第十頁 木と林檎
更新遅くなって申し訳ないです……!
今回も有剛先生のセリフに注目して御一読ください!
「うわぁ博多だ……」
「久しぶりですねぇ、僕も一年ぶりに帰ってきました」
博多駅中央口改札前、時刻は午後十五時すぎ。丁度おやつ時だ。
「あそうだ、時間あるならどこか食べにいきます?」
「先生から誘いに来るなんて今日何があったんですか?」
「何もありませんよ?」
うわ、笑顔が気持ち悪い。
改札を通り、有剛先生の隣を歩きながら私は考える。
ふと、周りを見ると、すれ違い様にじろじろと見られているのが分かる。恐らくモノクルのせいだろう。平日休日に関わらずあまり外出をしない私は、人の視線を浴びるのが酷く怖かった。
「橘陬さん、もしかして……」
「あ、はい、そうです。ってあ、いつものことなので……大丈夫ですよ」
先生の声のトーンが落ちていることに気づき、慌てて明るく振舞おうとする。
「そんな無理しなくても、僕も時間はありますし、ゆっくり行きましょう」
「うぐ……すみません」
申し訳ない。何だか変に気を遣わせてるなぁ。
下を向いて歩いていると、やがて小さなカフェに着き、ようやく私は顔を上げる。
『営業中』と明朝体で丁寧に書かれた看板は所々色あせていて、かなり使い古されている。
「あ、二人で」
先に前に出て、指を二つたてて店員さんの方を向く。
「……橘陬さん、僕が小学生に間違われるのを知っていてやっているのですよね?」
「もちろん。だって身長が小学生じゃないですか」
「否定できないのがまた悲しい」
肩を落として項垂れている先生をよそに、私は席の周りを観察する。おやつの時間帯なのに少しだけ混んでいる。席も空きは少なく、すぐに埋まりそうだ。だが、店員さんの素早い対応で「お待たせしました、ご案内致しますね」とすぐに案内された。
「あ、はいっ」
「橘陬さん、僕はもう立ち直れません……」
「まだ間違われてないだけマシですよ」
窓側の席に案内され、私は腰を下ろす。あまりお腹は空いていない故、霙と会った時のように軽食でちょうど良いだろう。
「神埜ちゃん先生は何にするんですか?」
「神埜ちゃん先生はトーストにします」
「じゃあ私も同じので。あ、すみません」
通りかかった店員さんに声を掛け注文を頼む。こちらをじっと見つめる有剛先生はまた何か言ってきそうな雰囲気だ。
「はい、それで……。どうしました、神埜ちゃん先生」
「その呼び方止めてくれますかね?」
「あっすんません」
少々キレ気味で言ってきたが、別に呼ばれても構わないけど、と言いたげな顔をしている。うわぁ顔に出るなぁこの人。
「橘陬さんは勉強とか大丈夫なんですか? レポート出さないと……」
「めーんどくさいです」
「こらこら、サボってはいけません」
「分かってますよぅ……ちゃんとやってますってば」
「それならいいのですが。パソコンにレポートのデータ入力すればいいだけですし」
有剛先生はまぁ、レポートや卒論にだけは結構厳しいお方であるらしくて。
さすが国語の先生と言いましょうか、なんというか。去年卒業した文章力がアホほどにある私の先輩も、結構訂正を貰ったくらい厳しいんだとか。まぁ小説を出版しているくらいだし、仕方ないと思うけれど。
「分かってますって。ただのレポートや卒論では、中身のないスッカスカな林檎と同じですから」
「お、僕が言ったことちゃんと覚えてるんですね」
「いやそりゃあね? あれ結構印象受けましたし」
「林檎と言っても、その小説は最初から林檎だったわけではありませんよ」
「?」
「小説は誰しもみんな種から始まるのです。それが大きくなって、林檎になるのですよ」
林檎の元は種? じゃあ……
「木は?」
「木はジャンルやシリーズのことですよ。木というジャンルに出来るのが、林檎という小説なのですから」
「あーなるほどね……納得納得」
「珍しいですね、いつも僕のお話なんて右から左の橘陬さんがそこまで納得するだなんて」
「失礼なっ、橘陬さんだって聞く時は聞きますし!」
「すみませんすみません、謝りましたから怒らないでくださいよ」
木かぁ~。確かに、納得のいく言い回しをされたものだ。こりゃ一つ取られた。
……いや、何を取られたんだろ。今の忘れてください神埜先生。
なんて思っていると、二人分のトーストが運ばれてきた。運んできた女性の店員さんは笑顔だ。それが偽り笑顔だったとしても、ほんとの笑顔だったとしても、とても綺麗で可愛らしい笑顔だと感じる。
「いただきますっ」
「ますっ」
手を合わせながらトーストを見る。二等分に切られたトーストの端々に多少の焦げがあり、バターの香ばしい匂いが食欲をそそられる。甘党な私はこれに更に砂糖をかける。和子には引かれるけど、それくらい甘くしないと食べられないのだ。もちろん、よそに出れば遠慮はするけれどね。
「有剛先生って、トースト好きなんですか?」
「え? まぁ、好きですよ。口が小さな僕でも食べられますし、サクサクしてて美味しいですし。どうしてですか?」
「身長小さいって言われるのは怒るのに、自分で小さいって言うんだ」
「は?」
「あ、いやなんでもないです。理由とかも特にないです」
今のは完全に怒っていた声だ。危ない危ない、有剛先生身長のことを言うとすぐこうなんだから。
