第十一頁 橘陬パン屋、書斎部屋
お久しぶりです!
お待たせしました、今日からまた更新再開です!
相変わらず更新速度は亀ですが、どうかこれからもよろしくお願いします!
「はぁぁ……久しぶりに見るこの扉、鬱になるわ……」
『橘陬パン屋』
そう書かれた小さな看板をぶら下げた扉の前で、私はため息をついた。
ここが私の家。兼、私の両親が経営するお店。
店の中を見ると慌ただしく動いている様子が見られるから、入ることをとても憂鬱に思ってしまうのだ。
面倒くさがり故変に気を遣ってしまう性格の私はいわゆる、面接で吃って話せないタイプの人間だ。
もう夕方なのに沢山のお客さんが来ている。うちの売り上げが大きいのは、メロンパン、フランスパン、あとはカール枝豆パンだろう。
一番最後のパンを簡潔に説明すると、パン生地にすり潰した枝豆を練り込んで縦に十センチ伸ばし、それを捻って焼き、中央に出来た空洞に生クリームを入れた、ここのお店だけの限定パンだ。
カール枝豆パンの販売枠を見てみると、やはり売り切れている。私が高校生の頃からこんな調子だから、相当人気なんだなぁ……。
「あー‼」
ふいに大きな叫び声が聞こえて、無意識に身体が跳ねる。
それは私の左方面から。同時に、和子の大学がある方面でもある。
ということはもしかしてと思い、声のした方向を振り向いた。
「お、お姉ちゃん……」
声の主はやはり、和子だった。
***
「いやぁよく帰ってきた! まさか二人とも同じ時間日時に帰ってくるとは! さすが姉妹!」
母が愉快に笑う。もう四十過ぎているのに、いつ見てもまったく身体が衰えている様子がないのは母ならではのことだろう。謎にパワフルなうちの母は、三歳も歳下の義父ととても仲がいい。義父はまぁ、その名の通り和子と私の本当の父なわけではなくて……パン屋の仕事にしびれを切らした私たちの父が家を飛び出してしまって、今の義父がいると言う状況。
和子も私も、特に何も思っていないし、むしろ親バカレベルで溺愛してくれるので好きな方だ。
「いつ聞いても声がうるさい……」
「何か言ったと?」
「いえ別に」
「お姉ちゃん……」
和子が苦笑気味に私を呼ぶ。『お姉ちゃん無理してるよね絶対』って言う気持ちが見え見えの表情。和子はとにかく、気持ちや思ったことが顔に出る。出やすいではなく、出る。必ず。
だから和子の思っていることは表情一つで分かってしまう。私は極力表情は変えない質の人間だけど。
そんなこんなで、全く正反対な私たち姉妹。名前の由来もよく分からないし、うちの家庭は本当に分からないことだらけだ。
「あ、後でおじいちゃんの書斎部屋で本読んできていい?」
「おぉ良かよ! 夕飯になったら呼ぶわ!」
「あざす……」
思わず若手のサラリーマンのような返事をしてしまう。こういう所がオッサンだよねって知り合いに言われる原因なんだと思う。
「お姉ちゃんって本当に本好きだよね」
「え? そうかな、自覚ないんだけど」
「和子からしたら、本何冊か置いておけば勝手に読み耽っているような人間だもん」
「妹からの毒舌発言がお姉ちゃんのハートをブレイクした」
少し傷がついたかもしれない。
和子ってこんな毒舌だったっけ……? なんて思いながら、私は目の前に置かれたシチューをスプーンで掬い、口に運ぶ。
うん、不味くもないんだけど、美味しいとも言えない。お母さんの得意分野は何かときかれると、どうしても「パン作り」としか言えない。本当に料理音痴で、昔は本当に不味かった。いい思い出である……。
このシチューだって、昔よりかは全然マシな味になっているのだ。塩辛いけど。
「うん、やっぱり塩辛いね」
苦笑しながら、私は母に向けて呟いた。
****
「そういやお母さん、聞いてよ」
「んー?」
「永井霙ちゃん覚えてる?」
「覚えとるよ、なんで?」
「その子と最近連絡取れてさ、今日会ったんだよね」
「んん?」
母の顔色が変わった様子が確かに見えた。
その目は何処か、母が私の発言で妙に引っかかっているところがあるような、そんな目だ。
緊張が走る。私何か悪いこと言ったのかな。いや、母の気に障るようなことなんて言っていないはずと、思わず自分自身に自問自答してしまう。
「ゆず、それ本当かい?」
「ほんとほんと。朱雀が名古屋にいて、行きつけの飲食店にいたんだもん、霙」
「……?」
ますます母の表情が変わる。
本当に気に障ったこと言っているのか……言っているのであればはっきりと言って欲しいし、早めに切り上げようと思い、私はその場から逃げるように歩を後ろに戻らせる。
「ゆずや」
ひえっ。
思わず身体が跳ねる。ビビりってやっぱり、こういう突発的なことに弱いのね。
「……その子のこと聞いて、思い出したことがあってん。ちょっとおいでな」
思い出したこと?
