっかくの休日なのに、結局仕事の話ばかりになっちゃって」


 私がシュンと肩を落とすと、アレク先生はポンと私の頭に大きな手を乗せた。


「……別に、構わない」


 不器用な手つきで、少しだけ髪を撫でられる。


「俺も……お前とこういう話をするのは、嫌いじゃないからな」

「ぉおー! すっかり一人前の先生じゃないですか!」


 わずかに口角を上げた彼の笑顔に、私の心臓がまたしてもドクンと大きく跳ねた。


 おもちゃ屋を出た後、「歩き疲れただろう」という彼のエスコートで、私たちは王都で一番人気の高級オープンカフェのテラス席に座っていた。


「うわぁ……! 綺麗!」


 運ばれてきたのは、宝石箱のように美しい季節のフルーツタルト。

 私は目を輝かせて一口食べ、思わず頬を押さえた。


 さっき靴を買ってもらったばかりなのに、こんな値段の高そうなところにと思ったが、鬼の形相で『いいから、奢らせろ!』と言うので、ありがたくお言葉に甘えることにした。


「おいしぃ……! 甘酸っぱくて、クリームがとろけます……!」

「……そんなに美味いのか」


 紅茶のカップを優雅に傾けていたアレク先生が、じっと私の手元を見つめている。

 普段の姿からは想像もつかない、貴族の令息のような完璧な所作にまたドキッとしながらも、私は無意識のうちにフォークでタルトを切り取っていた。


「はい、アレク先生も一口どうですか? あーん」

「っ、あ……」


 アレク先生がポカンと口を開け、私がその口にタルトを運んだ――その瞬間。


(…………あっ!?)


 お互いの動きが、ピタリと止まった。

 私が使っていたフォーク。

 それを受け入れようと、微かに赤くなった顔で口を開けている、超絶美形の同僚。


(これ、間接キスってやつでは!!?)


「す、すみません! 園児たちにご飯を食べさせる時の癖で、つい!」

「い、いや、いい……っ!」


 私たちは無言のまま、異常な速さでそれぞれのタルトと紅茶を胃袋に流し込んだ。


 * * *


 カフェを出て広場に戻ると、ちょうど大規模なパレードが始まるところだった。

 楽団の演奏が鳴り響き、見物客が一斉に通りへと押し寄せてくる。


「わっ……!」


 人の波に押され、私がバランスを崩しそうになった時だった。


「危ない」


 強い力でぐっと腕を引かれ、私はドンッ、と固い胸板にぶつかった。

 見上げると、アレク先生が私を庇うように人混みへ背を向け、その大きな腕の中にすっぽりと私を匿ってくれていた。


「怪我はないか? ……新しい靴、踏まれなかっただろうな」

「は、はい……すみません。大丈夫、です……」


 物理的な距離が、かつてないほど近い。

 彼の上質な服からは、普段の保育園での土や消毒液の匂いではなく、微かに爽やかで上品な香水の香りがした。


 見上げると、彼のサファイアの瞳が、逃げ場のない至近距離で私を真っ直ぐに捉えていた。

 その熱を帯びた視線に、私は息をするのも忘れて見入ってしまう。


(もしかして、アレク先生って……私のこと、本気で……?)


 いやいやいや!!

 私の脳内で、前世の理性的な私が必死に警鐘を鳴らす。


(流石にこんな超絶イケメンが、貧乏男爵令嬢の私を好きになるわけがない! 何かの勘違いよ! アレク先生は優しいから……っ!)


 必死に自分を落ち着かせようとするが、彼の熱い体温と、鼓膜を揺らす心音がとても心地よかった。


「……リリアーナ」


パレードの歓声に掻き消されそうな低い声で、彼が私の名前を呼んだ。


「お前は……」


その先の言葉を紡ごうとした彼の唇が微かに開いた、その時。


ドォーン!! と、広場の空に色鮮やかな昼花火が打ち上がり、彼の言葉は完全に歓声の中へと飲み込まれてしまった。

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