偽物のプライド
食事をして血液を増産…なんてすぐに出来るはずもなく、検査を兼ねて病院に入院する事にした。とはいえ、400年の歴史があるとはいえ所詮高校生の浅知恵から始まった医療なので魔法と科学が発展しても元の医療技術とは差がある。要は魔法で治せなきゃ死んでしまうレベルでしか治療出来ない程度にしか思えてならない。
従って、輸血自体がハイリスクだと思う。カティナが輸血パックを飲んだ事あると言っていたが、剣でなければ色んな病気のリスクありそうで怖い。まあ、神にはそんな影響無さそうなんだけど…とりあえず、魔科学で作られた輸液で補う事にした。早い話が寝て点滴してりゃ勝手に治るだろ、神だからという主治医の独断と偏見だった…入院する必要無かった。まあ、シュウゾウ手配してくれたし、確実に夜這いされてしまうから安心しておくとしよう。
でだ…
「こちらがシュウゾウ様からの見舞いの品、こちらが神殿長、そしてこちらがここの院長のものです」
「花はこんな感じで構いませんよね?」
「【時戻】を使って体の状態を戻しましたけど、血液は少ないので…」
領主代行と王女と聖女が看病する必要あるのかと思う。まあ、他の面々の疲労度に比べたら3人はタイミングを見て俺の体をくっつけただけという事で戦闘による疲労は無いに等しいようだが、休んでいろと言いたい反面、気を利かせ過ぎてだだっ広い病室に1人で居るのも虚しいので言い出せない自分が居るのも事実だ。
「とりあえず、点滴だけで果物かご3つも要らないから持って帰って食べてくれ…後でお礼状とか書くから」
「……果物かごはまだしも、兄様は3つも要らないですか?」
イリーナが真剣な表情でそう尋ねてきた。まあ、何が言いたいのかは分かる…分からなきゃ兄様なんて呼ばれてない。メアは2番でもその場所を望んだ。宇津木さんだって少なからず…
「…果物かごは要らないが、俺は魔王だった男だぞ。というか、それ以前から俺は強欲な男だろ…灯里はともかく奏多や小夏が居て、宇津木さんや姉小路さんも居て、告白を断ったのに友人として輪島さんや中野さんとメールしたりして、手離すつもりなんて無かっただろ…」
何回も思った事がある。あの中から誰かを選べるのだろうかと…いや、選ぼうとして思い留まったというのが正しいかもしれない。場の雰囲気に流されかけた事もあったし、浮気性だったのは否定しない。もし、あのままドラゴンに殺されなかったら次々と済し崩しで手を出してデュラハン化していたかもしれない。いや、デュラハン化はしないかもしれないがろくな死に方はしないだろう。
「…確かに、一度の過ちでもと迫った可能性はありますが」
「同じく…」
「諦めるためにとかって…」
三者三様で遠い目をしないでくれ。軽く変な後悔してきそうで嫌だ。まあ、その後悔を2度もさせたイリーナからだな。俺はイリーナに手を伸ばし左手をとり、それを嵌めようと…
「兄様。覚悟はありますか?」
したのだか指を伸ばさず、イリーナはそんな事を聞いてきた。リーゼアリアとアリエルアも真剣な眼差しをしている。今更だなと思う…
「メアが死んだと理解した時、一瞬だがリーシャを殺そうとした。宇津木さんたちが死んだ洞窟を粉々にもした。輪島さんと中野さんだって同じだ…もし、過去に戻れる力があるのなら、俺は歴史を変えてでも助ける。でも、それは不可能だ…なら、魔王らしく仇なすならばお前たちが故郷と思っていたものを滅ぼす」
大切なものだけを守りたくて俺は魔王になった。力でしか守れないのなら、どんな暴力でも振りかざす。その本心はまだ変わらない。ただ、この世界全てを滅ぼすつもりまでは無いが。
「あ、はい。それは分かっています…」
「トウマ様なら、既にやっていても信じます」
「むしろ、まだやってないんですね…」
三者三様で呆れられた。むしろ、やってて当然と思われていた。それはそれで微妙なんだが…
「わたしが言う覚悟は…偽物の妹でしかないわたしたちも加えて良いのかという覚悟です。過去を振り返ったわたしたちはどうしようもなくぐっちゃぐちゃで自分の気持ちが誰のものかなんて分からないままで…」
「…誰のだって良いだろ。少なくとも俺は前世も昔も今もこれからもお前たちを大切に思っているし、偽物の妹とは思ってないし思うつもりも無い。むしろ、偽物だろうが本物だろうが妹にこんなものが渡せるか」
「兄様、それ灯里さんの前で言えますか?」
「……人が熟睡している間に夜這いして襲う妹を妹と思い続けるのは無理だろ。色んな意味で」
「「「あー…」」」
三者三様にまた遠い目をしないでくれ。リーゼアリアとアリエルアは灯里と記憶を共有してた時に知ってるだろうし、メアには言った記憶あるけども、声を揃えてまで納得するな。
「…とにかく。まずはイリーナ、早く手を出せ。俺以外の男と一生を添い遂げたいなら話は別だけどな」