言葉には出さずに、心の中でつぶやく。
やがて母は書斎部屋の方へ足を運んでいった。私が姿を目視出来なくなる寸前で立ち止まり、「おいで」と振り返って言ったあと、踵を返してますます私の手の届かない所まで進んでいく。
えっこれ、ついて行った方がいい感じ?
慌てて後を追った。心做しか、母の背中が、薄れた私の記憶の隅に置かれている小さな人物と重ね合わせてしまったから。
****
今は亡き祖父の書斎部屋。
高校生の時に初めて足を踏み入れた私を『速読』という世界に引き込んだきっかけの、古びた書斎部屋だ。今は私か母が読むために使っている部屋だが、いつの間に集めていたのか私の知らない本や古典、伝説物や資料が何冊か置いてあった。
「あれからもう二十年弱経つんやから、そろそろ見せないかんなって思って、お母さん大事に取っといてん」
母は書斎部屋の端っこにある机の引き出しに手をかけ、手前に引く。
木の擦れる乾いた音が部屋に響く。古いものって独特の匂いや音がするから、なんとも面白い。
そうして中をしばらく探っていた母が「あったあった」なんて呑気な声をあげると同時、とある小さなものを取り出した。
それは、
「……栞?」
長方形の栞だ。薄水色の紙をラミネートで挟み、穴あけ器で空けたであろう穴に丁寧に通されたリボンが巻きついている。
単純な構造で作られていたその栞はまだ真新しいように見えるが、所々ラミネートが剥がれていたり、色褪せているリボンが少々目立つ。
「これな、霙ちゃんがゆずにって、あんたにあげたもんやったんね」
「えっ、もらった覚えないんだけど」
「やろうなぁ、三歳だったらそら覚えてないわ。ゆずが取っておきたいって言ったから取っといてたのに」
「えっ!?」
私にくれた霙本人が言うならまだしも、私自身が言ったの……?
いやごめん母さん、言った覚えない。
そうして母から色々な事を聞いた。春作先生……基、霙の父に影響されて小説を書き始めたばかりの時に、霙がこの栞を私に渡して、こう言ったそうだ。
『いつかゆずちゃんがおっきくなった時に、遠くはなれてたとしても有名になるくらいのすっごいおっきい『小説家』になるの! そうしたら霙の本買ってね! 約束だよ! その時に、その……それ、使ってくれるといいな……』
私はこれに承諾して、霙と指切りをしたそう。
そしてこうも言ってたという。
『ずっと、ずっと、離れていても親友だよ』
もちろんなんて、幼い頃の私は無邪気に答えてそれっきり、霙は遠く離れた北海道に引っ越した……という話を、その時初めて聞いたのだ。
幼い頃の私は考える力が足りず、その『親友』という存在がどういう存在かをよく分かっていなかったはずだ。
親友ってなんだっけ。友達ってなんだっけ。
最近そう感じている私は、幼い頃の私と思考が多少似ているのかもしれない。なにも考えずに分からない……という訳では無いが、考える力が足りないところがなんともそっくりだ。
私自身のはずなのに、いつの間にか幼い頃の私を『他人』と認識してしまっていた自分に、少しだけだが腹を立ててしまっていた。
その夜。和子が一緒に寝たいとせがんで来るもので……仕方なく一緒に寝ることにした。
大学の事を聞いてみると、『もうね、バリ楽しい! 友達もいっぱいできたし、毎日が大学だったらなぁなんて思っとる!』と目をキラキラ光らせて言ってきたので相当楽しいのだろう。
『お姉ちゃんこそ、どうなの? そっちの大学って難しい勉強してるんでしょ?』なんて、珍しく和子が問いかけてきた。
「うーん……難しいのは難しいんだけどもね、理解したら簡単だよほんと」
「わここはね、簿記がわからないからお姉ちゃんの勉強している内容もわからないや」
和子はデザイナーの大学、私は法律関係の大学。
法律と聞けば政治家などを思い浮かべると思うけども、私の通う大学はビジネス系が専門的だ。
二回生から、簿記、コンピュータ、ビジネス計算の3つに系列が別れる中で、私は簿記の系列に進んだ。もちろん理由もあるけど、最近はどうでも良くなって、どうして大学に進学したんだろうかなんて考える始末。
やりたいことがあったはずなのに。どうしてこうなったんだっけ。
疲れたのか眠ってしまった和子の可愛い寝顔を見ながら、そんな事を考えてしまう。
梟が深夜を知らせる静かな声をあげる。そんな心地よい鳴き声を聞いているうちに、私もいつかの時間、意識を手放してしまった。
───でもそれは、私の運命を、進路を、大きく揺らす始まりの音だった。
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