「全く……どうなるか分かっているのに、どうして言うんですかもうっ」
「すみませんってば。私も謝りましたから、これでお相子ですよ」
「む、それなら良いです」
再びトーストに齧り付く有剛先生。私の視点から見ると、小動物、いいやハムスターが向日葵の種を掴んで一生懸命齧っているような光景だ。
実は有剛先生が『神埜ちゃん先生』などと面白おかしなあだ名を付けられて可愛がられているのは、この光景が理由なのともう一つ、授業をする時に椅子を使って指し棒をてしてしと叩く光景を毎回弄られたりと、色々と可愛い部分があるのも理由だ。身長のせいで小学生にも間違えられるし、遊園地ではアトラクションの身長制限に引っかかったりと、低身長は色々と苦労するのだという。高身長な私にはその理由はわからないけど、デカ物といじられるのと同じくらいいやなことなんだろうなぁなんて思っていた。
「有剛先生、あんなに生徒にからかわれてよく嫌になりませんね」
「ははは! いやだなぁ橘陬さん、嫌になんかなるわけないじゃないですか! 僕は子供が大好きなのですから」
「……」
頬におべんとを付けて愉快に笑みをこぼす有剛先生。
一瞬『先生も身長が子供なくせに』と言おうとしたが、変に飛び火を食らってもこちらが熱いだけなので流石にやめた。
「大人は嫌いです。何を考えているか分かりませんし、僕達のような半端者を嘲笑いますし」
「それは私も分かりますよ。大人はすぐ喧嘩するし、そういう所って子供っぽいですよね」
「夫婦喧嘩とか結構些細なことですしね。お酒を飲む方は本当に好めないです」
うちの大学は、先生方の大半はお酒を飲む方が多い反面、有剛先生はタバコも吸わないしお酒も飲まない。過去の両親を見てきたからなのだろう。先生が書き上げた『最悪で最高の』にも書いてあったが、両親どちらとも喫煙者であり飲酒者だったというのだから、そりゃあ飲まないのも当然と言える。
「酒に溺れたら、人ってどうなるんでしょう。私の両親、お酒もタバコもしない人なので……」
「僕の両親の記憶が正しいのならば、酒に溺れた方は嫌なことを忘れたいという現実逃避から来ているようです。タバコは……なんなんでしょうね、僕も分かりません」
「イライラした時とかに吸うのでは?」
「それですそれです!」
「やっぱり、大人って子供なんだなぁって私思います」
「ですねぇ……」
先生が頭に巻くバンダナに付いている小さな勾玉が密かに揺れる。どうしてついているのかは分からない。でもそれはとてもきれいなもので、思わず凝視してしまう。
可愛らしく体を揺らすその光景はやっぱり、見ていてとても可愛いと思ってしまった自分がいた。
***
「それじゃあ先生、いい夏休みを」
「もちろん。橘陬さんも良い夏休みを。レポートは夏休み明けたらチェックしますからね」
「うげっ」
「ははは、それじゃ」
「うぐ、はい」
声のトーンを下げた私に対して、有剛先生はニコニコと笑顔で人混みの中に消えてしまった。
「……大人にだけは、なりたくないな」
大人の人混みに紛れて、小さな子どもの私は呟く。そんな自分が、心も身体も段々と大人に近づいていっているのに嫌気がさし、私は足を進める。
私の地元がある小倉駅は、ここ博多から新幹線でまだ一時間もかかる。私の里帰りは決まって遠回りをして、博多駅でひよ子を買うのが毎年恒例になってしまった。
『これはここで買いたい!』という私のめんどくさい性格上だ。
「ひよ子~、ひよ子~っと……あ、あったあった」
福岡特有のお土産『ひよ子』だ。ひよこの形をした饅頭なのだが、中には餡子が入っていて、甘ったるくなく飽きもしない味をしている。
売店でお会計をしている時、ふと店員さんのネームプレートが視界にちらつく。
『永井』と、そう書いてあったからだ。
「永井……」
「?」
「あ、いえ。幼なじみに同じ苗字の子がいまして」
「あらそうなんですか? 私がこの苗字で知っている人としたら、永井霙さんですかね……」
さすが、ここまで広がってるのかあの小説家め。
霙が幼なじみなことを伝えると、「え、そうなんですか! 直接的な血縁関係はないんですけど、知ってますよ。有名な小説家ですもんね」と驚いたような表情をして言った。
多分、この反応は当然。私がこの店員さんだったら同じ反応をすると思う。それくらい有名な小説家になっているのだから。
「そうだったんですか……応援してあげなきゃですね!」
「えぇ、そうですね。ではまた」
「はい、ありがとうございました!」
売店を出て一つ息をつく。
ふと思う。有名な小説家が『有名じゃなくなったら』どうなるのか。そのまま平凡な人として過ごしていくのか、それとも有名じゃないまま小説を書き続けているのか。どうなのかは分からないけれど、有名になったときってどんな気持ちなのかな、なんて小さい頃はよく思っていたっけ。
考えすぎるのは我ながらめんどくさい性格だ。直したいと思っても直せないのが人間なんだと半ば諦めている。
……さて、お店はもうそろそろ閉まってる頃かな。
まだ半日も経ってないのに一日たった気分、なんて思いながら、私は新幹線の切符を買おうと再び博多駅構内へと歩いていくのであった。
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