「兄様、酷いし雑ですわ…」
「宇津木さんの後でメアに会った。お前からしたら逆だけど…2番でも良いからって言ってきたのはお前の方だろ。でもな、レトラとしては一番だった。だから、今更だろ…それとも、イリーナとして忘れて生きるか。それだけの事だ」
「はぁ…兄様。イリーナはあの時、地下迷宮で死にました。怨霊扱いされて忘れて生きるなんて選択は無いじゃないですか。それに、一番だったと言われて…たとえ今がそうでなくとも、わたしはそれで満足です」
そう言ってイリーナが左手を差し出した。別に灯里や奏多が一番だと言うつもりも考えも無い。少し前までなら確実に線引きはされてたし順位が付けられた…それなら灯里が一番だと言ってただろう。危険度的な意味も含めて。でも、少なくとも両手で数えられる中にこの3人は入っていた。そんな事を考えながら、俺はイリーナの指に指輪を嵌めた。
その指輪をマジマジと眺めるのは誰かと似ている。アホ面してないだけ良いんだけど…
「次はリーゼアリアだ」
「いいんですか、その…」
「奴隷が嫁の1人になるだけだ、気にするな」
うわぁ…って顔で見てくるが、未だに無害化しているとはいえ首輪を外さないくせに。奴隷根性が抜けないのが悪いのか、あかりん菌の後遺症かは分からないが…
少なくとも、俺はあかりん菌が居なくなった時に2人にはきちんと言ったはずだ。俺の傍に居ろと…それに、少なくともホンゴウの領主代行だったイリーナ、トウシューの姫みたいなものであるシュウ、シラヌイの領主サレナと別の立ち位置にしたら反乱とか起こりかねない。第一、俺が死んで手離してしまったものをまた手離すなら首輪の効果を戻してやる…とまでは言わないが、他の男に穢させるつもりは無い。そんな事になったら、確実にこの世界諸共創造神を抹殺してやる。
「それとも、俺を助けたから自由の身だ。過去も忘れさせるから好きに生きてくれと言われた方が良いか?」
「トウマ様は両極端です。私はただ…」
「王女として一番が良かったとか言うなら諦めてくれ。亡命したから一般の民と変わらないなら問題なんて無い。好きか嫌いか、一緒に居たいか居たくないか。前世みたいに友達で終わるか否かだけだ…俺はそれが嫌だと思ってこうしてる。でも、誠実とか無い身勝手で一方的なものだ。輪島さんの告白を拒んだ時と何も変わってない。だから、嫌なら遠慮無く拒めば良いんだ」
「……いつも、そうでしたね。あなたという人は…一思いに拒んだと思えば謝ってメル友ならと言って。優しい言葉で未練を与え続けて。それなのに突然居なくなってしまった。割り切る事もさせてくれないまま…穢された莉瀬はあなたを思って死にました。そして、生まれ変わって全てを忘れてもこの気持ちだけは繰り返した。だから、たとえ前世でだけでなく全てを忘れても私は何度でもあなたを好きになります」
顔を真っ赤にして言葉を紡いだリーゼアリアはおずおずと左手を差し出してきた。一度、そういう場面に出くわしている。これは答えであり告白なんだと理解出来た。ヤバい、抑え込まないと押し倒したくなる。というか、今までどれだけ抑え込んでいたんだと…
俺はリーゼアリアの手に指輪を嵌めた。後はアリエルアだけなのだが…
「……僕もごねた方が良いですか?」
「いや、そんな必要無いから…むしろ、嫌だとごねられたら嫌だし」
それもそうだとアリエルアは手を出した。決断が早いのは助かるがそれはそれで淡白な気もする。だからといって軽視しているわけじゃない。むしろ、あかりん菌と混ざり合っても耐性あったから乗り越えたのもあるし、わざと「僕」のままで貫こうとしている意味も分かる。だから、俺もそれに指輪で応えた。
「……これで、僕は魔女になっちゃいましたね」
「ん?」
「魔王様が聖女が欲しいと言って、それに応えたんですよ。だから、もう聖女なんて誰も呼びませんし、そうなりたかった。これで正真正銘トウマ様のものです」
そうだ、駄女神の生まれ変わりとか言われていたんだなと呆れた目で見てみる。笑顔で返された。まあ、汚れてないから大丈夫だ。駄女神は手遅れだ。
「とりあえず、駄女神の呪いがあるからこれ以上の事は今期待しないでくれ」
「…兄様。心配しなくてもそれは心得てます。抜け駆けしたらこの世界が崩壊します」
「今は親友といっても、やっぱり女神様ですから…」
「女神様の怒りは地を裂き、水を凍らせるだけではなかったと…というより、400年前でそれですから今だと…」
「ボートどころか方舟が要るな」
とはいえ、灯里と先にしてから皆に指輪を渡すのは順番が間違っている。いや、ハーレムの時点で色々間違っているんだが…首斬られた程度では死なないなら来世がいつになるかとか考えさせられるわけだしなんて言い訳をしたくなる。
まあ、どうせ日帰りは出来ないんだし添い寝くらいはな。無駄に広いベッドだし構わないだろう。